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第1話 婚約破棄は「おかわり」の合図ですか?

「レティシア・フォン・アークライト! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!!」


 王立学園の卒業パーティー。

 きらびやかなシャンデリアの下、カイル王太子のヒステリックな叫び声が響き渡った。

静まり返る会場。


 令嬢たちの扇で口元を隠す音。


 そして憐れみの視線を一身に浴びる私――レティシア、18歳。

 本来なら、ここでその場に泣き崩れるか、あるいは身の潔白を叫ぶのが「悪役令嬢」としての正しいマナーなのだろう。

 けれど、私の頭の中を占めていたのは、まったく別のことだった。


(……あー、お腹すいた)


 ぐう、と鳴りそうな腹の虫をドレスのコルセットで必死に抑え込む。


 転生前の記憶――日本の居酒屋で調理師として鍋を振るっていた記憶を取り戻してから、早十年。


 この世界の食事は、ハッキリ言って「味気ない」。


 素材の味を活かすと言えば聞こえはいいが要は茹でただけ焼いただけ。

 スパイスも出汁文化も発展途上。

 特に王太子妃教育の一環で強制される王宮の食事は、ゴムみたいな肉と青臭い野菜のパレードだった。


(あぁ……豚肉の生姜焼きが食べたい。マヨネーズたっぷりのポテサラを添えて。あつあつの白米でかきこみたい……!)


 私の意識が「食欲」の彼方へトリップしているとは露知らず、カイル殿下は隣に侍らせた可愛らしい少女――男爵令嬢のミリアさんの肩を抱き寄せ、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


「貴様、このミリアになんたることを! 階段から突き落とそうとしたり、教科書を破ったり、陰湿な嫌がらせをしていたそうだな!」


(してません。その時間は厨房で新しいソースの研究をしていました)


「沈黙は肯定とみなす! その薄汚い根性、王太子妃にふさわしくない!」


 殿下、唾が飛んでます。

 あとミリアさんが私に向けてニヤリと笑っているのが見えますが、どうでもいいです。


 でも、婚約破棄ということは……?


「よって貴様を国外追放……いや、辺境の地にある『魔公爵』ジルベール・フォン・ヴァルシュタインの領地へ追放処分とする! 二度と王都の地を踏めると思うな!」


 会場がざわっとどよめいた。


『氷の魔公爵』ジルベール。

 王国の北端を治める彼は、冷酷無慈悲な魔術の使い手であり、気に入らない人間は氷像に変えて庭に飾っているという噂があるほどの危険人物だ。


 そんな場所への追放は、実質的な死刑宣告に等しい。


 けれど……。


(……え?)


 私の脳内で、かつて読んだ地理の教科書と食材事典のページが猛スピードでリンクする。


 ヴァルシュタイン領。

 北の大地。豊富な水源。豊かな森。そして海流がぶつかる豊かな漁場。


(新鮮な魚介類! ジビエ! 酪農王国の濃厚なチーズとバター! あそこ王都より食材の宝庫じゃない!?)


 カッ、と私の瞳が見開かれた。

 王太子妃という立場がある限り、私は厨房に立つことを禁じられてきた。

「下賤な真似だ」と料理を取り上げられ、毎日まずいコース料理を笑顔で食べる拷問の日々。


 それが、辺境への追放?

 誰も私のことを知らない監視の目もない土地?


(……パラダイス、確定じゃん)


 あふれ出しそうになる歓喜を必死に飲み込み、私はカーテシーの姿勢をとった。


「謹んで、お受けいたします」


 顔を上げると、そこには満面の笑み。

 絶望に染まると思っていたカイル殿下とミリアさんは、私の輝くような笑顔を見て「は?」と間の抜けた声を上げた。


「殿下、今までお世話になりました。どうぞお幸せに!」


 私はドレスの裾を翻すと、会場の出口へと一直線に歩き出した。足取りは軽い。スキップしなかった自分を褒めてあげたい。


 さようなら、ゴムみたいなステーキ。


 こんにちは、私の愛しき食材たち!


 待っていてください、魔公爵様。

 あなたを氷像にする前に、私の手料理で胃袋を掴んで差し上げますから。


 こうして私は、ウキウキで追放馬車に乗り込んだのだった。

新たな異世界恋愛の世界へようこそ!!

今作もアルファポリス様で女性向けHOTランキング1位を獲得した作品です。

飯テロ注意作品でもあるので、空腹のときは読まないほうがいいかも……と思ってみたり。


皆様の応援こそが力になります。

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