表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/45

第31話 公爵夫人のデビュー戦! 三段重ねの魔力

「奥様。本日の午後、領内の貴族夫人たちが挨拶に見えられます」


 新婚生活の余韻に浸る間もなく、メイド長のマーサさんが分厚いリストを持ってきた。

 公爵夫人の仕事。それは領内の貴族たちを取りまとめ、社交の場を仕切ることだ。


「来たわね……。噂の『お局様軍団』が」


 リストの筆頭にあるのは、領内で最も発言力を持つ伯爵夫人、エルザ様。

 伝統と格式を重んじ、私のことを「厨房上がりの成り上がり」と白眼視していると専らの噂だ。


「どうなさいますか? いつもの茶菓子を用意しますか?」


「いいえ。それでは勝てません」


 私はキリッと顔を上げた。

 向こうが「格式」で来るなら、こちらはそれを上回る「圧倒的な優雅さ」で迎え撃つのみ。


「マーサさん。鍛冶職人に作らせておいた『アレ』を持ってきてください。……今日は『アフタヌーンティー』で勝負です!」


   ◇


 午後のお茶会。

 サロンには着飾った五人の貴族夫人たちが集まっていた。扇で口元を隠しながら値踏みするような視線を私に向けてくる。


「ごきげんよう、公爵夫人。……まあ、少し肌が焼けていらっしゃらない? 畑仕事でもなさっていたのかしら?」


 エルザ夫人が先制パンチを放ってきた。


「ええ、新鮮なトマトを収穫しておりましたの。美容に良いですよ?」


 私が笑顔で返すと、夫人は「野蛮だこと」と鼻を鳴らした。


「公爵家のお茶会というから楽しみにしておりましたけど……どうせ、田舎臭い焼き菓子が出るのでしょうね」


「お口に合うかしら?」


 クスクスと笑う夫人たち。


 ふふふ、油断しているがいいわ。


「皆様、本日のティーセットをお持ちしました」


 私が合図を送ると、メイドたちがワゴンを押して入ってきた。

 そこに乗っていたのは――。


「……なっ!?」


 夫人たちの目が点になった。

 テーブルに置かれたのは、銀色に輝く『三段重ねのティースタンド』だ。

 鳥籠のような優美なフォルム。

 その三つの皿には、下から上までぎっしりと料理が並べられている。


「な、なんですの、この塔は……!?」


「お菓子が……立体的に攻めてきますわ!?」


「『アフタヌーンティーセット』です。下から順に召し上がってくださいね」


 私は優雅に説明を始めた。


【下段:軽食】


「まずは、お腹を落ち着かせるためのサンドウィッチです」


 耳を切り落とした薄切りの白パン。

 そこに挟まれているのは、スライスしたキュウリと特製ハムだ。


「まあ……なんて薄くて上品なパン」


 夫人が指でつまみ口に運ぶ。

 ふわっ、とした食感。マヨネーズのコクとキュウリのシャキシャキ感が広がる。

 重たくない。いくらでも食べられそうな軽やかさだ。


【中段:スコーン】


「次が本日の主役。『焼きたてスコーン』です」


 狼の口のようにパックリと割れた、腹割れスコーン。

 その横には二つの小瓶が添えられている。

 真っ赤なイチゴジャムと濃厚なクリーム色の塊。


「このクリームは……バターですか?」


「いいえ、『クロテッドクリーム』です。牛乳を煮詰めて、一番美味しい脂肪分だけを集めた……『食べる背徳感』ですよ」 


 私は実演してみせた。

 温かいスコーンを割り、そこにジャムを塗り、その上からクリームを山盛りに乗せる。


「さあ、どうぞ」


 エルザ夫人は半信半疑でクリームたっぷりのスコーンを口に入れた。


サクッ、ホロッ。


「……!!」


 口の中の水分を奪う粉っぽい生地。

 それを補うように体温で溶けたクロテッドクリームがジュワリと広がる。

 バターより濃厚で生クリームよりコクがある。

 そこに甘酸っぱいジャムが絡み合い、口の中が天国になる。


「な、なんですのこれ……! 濃厚なのに、しつこくない……! 紅茶! 紅茶をいただきなさい!」


 紅茶を流し込むと、口の中の脂分がスッと消え、また次の一口が欲しくなる。

 無限ループの完成だ。


【上段:スイーツ】


「最後は一口サイズのケーキたちです」


 色とりどりのマカロン、ミニタルト、そして小さなプリン。宝石のように輝くそれらに夫人たちの目は釘付けだ。


「か、可愛らしい……!」


「これなら、コルセットを締めていても食べられますわ!」


 気がつけば意地悪な小言など消え失せていた。

 夫人たちは夢中になって手を伸ばし、


「このクリーム最高ですわ」


「サンドウィッチおかわり!」


 と、ただの女子会と化していた。


「……完敗ですわ、公爵夫人」


 帰り際、エルザ夫人は満足げなため息をついて私に言った。


「貴女のことを、ただの料理番だと侮っておりました。……こんな優雅で、恐ろしいおもてなしを知っているなんて」


「ふふ、またいつでもいらしてください。メニューは毎日変わりますから」


「ええ! 必ず参りますわ! ……ダイエットしてから!」


 夫人たちは、また来ることを固く誓って帰っていった。


「……やれやれ。終わったか」


 入れ違いに執務を終えたジルベール様がサロンに入ってきた。

 テーブルに残ったスコーンを見て眉を上げる。


「随分と盛り上がっていたようだが……私の分は?」


「もちろん、取っておきましたよ」


 私が余ったスコーンにクリームを塗って差し出すと、彼はそれをパクリと食べ、満足げに目を細めた。


「美味い。……だがレティシア、一つ問題がある」


「問題?」


「こんな美味いものを振る舞っていたら、領中の貴族が毎日押しかけてくるぞ。……私の妻との時間を奪われるのは面白くないな」


 彼は私の腰を引き寄せ、独占欲たっぷりに言った。


「明日は『お茶会禁止令』を出すか」


「暴動が起きますよ、旦那様」


 公爵夫人のデビュー戦は大勝利。

 だが、その代償として、私のスケジュール帳は「お茶会予約」で真っ黒に埋め尽くされることになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ