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第21話 不味い飯への拒絶

「あ~ん」


「……あ~ん」


 朝のダイニング。

 私は焼きたての『スフレパンケーキ』を切り分け、ジルベール様の口に運んでいた。

 メレンゲをたっぷり使った生地は、口に入れた瞬間にシュワッと溶ける。


「美味い。……雲を食べているようだ」


「メイプルシロップをかけると、もっと幸せになりますよ」


 公爵城の朝は平和そのものだった。

 夫は餌付けされ、使用人たちは私の信者となり、食材庫にはガリア王女から巻き上げた生ハムがある。


 まさに理想の楽園。


バンッ!!


 その静寂を破ったのは、食堂の扉が開く乱暴な音だった。


「なにごとだ」


 ジルベール様が不機嫌そうにフォークを置く。

 入ってきたのは、王家の紋章が入った鎧を着た騎士だった。

 後ろには、青ざめた執事長が控えている。


「失礼する! 王都より、カイル王太子殿下の命を伝えに参った!」


 騎士は私の前に進み出ると、一通の羊皮紙を突きつけた。


「レティシア・フォン・アークライト! 王命である! 直ちに王都へ帰還せよ!」


「……は?」


 私はパンケーキを頬張ったまま首を傾げた。


 帰還? 追放したくせに?


「カイル殿下は慈悲深いお方だ。貴様の過去の罪を不問とし、再び『王太子妃候補』として迎え入れると仰せだ。……感謝してひれ伏すがいい!」


 騎士が得意げに胸を張る。

 普通なら、


「まあ! 殿下が私を許してくださったのね!」


 と喜ぶ場面かもしれない。


 あるいは「今さら何を!」と怒る場面か。

 しかし、私は羊皮紙に書かれた文面を目で追い、ある「一行」でピタリと止まった。


『追伸:最近、王宮の食事が喉を通らない。戻ってきたら、すぐに例のスープを作れ』


(……あ、こいつ)


 私のこめかみにピキリと青筋が浮かんだ。


「……つまり、殿下は『腹が減ったから帰ってこい』と仰っているのですか?」


「なっ、不敬な! 殿下は貴様の更生を願って……」


「嘘をおっしゃい! どうせ王宮の料理人たちが、私のレシピノートがないと何も作れなくなって逃げ出したんでしょう!?」


 図星だったのか、騎士が口ごもる。

 王宮の料理人たちは、古い伝統に固執する頭の硬い人たちばかりだった。


「肉はよく焼くのが礼儀」

「野菜はクタクタになるまで茹でろ」


 そんな彼らに、私がこっそりと「下処理のコツ」や「火加減」を教えていたから、なんとか食べられるものが出来ていただけなのだ。

 私がいなくなった今、王宮の食卓はゴム肉と泥スープの地獄と化しているはず。


「お断りします」


 私は羊皮紙を破り捨てた。


「二度とあんな『味覚の墓場』に戻る気はありません。私はここで、美味しいご飯とジルベール様に囲まれて生きていくんです!」


「き、貴様……! 王命に逆らう気か! ただで済むと……」


 騎士が剣の柄に手をかけた、その瞬間。


パキィィィン……。


 部屋の温度が急激に下がった。

 窓ガラスに氷の結晶が走り、騎士の鎧が白く凍りつき始める。


「……おい」


 地獄の底から響くような声。

 ジルベール様が立ち上がっていた。

 その瞳は、私が今まで見た中で一番美しく、そして一番恐ろしい色に輝いていた。


「私の食卓に手を出そうとは……いい度胸だ」


「こ、公爵閣下……!? しかしこれは王命で……」


「王太子ごときが、私の『餌付け係』を奪えると思うな」


 ジルベール様が指を一本振るう。

 それだけで騎士の体が目に見えない圧力で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「ひぃっ!?」


「失せろ。……カイルに伝えろ。『私の妻を欲しければ、私を殺してからにしろ』とな」


 騎士は腰を抜かし、這うようにして逃げ出していった。


 静寂が戻る食堂。

 しかし、ジルベール様の怒りは収まらないようだ。


「……許せん」


 彼はギリギリと拳を握りしめている。


「レティシアを侮辱したこともだが……何より、『不味い飯を作るために戻れ』だと? 君の料理は芸術だ。それを単なる空腹満たし扱いするとは……万死に値する」


 そこですか。

 相変わらず私の料理への評価が高すぎる。


「レティシア」


 彼は私に向き直り、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。


「王都へ行くぞ」


「えっ、行くんですか?」


「ああ。ただし、帰還するためではない。……『格付け』をするためだ」


 公爵の背後に黒いオーラが立ち上る。


「あのバカ王子と、王宮の舌の腐った貴族たちに……『本物の美食』とは何かを教えてやる。その上で、二度と君に手出しできないよう、完膚なきまでに叩き潰す」


「おお……!」


 私は手を叩いた。それは楽しそうだ。

 王都には、まだ試していないスパイスのお店もあるし、中華麺の材料になる「かんすい」も売っているかもしれない。


「行きます! 私、王都のみんなに『ラーメン』の味を教えてあげたいです!」


「ラーメン? なんだそれは」


「ふふ、王宮をひっくり返す『革命の味』ですよ」


 こうして私たちは「喧嘩を売るため」に王都へと乗り込むことになった。

 最強の魔公爵と最強の料理人。

 王宮が恐怖のズンドコ……じゃなくてどん底に叩き落とされる日は近いのかもしれない。

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