第2話 幽霊屋敷と宝の山(食材)
王都を出発してから一週間。
ガタガタと揺れる馬車がようやく停止した。
「着いたぞ。ここが今日から貴様の住処だ」
護衛騎士の投げやりな声と共に、私は馬車から降ろされた。
目の前にそびえ立つのは、鬱蒼とした森の中にポツンと佇む、古びた石造りの屋敷。壁には蔦が絡まり、窓ガラスは曇り、どこからともなく不気味な風の音がヒュオオ……と聞こえてくる。
いわゆる、幽霊屋敷というやつだ。
「ジルベール公爵閣下は、本邸の方にいらっしゃる。ここは離れの別邸だ」
騎士は荷物を地面にドサッと置くと、憐れむような目を私に向けた。
「暖炉の薪も残り少ない。食料も備蓄庫にあるクズ野菜と硬い保存肉くらいだそうだ。……まあ、冬を越せればいいな」
普通なら絶望して泣き崩れる場面だろう。
「こんな廃屋で死にたくない!」
縋り付くのが正解かもしれない。
けれど、私は満面の笑みで手を振った。
「ご親切にどうも! どうぞお気をつけてお帰りください!」
騎士は「恐怖で気が触れたか……」と呟きながら逃げるように馬車を出していった。
◇
周囲に誰もいなくなったことを確認し、私はガッツポーズを決めた。
「よし! これで自由!!」
監視の目がない。文句を言う小姑もいない。
私はドレスの裾をまくり上げ、廃屋の扉を勢いよく開け放った。
「ゲホッ、ゴホッ……!」
舞い上がる砂埃。蜘蛛の巣が顔に絡みつく。
廊下は薄暗く、床はギシギシと悲鳴を上げている。だが、私の足は寝室でも応接間でもなく、一直線にある場所を目指していた。
この屋敷の間取り図によれば北側の奥にあるはずだ。
「あった……厨房!」
扉を開けると、そこには広々とした空間が広がっていた。
石造りのカマドが三つ。広い調理台。
さすがは公爵家の別邸、設備自体は王宮にも引けを取らない立派なものだ。埃まみれだけど。
そして、一番の目当てはその奥にある『氷室』だ。氷魔法で一年中低温に保たれている、異世界版の冷蔵庫である。
「さて、騎士様は『クズ野菜と硬い肉しかない』って言ってたけど……」
重たい扉をギギーッと開ける。
冷気と共に、私の目に飛び込んできたのは――。
「……嘘」
棚に無造作に転がっている、ゴツゴツとした赤い果実。毒々しい色をしているため、この国では『悪魔の実』と呼ばれ、観賞用か家畜の餌にしかされない不人気な野菜。
「これ、完熟トマトじゃない……!」
手に取って匂いを嗅ぐ。間違いない。
青臭さの中に潜む、濃厚な甘い香り。
王都の市場にも出回らない、お日様をたっぷり浴びた極上品だ。
さらに木箱に入っていたのは『オーク肉』の塊。筋が多く、焼くとゴムのように硬くなるため、貴族は見向きもしない下級肉だ。
だが、その赤身には適度なサシが入っている。
「ふふ、ふふふ……」
私の口から悪役令嬢らしい不敵な笑い声が漏れた。
現地の料理人たちは知らないのだ。
この『悪魔の実』が煮込めば最高の旨味調味料になることを。そして、硬くて噛み切れない『オーク肉』も包丁で細かく刻んでミンチにし、ある工夫を凝らせば――王宮の最高級ステーキすら凌駕する極上の柔らか料理に化けることを。
「最高じゃない、辺境!」
ぐうぅ、と腹の虫が盛大なファンファーレを奏でた。
掃除は後回しだ。
まずは、この愛すべき「クズ食材」たちを使って、私の、私による、私のための晩餐会を開催しなくては。
私はエプロンの紐をキュッと締め直し、錆びついた包丁を手に取った。
さあ、開店の時間だ。




