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第13話 贈り物攻勢、勘違いの宝石箱

 カツサンドの一件以来、ジルベール様が「デレ」た。正確には、リミッターが外れたように貢ぎ物をよこすようになった。


「奥様、旦那様からです」


 朝、目覚めると枕元に小箱。


 昼、厨房から戻るとテーブルに花束と大箱。

 

 夜、寝ようとするとベッドの上にドレスの箱。


 私の部屋は今、高級ブティックの倉庫と化している。


「……どういうことなの」


 私は積み上がった箱の塔を見上げた。

 中身は最高級のシルク、レース、そして目が潰れそうなほど輝く宝石たち。総額を計算しようとしたが途中で桁がわからなくなってやめた。

 国家予算レベルかもしれない。


 そこへ当の本人が颯爽と現れた。


「やあ、レティシア。気に入ってくれたか?」


 ジルベール様は上機嫌だ。

 カツサンド効果で仕事を通常の三倍速で片付けたらしく肌艶も良い。


「あの、閣下……いえ、旦那様。これは流石に多すぎでは?」


「何がだ? 妻を飾るのは夫の義務だ。それに、君はあまりにも無頓着すぎる」


 彼は私の手を取り、呆れたように言った。


「君の頭の中は食材のことばかりだ。放っておけば小麦粉の袋を被って歩きかねないからな」


「失礼な。ちゃんとジャガイモの麻袋も被りますよ」


「そういう問題ではない」


 公爵はため息をつき、ポケットから新たな箱を取り出した。 


 まだあるのか。


「これを見つけた時、君に似合うと思ってな」


パカッ。


 開けられた箱の中には、見たこともないほど巨大な『ピンクダイヤモンド』が鎮座していた。

 親指の爪ほどの大きさがある。


「うわぁ……」


 私は思わず声を漏らした。

 美しい。カットが精巧で光を受けてキラキラと輝いている。


(まるで……高級いちご味のドロップ! いや、これは上質なザラメ糖の結晶……! 待って、これを売れば隣国のスパイスを樽ごと輸入できるのでは?)


 私の脳内そろばんが高速で弾かれた。

 このダイヤ一つで念願の『全自動製麺機』が開発できるかもしれない。


「どうだ? 君のような愛らしい色だろう」


 公爵が甘い声で囁き、私の首筋にネックレスをかけようとする。

 その指先が触れ、ドキリと心臓が跳ねた。


「あ、ありがとうございます。……でも、こんな高いものを身につけて厨房には立てません」


「なら厨房に行かなければいい。君の手は料理で荒れるには惜しい」


「えっ」


 私は反射的に公爵の手を払いのけそうになった。

 料理禁止? それは死刑宣告と同義だ。


「そ、それは困ります! 私の生きがいですから!」


「……ふむ。ならば仕方ない」


 公爵は少し拗ねたように唇を尖らせた。


「だが、条件がある。……これだけの贈り物をしたのだ。私にも『甘いお返し』があって然るべきだろう?」


「甘いお返し?」


 公爵がジリジリと距離を詰めてくる。

 壁際に追い詰められる私。いわゆる「壁ドン」の体勢だ。

 彼の顔が近づく。長いまつ毛。整った鼻筋。

 吐息がかかる距離で彼は低く囁いた。


「カツサンドのような塩気のあるものもいいが……私は今、無性に『甘いもの』に飢えているんだ」


 その瞳は明らかに私を見ている。


 これは……キスの要求!?


 さすがに鈍感な私でも気づく。

 夫婦なのだから当然の流れだ。


 心臓が早鐘を打つ。


 どうする? 目をつむるべき?


 しかし、私の口から出た言葉は、脳の指令を無視して本能が勝手に紡ぎ出したものだった。


「……わかりました。とびきり甘くて、とろけるような『アレ』をご用意しますね!」


「……ほう?」


「卵と牛乳、そして最高級の砂糖をふんだんに使った……私の自信作です!」


「……ん?」


 私は公爵の脇をすり抜け、脱兎のごとく厨房へと走り出した。


「待っていてください! すぐに『至高のプリン』を作ってきますから!!」


「…………は?」


 背後で公爵の呆然とした声が聞こえた気がした。


 でも振り返らない。


 だって「甘いもの」と言えばプリンでしょう?

 キスよりプリン。色気より食い気。

 それが私のジャスティス! 


「さあ、バニラビーンズをたっぷり使うわよー!」


 私はドレスの裾をまくり上げ、キッチンへと急いだ。


 公爵の求愛が、またしても空振りしたことに気づくのは、数時間後のデザートタイムのことである。

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