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第30話 新婚の朝食、甘々なパンケーキと共に

チュンチュン……。


 小鳥のさえずりが聞こえる。

 私は重いまぶたを開けた。


「……うぅ」


 体を起こそうとした瞬間、腰と背中に鈍い痛みが走った。まるで一晩中小麦粉をこね続けた後のような疲労感だ。

 いや、原因は小麦粉ではない。隣でスヤスヤと眠っている、この銀髪美貌の旦那様のせいだ。


(……昨日は、凄かった……)


 思い出して顔が熱くなる。

 食欲魔人だと思っていた私が、まさかあんなに翻弄されるなんて。


「おかわり」の意味が、食事だけじゃないことを身をもって知らされた夜だった。


「……ん。目が覚めたか、レティシア」


 隣で寝返りを打ったジルベール様がとろんとした瞳を開けた。その表情は、満ち足りた捕食者のように艶やかだ。


「おはようございます、あなた……」


 私が照れながら呼ぶと、彼は嬉しそうに目を細め、私の額にキスをした。


「おはよう、私の可愛い奥様。……体は大丈夫か?」


「腰が……痛いです。誰かのせいで」


「すまない。君があまりに美味しかったので、つい食べ過ぎてしまった」


 悪びれもせずに言う彼をポカポカと叩く。

 でも、不思議と嫌な気分ではない。


グゥゥゥ……。


 そこで私の腹の虫が空気を読まずに鳴いた。

 昨夜のカナッペだけでは、エネルギー消費に見合わなかったらしい。


「ふっ、相変わらず元気だな。……起きようか。腹が減った」


「はい。朝食を作りに……きゃっ!?」


 ベッドから降りようとした私をジルベール様がひょいと抱き上げた。お姫様抱っこだ。


「歩かなくていい。厨房まで運んでやる」


「えっ、使用人に見られたら恥ずかしいです!」


「構わん。仲が良いのはいいことだ」


 彼は抵抗する私を抱えたまま、廊下を堂々と歩き厨房へと向かった。すれ違うメイドたちが「キャーッ!」と顔を覆いながら道を譲ってくれた。


   ◇


「さて、何を作る?」


 厨房の椅子に私を座らせ、ジルベール様がエプロンをつけた。彼がエプロンをつけると、なんだかコスプレのようでドキドキする。


「体が重いので……甘いものがいいですね。『リコッタチーズのパンケーキ』なんてどうでしょう?」


「ほう、チーズを使うのか?」


「はい。チーズを入れると、普通のパンケーキよりしっとりして、口当たりが軽くなるんです」


 私は椅子に座ったまま指示を出し、ジルベール様が手を動かす「共同作業」が始まった。


「卵白を泡立ててください。角が立つまで!」


「こうか? ……ふんッ!」


 さすが剣の達人。

 泡立て器を動かす速度が見えない。


 あっという間にキメ細やかなメレンゲが完成した。そこに、卵黄、牛乳、小麦粉、そしてたっぷりのリコッタチーズを混ぜた生地を合わせる。

 泡を潰さないように、さっくりと。


「フライパンにバターを溶かして……生地をこんもりと乗せてください」


ジュワァ……。


 甘い香りが広がる。

 蓋をして蒸し焼きにすること数分。


「ひっくり返しますよ! せーのっ!」


 ジルベール様がフライ返しでクルッと返す。

 見事なきつね色。ぷるん、と生地が揺れた。


「おお……柔らかそうだ」


「焼き上がりです! お皿に乗せて、粉砂糖とメイプルシロップ、そして昨日の残りのイチゴを添えて……」


 完成したのは、雲のように分厚く、雪のように白い粉砂糖をまとったパンケーキだ。


 テーブルに向かい合って座る。

 ナイフを入れると、シュワッという音がした。


「あ~ん、してください」


 私が切り分けた一口を差し出すと、ジルベール様は素直に口を開けた。


パクッ。


「……っ」


 彼の目が大きく見開かれる。


「消えた……」


「ふふ、リコッタチーズとメレンゲの効果です」


「口に入れた瞬間、チーズのコクとシロップの甘みを残して溶けていく……。これは危険だ。いくらでも入る」


「でしょう? 私もいただきます」


 私も一口食べる。

 あぁ、幸せ。疲れた体に糖分が染み渡る。

 そして何より大好きな人と一緒に作る朝食がこんなに美味しいなんて。


「レティシア」


 ジルベール様がシロップで濡れた私の唇を指先で拭った。


「……甘いな」


「パンケーキですから」


「いや、この生活が、だ。……君とこうして朝を迎えることが、こんなに幸せだとは思わなかった」


 彼は私の手を握り、愛おしそうに見つめた。


「ありがとう、レティシア。私の元に来てくれて」


「……こちらこそ。私を捕まえてくれてありがとうございます」


 私たちは朝の光の中で微笑み合い、甘いパンケーキと、それ以上に甘い新婚生活を噛み締めた。

 こうして波乱万丈だった「餌付け婚」は、平穏で幸せな日常へと落ち着いた――と、言いたいところだが、私にはまだ「公爵夫人」としての仕事が山積みだった。

 そして私の料理を狙う新たな刺客たちが虎視眈々と領地を狙っているのだった。

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