第17話 美しすぎる断面! 宝石箱のフルーツサンド
決戦の場となる公爵城のガーデンテラスには、多くの貴族たちが招かれていた。
審査員は舌の肥えた彼らだ。
「さあ、まずはわたくしの国が誇る、最高級の芸術品をご覧あそばせ!」
先行はビクトリア王女。
彼女の合図でパティシエたちが運び込んだのは、飴細工で飾られた巨大な『シュークリームの塔』だった。
「おおっ……!」
「なんと美しい……まるで黄金の塔だ!」
貴族たちが歓声を上げる。
一つ一つに濃厚なカスタードが詰められ、表面はパリパリのキャラメルでコーティングされている。味も一級品だ。
「甘い!」
「脳が痺れるほど濃厚だ!」
と絶賛の嵐だった。
「オーホッホ! どうですの? これが『美食』ですわ!」
王女が勝ち誇った顔で私を見る。
「さあ、貴女の番ですわよ、芋女さん。一体何を出しますの?」
「はい。こちらです」
私がテーブルに置いたのは――真っ白な四角い物体だった。耳を切り落とした、二枚の食パン。
中には白いクリームが挟まっているだけで、具材は見えない。皿の上には、ただ白い直方体が鎮座しているだけだ。
「……は?」
会場が静まり返った。
「な、なんですのこれ? ただのパン? まさか、お茶会に『サンドウィッチ』を出す気ですの!?」
王女が腹を抱えて笑い出した。
貴族たちもクスクスと失笑する。
「いくらなんでも地味すぎる」
「中身を入れ忘れたのか?」
ふふふ。笑うがいい。
この料理の真価は、ここからなのだから。
「皆さま、これはまだ未完成です。……今から、魔法をかけます」
私はよく研いだナイフを取り出した。
パンの対角線上に刃を当てる。
深呼吸一つ。
迷わず、スッ――と刃を下ろした。
「――開花!」
切り分けたパンの断面を客席に向けて開く。
その瞬間。
会場の空気が爆発したように変わった。
「「「おおおおおおっ!?」」」
白いクリームの雪原の中に鮮やかな花が咲き乱れていた。
真っ赤なイチゴで作られた『チューリップ』。
シャインマスカットで描かれた『葡萄の房』。
オレンジとキウイが織りなす『幾何学的なモザイク模様』。
それは計算し尽くされた配置によって生まれた、食べる宝石箱――『萌え断』フルーツサンドだ。
「な、なんですのこれは……!? パンの中に、お花畑が……!?」
ビクトリア王女が目を見開いて硬直している。
私はニッコリと笑い、その一片を彼女に差し出した。
「さあ、審査をお願いします」
王女は震える手でサンドを受け取った。
悔しそうだが、その目はキラキラした断面に釘付けだ。
彼女は大きく口を開け、ガブリと噛みついた。
「……っ!」
食べた瞬間、彼女の動きが止まった。
(勝った)
私は心の中でガッツポーズをした。
ガリアの菓子は確かに美味しいが「甘すぎる」のが欠点だ。
対してフルーツサンドは計算されている。
パンは、ほんのり塩気のある特製『生食パン』。
クリームは、生クリームに『チーズ』と『ヨーグルト』を混ぜた特製クリームだ。
甘さは極限まで控えめ。それが完熟フルーツの爆発的な甘酸っぱさと混ざり合うことで――。
「……軽い」
王女が呆然と呟いた。
「あんなにクリームたっぷりなのに、まるで雲を食べているみたい……。チーズのコクと果汁のジューシーさが混ざり合って……飲み物のように喉を通っていくわ……」
「でしょう? 甘ったるいケーキの後でも、これなら何個でもいけるはずです」
「くっ……認めません! こんな、パンに果物を挟んだだけの料理なんて……!」
王女は否定しようとした。
だが、口と手は正直だった。
パクッ、モグモグ。
「悔しい……! お花の部分が甘酸っぱくて最高ですわ! 次はそっちのブドウのやつをよこしなさい!」
「はいはい」
あっという間に王女はサンドを三切れも平らげた。審査員の貴族たちも同様だ。
「さっぱりしていて美味しい!」
「見た目も楽しい!」
もう、大絶賛。
クロカンブッシュは甘すぎて一つで十分だが、フルーツサンドは「おかわり」の嵐だった。
結果は明白だった。
「……勝者、レティシア・フォン・ヴァルシュタイン公爵夫人!」
拍手喝采の中、私は王女に向き直った。
「約束通り、私の勝ちですね?」
「……ぐぬぬぬぬ!」
ビクトリア王女はハンカチを噛んで悔しがった。だが、王族としてのプライドか、最後はフンと顔を背けて言った。
「……勘違いしないでくださいまし! 今回は、わたくしのパティシエが旅の疲れで本調子じゃなかっただけですわ!」
「はいはい」
「でも……約束は守ります。婚約破棄の話は諦めますわ」
そして彼女は未練たっぷりに、後ろの荷馬車を振り返った。
「あそこの食材も……全部、貴女に譲りますわよ! 大切にお使いなさい!」
「ありがとうございます! 一生の宝にします!」
私はジルベール様に抱きつくよりも早く、生ハムの原木に抱きついた。
スリスリと頬ずりする。
ああ、いい匂い。熟成された肉の香り。
「……はぁ」
その様子を見ていたジルベール様が深くため息をついた。
「私の妻は、勝負に勝ったことよりも、豚肉が手に入ったことの方が嬉しいらしい」
「当たり前じゃないですか。これで今夜は生ハムパーティーですよ!」
「……やれやれ。まあ、君が楽しそうだからいいか」
こうしてライバル王女との対決は私の圧勝に終わった。
だが、これでめでたしめでたしとはいかない。
なぜなら、生ハムに夢中になりすぎたせいで、今度はジルベール様が「食材への嫉妬」という面倒くさい感情を爆発させようとしていたからだ。




