第16話 ライバル王女襲来! 美食の国VS居酒屋メシ
その日、公爵城の正門は異様な熱気に包まれていた。
「……ねえ、ジルベール様。あれ、パレードですか?」
「いや、ただの『私的な訪問』だそうだ」
私が指差した先には、地平線を埋め尽くすほどの馬車の列。先頭には、黄金に輝く王家の紋章を掲げた豪華な馬車。
そしてその後ろには氷漬けにされた木箱や樽を満載した荷馬車が延々と十台以上も連なっている。
私の目は先頭の馬車ではなく、後ろの荷馬車に釘付けになった。
(あの木箱の刻印……もしや、ガリア国産の『発酵バター』!? 隣の樽は『熟成生ハム』!? あっちの麻袋は『高級トリュフ』じゃない!?)
ガリア王国は美食の大国。
その王女が来るということは、最高級の食材が勝手に歩いて来たも同然だ。
私は感動で震えた。
「素晴らしいです、ジルベール様! 王女様は、歩く食材庫の女神ですね!」
「……君のその、ブレない現金さは嫌いじゃない」
馬車が停止し、従僕が恭しく扉を開ける。
現れたのは、目が覚めるような美女だった。
縦ロールに巻かれた金髪。ふわりと広がる真紅のドレス。そして、自信に満ち溢れた勝気な瞳。
ガリア第一王女、ビクトリア殿下だ。
彼女は優雅に降り立つと、私には目もくれず、一直線にジルベール様の元へと歩み寄った。
「お久しぶりですわ、愛しのジルベール様! まあ、少しお痩せになったんじゃなくて? こんな田舎の粗食では貴方様の美貌が台無しですわ!」
開口一番、領地ディスり!
ジルベール様がピクリと眉を跳ねさせる。
「……歓迎感謝する、ビクトリア王女。だが、私の領地の食事は世界一だ。心配には及ばない」
「あら、強がりを。北の果てにあるのは泥臭い芋と硬い肉だけでしょう? だからわたくし、専属のシェフと食材をすべて持参しましたの!」
ビクトリア王女は扇で口元を隠して高らかに笑った。
「今日から貴方様の食事は、すべてわたくしが管理いたしますわ。……そこの、地味な芋みたいな女が作った餌ではなく、洗練されたガリア料理をね!」
ビッと扇の先を向けられた。
地味な芋みたいな女、私のことである。
普通なら「失礼な!」と怒るところだ。
あるいは「芋女で悪かったわね!」と泣くところか。だが、私はニッコリと微笑み返した。
「ありがとうございます、殿下! 最高の褒め言葉です!」
「……は?」
王女の笑いが止まった。
「じゃ、ジャガイモと言ったのですわよ? 泥にまみれて、ゴツゴツして、華やかさのかけらもない野菜ですのよ!?」
「ええ、存じています。ですが殿下、ジャガイモほど万能で偉大な野菜はありません」
私は熱弁を振るった。
「茹でてよし、焼いてよし、揚げてよし! 潰せば滑らかなマッシュポテトになり、薄く切って揚げれば悪魔的スナックになる。主食にも副菜にもなれる、まさに食卓の王様! そんな偉大な存在に例えていただけるなんて、光栄です!」
「なっ……なんなのですの、この女は……!?」
王女が後ずさる。
嫌味通じず。これぞ「調理脳」の為せる技だ。
「ふっ……」
隣でジルベール様が噴き出した。
「聞いたか、ビクトリア。私の妻は、君ごときの挑発では揺らがない。……むしろ、君の後ろにある生ハムの方を熱い視線で見つめているぞ」
「つま!? こ、この芋女が妻だというのですか!? 認めませんわ!」
ビクトリア王女は地団駄を踏んだ。
「わたくしは勝負を挑みます! 明日の『お茶会』で、どちらがジルベール様のパートナーにふさわしいか、ハッキリさせて差し上げますわ!」
「お茶会、ですか?」
「ええ! わたくしが持参した最高級の菓子職人、貴女の手作り菓子……どちらが優れているか、舌の肥えた貴族たちに判定させましょう!」
なんと向こうから料理対決を申し込んできた。
しかもお題はスイーツ。
相手は美食の国のプロフェッショナル。
「もし私が勝ったら、ジルベール様との婚約は破棄して、即刻出て行っていただきますわ!」
「わかりました。では、もし私が勝ったら……」
私は王女の後ろに積まれた荷馬車の山を指差し、満面の笑みで宣言した。
「あそこに積んである食材、すべて置いていってくださいね?」
「……は?」
「特にあの生ハムの原木と、チーズの塊は絶対に置いていってください。あとトリュフも」
「……っ! いいですわよ! どうせ貴女に勝ち目などありませんもの!」
王女は顔を真っ赤にして、フンッ!と鼻を鳴らして去っていった。
「……レティシア」
残されたジルベール様が呆れたように私を見た。
「君、私の貞操がかかった勝負より、生ハムの方が大事なのか?」
「まさか。旦那様も大事ですよ」
私は即答した。
「だって、あの生ハムとチーズがあれば……旦那様が大好きな『とろ~りチーズのホットサンド』も、『生ハムと温玉のカルボナーラ』も作れるんですよ? つまり旦那様の幸せのためです!」
「……そう言われると、悪い気はしないのが悔しいな」
ジルベール様は苦笑しつつ、私の頭を撫でた。
「頼んだぞ、芋女。ガリアの鼻持ちならない料理人たちを、君の『茶色い料理』で黙らせてやってくれ」
「お任せください! 明日はとびきり映える『萌え断』スイーツをお見せしますから!」
こうして負けられない女の戦いが幕を開けた。




