表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

第14話 濃厚カスタードプリン

「お待たせしました! 約束の『とろける甘いもの』です!」


 私は銀のトレイを掲げ、執務室に戻ってきた。

 先ほど、私の逃走を見送ったジルベール様は、ソファに深く沈み込み、面白くなさそうに腕を組んでいた。


「……戻ってきたか。てっきり、また色気のない茶色の揚げ物でも作っているのかと思ったぞ」


「失礼な。今回は黄金色に輝く宝石ですよ」


 私はテーブルの上に皿を置いた。

 そこに乗っているのは、陶器のカップに入った冷たいお菓子。

 氷室の魔道具を使って急速冷却させた、出来立ての『カスタードプリン』だ。


「……なんだ、これは。ただの黄色い塊ではないか」


「ふふ、見ていてくださいね」


 ここからがショータイムだ。


 私はカップの上に皿を被せ、えいっ!と天地をひっくり返した。

 そして、そっとカップを持ち上げると――。


ぷるんっ。


 愛らしい音と共に黄金色の山が現れた。

 頭頂部には艶やかな焦げ茶色のカラメルソース。その重みで本体がフルフルと震えている。


「……震えているな」


「はい。生まれたての小鹿のような、この儚げな弾力こそが命なんです」


 私はスプーンを差し出した。

 公爵はまだ少し不満げだが甘い香りには抗えないようだ。


「……いただく」

 

 彼がスプーンを入れる。

 スッと吸い込まれるような感触。

 柔らかすぎず、硬すぎない。絶妙な「固めプリン」の抵抗感だ。


 角が立ったひとすくいを、彼は口へと運んだ。


パクッ。


「……ん」


 公爵の眉が跳ね上がった。

 舌の上に乗せた瞬間、体温でプリンが解けていく。卵黄と牛乳の濃厚なコク。

 最高級バニラビーンズの芳醇な香り。

 それらが口いっぱいに広がり、脳髄を直接甘やかす。そして、遅れてやってくるのが「カラメル」の仕事だ。


「……苦い? いや、甘いのか?」


 砂糖を焦がしたギリギリのほろ苦さ。

 それが濃厚なカスタードの甘さを引き締め、大人な余韻を残して消えていく。


「どうですか? 甘いだけじゃなくて、ちょっとビターなのが私の好みなんです」


「……あぁ。今の私の気分にぴったりの味だ」


 公爵は皮肉っぽく笑ったがスプーンを動かす手は止まらない。


 一口、また一口。

 食べるたびに、その表情から険が取れていく。


「美味い。……悔しいが、美味い」


 あっという間に完食。

 皿に残ったカラメルソースすら名残惜しそうに見つめている。


「満足していただけましたか?」


 私が笑顔で尋ねると、公爵はナプキンで口元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。


「味は、完璧だった。……だが」


 彼は再び、私との距離を詰めてきた。

 一歩、また一歩。

 私はソファの背もたれに追い詰められる。


「レティシア。君は一つ勘違いをしている」


「か、勘違い?」


「私が欲しかった『甘いもの』は、これだけではないと言っているんだ」


ドンッ。


 本日二度目の壁ドン(今回はソファドン)。

 逃げ場はない。


 公爵の顔が近づく。甘いプリンの香りがした。


「……砂糖は控えめだったな」


「は、はい。素材の味を活かして……」


「だが、君自身は甘すぎる」


「え?」


「男を部屋に二人きりにして、こんな無防備な顔を見せるとは……危機感がなさすぎるという意味だ」


 公爵の指先が、私の唇をなぞった。

 心臓が爆発しそうだ。


 今度こそ、本当にキスされる――!?


 私はギュッと目を瞑った。

 けれど、落ちてきたのは唇ではなく、おでこへの柔らかい感触だった。


チュッ。


「……っ!?」


 目を開けると公爵が悪戯っぽく笑っていた。


「今日はこれくらいにしておいてやる。……あまり急いて、君に逃げられては困るからな」


 彼は私の耳元で「ごちそうさま」と囁くと、満足げに執務机へと戻っていった。残された私は、茹でダコのように真っ赤になってへたり込んだ。


「……ずるい。あんなの、反則です……」


 心なしか、口の中に残ったプリンの味がさっきよりも甘く感じられた。


 私の鉄壁だった「食い気」の防壁に少しだけヒビが入った瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ