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第33話 おめでたですか? いいえ、食べ過ぎです

「うっ……気持ち悪い……」


 翌朝。

 私は最悪の気分で目を覚ました。

 胃のあたりがムカムカする。吐き気が込み上げてくる。頭もズキズキと痛い。


「……レティシア? 顔色が悪いぞ」


 隣で着替えていたジルベール様が異変に気づいて駆け寄ってきた。


「すみません……ちょっと、吐き気が……ウプッ」


 私は手で口を押さえ、洗面器へと顔を突っ込んだ。


 その瞬間。

 ジルベール様の動きが止まり、そしてカッと目が見開かれた。


「吐き気……? まさか」


 彼の視線が、私のお腹に釘付けになる。


「……つわり、か?」


「え?」


「マーサ! マーサはいるか! 緊急事態だ! 医者を呼べ! 国一番の名医をだ!」


 ジルベール様が血相を変えて廊下へ飛び出した。普段の冷静沈着な「氷の公爵」はどこへやら。完全にパニック状態だ。


「おお、神よ……! ついに私のところにコウノトリが……!」


「ち、違います! 旦那様、これはただの……」


「喋るな! 体に障る!」


 戻ってきたジルベール様は、私を羽根布団でグルグル巻きにし、さらにクッションを五個くらい積み上げた。完全にミノムシ状態だ。


「おめでとうございます、旦那様!」


 駆けつけたマーサさんもハンカチで涙を拭っている。


「最近、食欲が旺盛だと思っておりましたが……やはり二人分食べていらしたのですね!」


「違います! あれは私の分です!」


 私の抗議は歓喜の渦にかき消された。


「安静だ! 歩くな! 水も私が飲ませてやる!」


「ベビー服の手配を! 性別はどちらでもいいように全色揃えます!」


「ゆりかごは最高級の木材で!」


 城中がお祭り騒ぎになっていく。

 使用人たちが「若様か、姫様か」と賭けを始めている。ライルに至っては、「僕が離乳食を作ります!」と謎の張り切りを見せている。


(……終わった)


 私はミノムシの中で天を仰いだ。

 言えない。この吐き気の原因が、昨夜の「アヒージョの油っこさ」と「エールの飲み過ぎ」による、ただの胃もたれだなんて。


   ◇


 一時間後。

 王都から「転移魔法」で無理やり連れてこられた王宮侍医が、私の脈を診ていた。

 部屋には、固唾を呑んで見守るジルベール様と使用人一同。


 緊張感が走る。


「……ふむ」


 老医師が眼鏡の位置を直し、重々しく口を開いた。


「公爵閣下。診断が出ました」


「どうなんだ! 男か、女か!?」


 ジルベール様が身を乗り出す。

 医師は私をチラリと見て、気まずそうに告げた。


「……『急性胃炎』および『宿酔』です」


「…………は?」


 時が止まった。


「原因は……おそらく就寝直前の『過剰な油脂摂取』と『アルコール』による消化不良でしょう。……平たく言えば、食べ過ぎ飲み過ぎです」


ヒュオオォォ……。


 部屋に冷たい風が吹いた気がした。


 ジルベール様が石化している。


 マーサさんが持っていた花束を落とした。


 ライルが「ズコーッ!」と古典的なコケ方をした。


「……あ、あの、すみません」


 私は布団から顔だけ出して、蚊の鳴くような声で謝った。


「昨日のアヒージョ……パンを浸しすぎて油を飲みすぎちゃったみたいで……」


「…………」


 ジルベール様は、真っ赤になった私の顔と、まだ平らなお腹を交互に見つめ、深く、深ーくため息をついた。


「……解散」


 その一言で使用人たちは蜘蛛の子を散らすように退散していった。

 残されたのは、気まずさMAXの夫婦のみ。


「……怒ってますか?」


 私が上目遣いで尋ねると、ジルベール様はベッドの端に座り、ガックリとうなだれた。


「怒ってはいない。……ただ、天国から地獄に叩き落とされた気分だ」


「うぅ……ごめんなさい」


「だが、安心したのも事実だ。……もし本当に子が出来たら、君の体が心配で、私は仕事も手につかなかっただろうからな」


 彼は苦笑しながら、私の頭を撫でてくれた。


 優しい。スパダリだ。


 でも、その目は少しだけ寂しそうに見えた。


「レティシア」


「はい」


「胃が治ったら……今度こそ、本当の『報告』ができるように、励むとするか?」


「……っ!」


「期待させておいて『油でした』は、もう勘弁だからな」


 彼は私の頬をムニッとつねった。


「はい……精進します……」


 こうして公爵家を揺るがした「ご懐妊騒動」は、私の胃薬服用をもって幕を閉じた。

 だが、この一件でジルベール様の「パパ願望」に火がついたのは間違いなかった。


 数日後。

 胃が復活した私は、懲りずにまた「ある計画」を立てていた。

 今度は、数年越しの夢を叶えるために。

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