第26話 ウエディングドレスの採寸は、甘い溜息の中で
「……すごい。生クリームの海ですね」
別邸の一室に通された私は、目の前の光景に圧倒されていた。部屋中に並べられた、数えきれないほどの純白のドレス。
シルク、レース、オーガンジー。
それらが窓からの光を受けて輝く様は、まさに泡立てたばかりのメレンゲか、極上のホイップクリームのようだ。
「気に入ったか? 王都の一流デザイナーを呼び寄せて作らせた」
背後からジルベール様が満足げに現れた。
今日の彼は、いつになく機嫌が良い。
それもそのはず、これから行われるのは、花嫁にとって最も重要な儀式――『採寸』だからだ。
「はい! どれも美味しそうです! 特にあそこのフリルが重なったドレスなんて、ミルクレープみたいで素敵!」
「……君の感性は相変わらずだな。だが、見るだけではわからん。着てみなければ」
ジルベール様がパチンと指を鳴らすと、控えていたデザイナーやメイドたちが一斉に退室し始めた。
「あれ? みんな出て行っちゃいましたけど?」
「当然だ。これから君の肌に触れてサイズを測るのだぞ? 他の人間に見せるわけがないだろう」
彼は懐から、スルスルとメジャーを取り出した。
「測るのは私だ」
「……はい?」
「夫となる私が妻の体のラインを把握しておくのは義務だ。……さあ、手を広げて」
拒否権はないらしい。
私は諦めて下着姿になり両手を広げた。
「……ふむ」
ジルベール様が背後に立つ。
冷たいメジャーが、私の二の腕に巻き付けられる。
「……柔らかいな」
「ひゃっ!?」
メジャー越しに彼の手指が肌をなぞる。
くすぐったいような、熱いような。
「少し肉付きが良くなったか? 以前より……弾力が増している気がする」
「ギクッ!」
私は冷や汗をかいた。
思い当たる節しかない。
王都でのラーメン対決、帰還してからの宴会、そして毎日の試作&味見。幸せ太りと言う名の「カロリー貯金」が二の腕とお腹周りに蓄積されているのだ。
「す、すみません! ダイエットします! 明日から豆腐とコンニャクだけで生きますから!」
「誰が痩せろと言った」
ジルベール様が、私の腰に腕を回し、背中からギュッと抱きしめた。
「今のままがいい。……この、マシュマロのような柔らかさが」
「マシュマロ……?」
「ああ。抱き心地が最高だ。骨ばった体など興ざめだぞ。君はこれくらい、甘くて柔らかい方がいい」
彼は私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「匂いも甘い。……バニラエッセンスでも浴びたのか?」
「いいえ、さっきプリンのカラメルを作っていたので、その匂いかと……」
「そうか。……なら、味見が必要だな」
チュッ。
首筋に、熱い唇が押し当てられた。
採寸はどうしたんですか、採寸は。
「……ん……ジルベール様……くすぐったいです……」
「動くな。ウエストを測るんだ」
彼は嘘ぶきながらメジャーを私の腰に回した。
けれど、その締め付け方は必要以上に緩く、そして手つきは必要以上にいやらしい。
メジャーというより捕縛されている気分だ。
「……レティシア」
耳元で囁かれる低音ボイス。
「ドレスは背中が大きく開いたデザインにしよう」
「えっ、そんな大胆な……」
「普段は隠されている君の肌を、式の日だけは少し見せつけてやる。……ただし、披露宴が終わったら、すぐに私だけの部屋に連れ込んで、そのドレスを脱がせるがな」
「……っ!」
顔から火が出るかと思った。
この人、結婚式を何だと思っているんだ。
私の頭の中は「ウエディングケーキの段数」でいっぱいなのに、彼の頭の中は「初夜」のことでいっぱいらしい。
「よし、採寸終了だ」
長い長い時間の後、ようやく解放された。
私はフラフラになりながら、一番近くにあった「ミルクレープ風ドレス」を指差した。
「こ、これにします! 露出も控えめですし!」
「却下だ。……私が選ぶ」
結局、ジルベール様が選んだのは、胸元と背中のラインが綺麗に見える、シンプルながらも洗練されたシルクのドレスだった。曰く、「一番、素材の良さが引き立つ」とのこと。
「これを着て隣に立て。……世界中の誰よりも幸せにしてやる」
彼はドレスを私の体に合わせ、鏡越しに微笑んだ。その笑顔があまりに幸せそうで、私は「ダイエットは明日からでいいか」と、自分に甘い決意を固めるのだった。




