第31話 公爵夫人のデビュー戦! 三段重ねの魔力
「奥様。本日の午後、領内の貴族夫人たちが挨拶に見えられます」
新婚生活の余韻に浸る間もなく、メイド長のマーサさんが分厚いリストを持ってきた。
公爵夫人の仕事。それは領内の貴族たちを取りまとめ、社交の場を仕切ることだ。
「来たわね……。噂の『お局様軍団』が」
リストの筆頭にあるのは、領内で最も発言力を持つ伯爵夫人、エルザ様。
伝統と格式を重んじ、私のことを「厨房上がりの成り上がり」と白眼視していると専らの噂だ。
「どうなさいますか? いつもの茶菓子を用意しますか?」
「いいえ。それでは勝てません」
私はキリッと顔を上げた。
向こうが「格式」で来るなら、こちらはそれを上回る「圧倒的な優雅さ」で迎え撃つのみ。
「マーサさん。鍛冶職人に作らせておいた『アレ』を持ってきてください。……今日は『アフタヌーンティー』で勝負です!」
◇
午後のお茶会。
サロンには着飾った五人の貴族夫人たちが集まっていた。扇で口元を隠しながら値踏みするような視線を私に向けてくる。
「ごきげんよう、公爵夫人。……まあ、少し肌が焼けていらっしゃらない? 畑仕事でもなさっていたのかしら?」
エルザ夫人が先制パンチを放ってきた。
「ええ、新鮮なトマトを収穫しておりましたの。美容に良いですよ?」
私が笑顔で返すと、夫人は「野蛮だこと」と鼻を鳴らした。
「公爵家のお茶会というから楽しみにしておりましたけど……どうせ、田舎臭い焼き菓子が出るのでしょうね」
「お口に合うかしら?」
クスクスと笑う夫人たち。
ふふふ、油断しているがいいわ。
「皆様、本日のティーセットをお持ちしました」
私が合図を送ると、メイドたちがワゴンを押して入ってきた。
そこに乗っていたのは――。
「……なっ!?」
夫人たちの目が点になった。
テーブルに置かれたのは、銀色に輝く『三段重ねのティースタンド』だ。
鳥籠のような優美なフォルム。
その三つの皿には、下から上までぎっしりと料理が並べられている。
「な、なんですの、この塔は……!?」
「お菓子が……立体的に攻めてきますわ!?」
「『アフタヌーンティーセット』です。下から順に召し上がってくださいね」
私は優雅に説明を始めた。
【下段:軽食】
「まずは、お腹を落ち着かせるためのサンドウィッチです」
耳を切り落とした薄切りの白パン。
そこに挟まれているのは、スライスしたキュウリと特製ハムだ。
「まあ……なんて薄くて上品なパン」
夫人が指でつまみ口に運ぶ。
ふわっ、とした食感。マヨネーズのコクとキュウリのシャキシャキ感が広がる。
重たくない。いくらでも食べられそうな軽やかさだ。
【中段:スコーン】
「次が本日の主役。『焼きたてスコーン』です」
狼の口のようにパックリと割れた、腹割れスコーン。
その横には二つの小瓶が添えられている。
真っ赤なイチゴジャムと濃厚なクリーム色の塊。
「このクリームは……バターですか?」
「いいえ、『クロテッドクリーム』です。牛乳を煮詰めて、一番美味しい脂肪分だけを集めた……『食べる背徳感』ですよ」
私は実演してみせた。
温かいスコーンを割り、そこにジャムを塗り、その上からクリームを山盛りに乗せる。
「さあ、どうぞ」
エルザ夫人は半信半疑でクリームたっぷりのスコーンを口に入れた。
サクッ、ホロッ。
「……!!」
口の中の水分を奪う粉っぽい生地。
それを補うように体温で溶けたクロテッドクリームがジュワリと広がる。
バターより濃厚で生クリームよりコクがある。
そこに甘酸っぱいジャムが絡み合い、口の中が天国になる。
「な、なんですのこれ……! 濃厚なのに、しつこくない……! 紅茶! 紅茶をいただきなさい!」
紅茶を流し込むと、口の中の脂分がスッと消え、また次の一口が欲しくなる。
無限ループの完成だ。
【上段:スイーツ】
「最後は一口サイズのケーキたちです」
色とりどりのマカロン、ミニタルト、そして小さなプリン。宝石のように輝くそれらに夫人たちの目は釘付けだ。
「か、可愛らしい……!」
「これなら、コルセットを締めていても食べられますわ!」
気がつけば意地悪な小言など消え失せていた。
夫人たちは夢中になって手を伸ばし、
「このクリーム最高ですわ」
「サンドウィッチおかわり!」
と、ただの女子会と化していた。
「……完敗ですわ、公爵夫人」
帰り際、エルザ夫人は満足げなため息をついて私に言った。
「貴女のことを、ただの料理番だと侮っておりました。……こんな優雅で、恐ろしいおもてなしを知っているなんて」
「ふふ、またいつでもいらしてください。メニューは毎日変わりますから」
「ええ! 必ず参りますわ! ……ダイエットしてから!」
夫人たちは、また来ることを固く誓って帰っていった。
「……やれやれ。終わったか」
入れ違いに執務を終えたジルベール様がサロンに入ってきた。
テーブルに残ったスコーンを見て眉を上げる。
「随分と盛り上がっていたようだが……私の分は?」
「もちろん、取っておきましたよ」
私が余ったスコーンにクリームを塗って差し出すと、彼はそれをパクリと食べ、満足げに目を細めた。
「美味い。……だがレティシア、一つ問題がある」
「問題?」
「こんな美味いものを振る舞っていたら、領中の貴族が毎日押しかけてくるぞ。……私の妻との時間を奪われるのは面白くないな」
彼は私の腰を引き寄せ、独占欲たっぷりに言った。
「明日は『お茶会禁止令』を出すか」
「暴動が起きますよ、旦那様」
公爵夫人のデビュー戦は大勝利。
だが、その代償として、私のスケジュール帳は「お茶会予約」で真っ黒に埋め尽くされることになったのだった。




