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第20話 愛情サイズの巨大おにぎり

「レティシア! 天気は快晴! 風は微風! 絶好のピクニック日和だ!」


 翌朝。

 ベッドから跳ね起きたジルベール様は、昨日の瀕死状態が嘘のように輝いていた。

 肌艶はピカピカ、魔力も満タン。

 お粥パワー恐るべしである。


「さあ、行こう! 私の領地で一番景色のいい丘へ!」


「ちょ、ちょっと待ってください。お弁当の準備がまだです!」


 病み上がりのテンションに引きずられるようにして、私たちは馬車に乗り込んだ。


   ◇


 到着したのは、領都を一望できる美しい丘だった。一面に広がる緑の芝生。

 遠くに見える雪山と青い空。


 まさに絵本の世界だ。


 私たちは木陰にシートを広げ、腰を下ろした。


「ふぅ……いい風だ。君とこうして外で過ごすのは初めてだな」


 ジルベール様が眩しそうに目を細める。


「そうですね。いつも厨房か執務室でしたから」


「……ロマンチックのかけらもないな。だが、今日こそは恋人らしいことをしよう」


 彼は期待に満ちた目で、私が抱えている巨大なバスケットを見た。


「さあ、レティシア特製のお弁当を見せてくれ。サンドウィッチか? それともキッシュか?」


「いいえ。青空の下で食べるなら、これ一択です」


 私はバスケットの蓋をオープンした。


 そこに入っていたのは――。


「……なんだ、この黒い砲丸は?」


 公爵が固まった。

 バスケットの中にゴロゴロと積み上げられていたのは、大人の拳二つ分はある巨大な黒い球体たち。そう、日本人の魂『爆弾おにぎり』だ。


「『おにぎり』です。携帯食料の王様ですよ」


「おにぎり……? これが料理なのか? 黒い石にしか見えんが」


「ふふ。食べてみればわかります。はい、どうぞ」


 私は一つを彼に手渡した。

 ずっしりと重い。

 公爵は恐る恐る、その黒い塊を両手で持ち、ガブリとかぶりついた。


パリッ。


 湿気ていない、上質な海苔が弾ける音。

 その直後、ふっくらと炊き上げられた白米の甘みと、表面にまぶされた塩気が口いっぱいに広がる。


「……っ! 米か!?」


「はい。でも、ただの米じゃありませんよ。そこからが本番です」


 彼がさらに噛み進めると、おにぎりの中心部に到達した。


ジュワッ。


「……ん!? 肉だ!」


 中から現れたのは、マヨネーズをたっぷりと絡めた『鶏の唐揚げ』だ。

 ご飯の熱で温められたマヨネーズが溶け出し、唐揚げの醤油味と混ざり合って、凶悪なまでの旨味ソースとなっている。それが白米に染み込み、逃げ場のない美味しさを生み出している。


「なんだこれは……! 米と海苔というシンプルな外見の中に、こんな暴力的な旨味が隠されているとは……!」


「『唐揚げマヨ』は正義ですからね。こっちのは『焼き鮭』、あっちのは酸っぱい『梅干し』が入ってますよ」


「鮭だと……?」


 公爵は二個目に手を伸ばした。

 今度は炭火で香ばしく焼いた鮭のほぐし身だ。

 程よい塩気が甘いお米を際立たせる。


「美味い。サンドウィッチもいいが、この『米を握っただけ』の料理……不思議と力が湧いてくる気がする」


「でしょう? 手で直接食べるから、温かみがあるんです」


 ジルベール様は、私の顔と同じくらいの大きさのおにぎりをリスのように頬張っている。

 口の端に米粒がついているのが可愛い。


「……レティシア」


 三個目を完食した彼が満足げに息をつき、私の膝の上にコテンと頭を乗せた。


「えっ、あの……閣下?」


「膝枕だ。……恋人らしいことその2だ」


 彼は芝生に寝転がり、私を見上げていた。


 逆光でキラキラと輝く銀髪。

 そして穏やかで幸せそうな微笑み。


「……君の料理は、いつも私を驚かせる。そして、幸せにしてくれる」


 彼の手が伸びてきて、私の頬を優しく撫でた。


「私はもう、君のいない食卓なんて考えられない。……ずっと、私のそばにいてくれないか?」


 それは契約や胃袋の話ではなく。

 一人の男性としての心からの言葉に聞こえた。


 ドキリ、と胸が鳴る。


 料理ばかりしていた私の心臓が初めて『恋愛』というスパイスに反応した瞬間だった。


「……はい。お腹が空いたときは、いつでも言ってくださいね」


 私が照れ隠しにそう言うと、彼は「ふっ、雰囲気のないやつだ」と笑い、そのまま気持ちよさそうに昼寝を始めてしまった。


 平和な午後。

 美味しいおにぎり。

 そして隣には世界一美形の旦那様。


(……悪くないかも、こういうのも)


 私は彼の髪をそっと撫でながら、この幸せがずっと続けばいいと思った。

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