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第34話 数年後の食卓、小さな手と手巻き寿司

「ぱぱ! まま! あさだよー!」


「おなかすいたー!」


ドスン、ドスン!


 休日の朝。

 私たちのベッドに二つの小さな弾丸が飛び込んできた。


「ぐふっ……!」


 みぞおちに衝撃を受け、ジルベール様が苦悶の声を上げて目を覚ます。


 私のお腹の上にも柔らかい重みが乗っかっている。


「おはよう、アラン、リリィ。……朝から元気ね」


 私が抱き止めると銀髪の男の子アランと、私の髪色を受け継いだピンク髪の女の子リリィが満面の笑みで擦り寄ってきた。


 結婚から数年。

 私たち夫婦の間には、この愛らしい双子が生まれていた。


「おはよう、我が家の小さな怪獣たち」


 ジルベール様がアランを高い高いしながら起き上がる。


 氷の魔公爵と呼ばれた彼も、今ではすっかり親バカのパパだ。


「きょうのごはんなあに?」


 リリィが目を輝かせて聞く。


「ふふ、今日はね……みんなで『巻き巻きパーティー』をするのよ」


「まきまき?」


「そう。自分たちでご飯を作るの。楽しいわよ?」


   ◇


 昼下がり。

 ダイニングテーブルには、色とりどりの食材が並べられた。

 大皿には領地の港で揚がった新鮮な魚介類。

 マグロのような赤身魚、サーモン、イカ、そして甘エビ。細長く切ったキュウリに甘い卵焼き。

 そして特製の酢飯、東方の国から取り寄せたパリパリの『海苔』。


「わあ……きれい!」


 双子がテーブルの縁に捕まって背伸びをする。


「これが『手巻き寿司』だ。レティシアが考案した、家族の絆を深める料理らしいぞ」


 ジルベール様が説明しながら海苔を手に取った。


「まずはパパがお手本を見せよう」


 彼は海苔の上に酢飯を広げ、大好物の赤身魚とアボカドを乗せた。

 そして、くるりと円錐形に巻く。


「はい、どうぞ。ママへ」


「あら、私に? ありがとう」


 差し出された手巻き寿司を受け取り、パクリ。

海苔の香ばしさ、酢飯の酸味、そしてマグロの脂が口の中で混ざり合う。

 やっぱり美味しい。日本のDNAが歓喜している。


「おいしい! つぎはボク!」


「リリィもやるー!」


 子供たちも挑戦だ。

 小さな手で海苔を持ち、ご飯を……乗せすぎる。

さらに具材を欲張って、ハムと卵とキュウリを山盛りにする。


「ああっ、リリィ、それじゃ巻けないわよ」


「むぅ……」


 パンパンに膨れ上がった海苔からは、具材がはみ出している。でも、本人は満足げにそれを両手で持ち、大口を開けてかぶりついた。


「ん~! おいし~!」


「ボクはこれ!」


 アランは最近、開発した納豆と卵だけの通な組み合わせを作っている。将来有望だ。


「ほら、パパにも作ってくれ」


 ジルベール様が口を開けて待機する。


「はい、パパ! わさびいり!」


「ぶっ!? 辛ッ……!!」


 アランの悪戯にジルベール様が涙目で悶絶する。それを見てリリィが大笑いし、私もつられて笑ってしまう。


「もう、アランったら。……はい、お詫びのお茶よ」


「ありがとう……。まったく、誰に似たんだか」


 ジルベール様は苦笑しながらも、幸せそうに子供たちの頭を撫でた。


 賑やかな食卓。

 高級なフレンチもいいけれど、こうして家族みんなで手を汚しながら、好きなものを巻いて食べるご飯。

 これこそが、私が異世界で手に入れた一番の『ご馳走』かもしれない。


「あ、ママ! さいごのイクラ、たべちゃダメー!」


「早い者勝ちよリリィ。弱肉強食の世界を学びなさい」


「おとなげないー!」


 私が最後のイクラ軍艦を口に放り込むと、家族中からブーイングが起きた。


 ふふ、まだまだ子供たちには負けられないわね。


 幸せな時間は、夕暮れまで続いた。

 子供たちが遊び疲れて眠った後、片付けを終えた私たちは、バルコニーで夜風に当たっていた。


「……平和だな」


 ジルベール様がワイングラスを傾ける。


「ええ。……あの頃、廃屋でハンバーグを作っていたのが嘘みたい」


「ふむ。だがレティシア、忘れていないか?」


「何をですか?」


「我々のコース料理は、まだ終わっていない」


 彼は夜空を指差した。


「来週は……『建国記念祭』だ。国王陛下から、また無理難題が届いているぞ」


「えっ?」


「『各国の要人が集まる晩餐会をヴァルシュタイン公爵夫人に任せたい』そうだ。……メニューは全45品だとか」


「よ、45品!?」


「断るか?」


「……まさか!」


 私はニヤリと笑った。

 平和な日常もいいけれど、料理人としての血が騒ぐ「戦場」も悪くない。


「受けて立ちましょう! 世界のVIPたちを、私の料理で唸らせてやります!」


 どうやら私の「戦う料理人生活」は、まだまだ終わりそうにない。子供たちのため、夫のため、そして自分の食欲のため。

 私の挑戦は続いていくのだ。

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