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主者選択   作者: シロイペンギン
責に沈む者 ― 少年編/出会い
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責に沈む少女

 あの少女の姿は、あまりにも儚く、今にも消えてしまいそうに見えた。


 それは、医師だった頃の知識から導いた結論ではない。

 ただ――理屈を追い越して、そうだと分かってしまった。


 まるで、レールの上を進むように生きた前世の自分のように感じた。

 決められた道を進むしかない。

 それは責任などではない。

 ただ――自分の役割が、そこにあっただけだ。


 まだ、目すら合わせたことのない少女を、僕は救いたいと思ってしまった。


 理由を言葉にしようとした瞬間、それが、どれほど危うい感情かに気づいてしまった。



 王女と出会った翌朝。


 先日この別荘に集められた従者たちは、

 皆、王家の別荘内に与えられた部屋で夜を越していた。


 僕に与えられた部屋に、シアナがやってきていた。

 二人きりで、他愛のない話をしていたはずなのに――

 気づけば、話題は王女のことに向かっていた。


「病気のレアノール様が、

 儀式で“罪の灰”を浴びたら……

 命に関わると、僕は思う」


 口にした瞬間、自分でも驚くほど、声は低く沈んでいた。


「そっか」

 シアナは少しだけ考える素振りをして続けた。


「私はアーシェみたいに賢くないから、

 正直、よく分かんないけどさ。

 でも――アーシェがそう言うなら、

 きっと、そうなんだと思う」


「でも、どうしたらいいのか……分からない」


 答えを求めていたわけじゃない。

 ただ――僕が、いちばん素直になれる相手だからこそ、口にできた言葉だった。


「答え、決まったら教えて」


 シアナはそれだけ言った。


 毛先のカールした銀の髪は、前より少し伸びていた。

 けれど――右目の下の泣きぼくろだけは、何も変わっていなかった。



 旅立ちの時間が、近づいていた。


 僕とシアナも、中庭へと出る。

 少し早く出すぎたらしく、庭に出た時点では、まだ人影はまばらだった。


 だが、ほどなくして――この遠征に参加する兵たちが、次々と集まり始める。


 ヴァルデンの兵は、エルミナの兵も合わせて、およそ六十。

 ヴァン、ミリア、シグなど、見知った顔もすでに隊列に加わっていた。


 薄い灰色の鎧に身を包んだ、アルヴェイン本家の兵たち。ざっと見て、三十ほど。まだ、オルロの姿は見えない。


 そして――ひときわ異質な存在があった。


 黒に近い灰色の鎧を纏った兵たちが、三十名ほど。

 責の灰。


 そして、その先頭には――

 灰の魔導士、ヴァルディオ・グレイアスが立っていた。

 おそらく――この国で、最強の魔導士。そして、僕やユーナにとっては、兄弟子にあたる存在。


 間を置かず、エルミナが現れた。

 金の髪。

 あの青い瞳は、どこを見据えているのだろう。

 ヴァルデンの兵のうち、十名ほどは姉の直属だった。その先に控える、白い鎧の騎士が二人。エルミナは、彼らの前に静かに立った。


 そして、ガイルとロイスが姿を現した。

 僕とシアナを含む、ヴァルデン兵たちの先頭に――父は、無言で立った。


 少し間を置いて、オルロが姿を現した。

 誰よりも遅く現れ、誰よりも無造作に歩き、それでも当然のように――本家の最前に立った。


 この広大な庭に、左にガイル。中央に、ヴァルディオ。そして右に、オルロ。


 三者を先頭として――

 責罪の儀に挑む、百二十ほどの軍勢が、静かに、ここに揃った。


「すくねーな。

 第二王子のときはさ、こんな庭じゃ入りきれねーほどの軍勢だったって、兄貴は言ってたぜ」


 オルロの気怠そうな声が、庭に転がった。


 僕は――その声が、ぎりぎり届く距離に立っていた。


「まぁ、その数でも失敗したってんだ。

 アルヴェインが推した王子は死に、万象の魔女様も失脚――

 それで、今度は“病気の王女”か。なぁ、大丈夫なのかよ?」


 オルロの視線は、中央に立つ灰の魔導士へと向けられているように見えた。


「口を慎め」

 

 低く、短く。

 口を開いたのは、ガイルだった。


「……ああ、悪い悪い」


 オルロは肩をすくめる。


「まぁ、べらべら喋りすぎたよ。でもさ――」

 

 そこで一拍置き、気怠そうな視線を庭に巡らせる。


「親父も、国もさ。この数しか出さねーってのは――そういうことだよな?」


 嘲るような声が、そこで止まる。


 次の瞬間、軍勢の前に――

 神官と並び、王女が姿を現していた。


「そうですね。

私の人望が至らず、皆さまに不安を与えてしまっていること――心より、お詫び申し上げます。どうか、ご助力いただけましたら幸いです」


緑の瞳を持つ王女の声が、庭に静かに響いた。

 初めて耳にしたその声は、決して強くはない。


 ――そして、違和感を感じた。


 あの瞳が、何を見ているのか分からない。

 決して、オルロに向けられた言葉ではなかった。かといって、僕ら兵たちに向けられているようにも感じられない。


 その声は、誰かに届くことを前提としていないかのように――

 どこか、虚空へと放たれているように響いていた。


 それでも――

 王女のその言葉が、崩れかけていた空気を、かろうじて繋ぎ止めた。


 ◇


 僕たちは、ネフェレスの砂漠へ向けて、カルディエの街を後にした。


 半日もかからず、緑の景色は失われ、砂の地平が広がった。


 そこを馬で越えることは不可能――

 そう聞かされていた通り、遠征は徒歩での行軍となった。


 総隊長を務めるのは、父・ガイル。

 その指揮のもと、隊列は静かに進んでいく。


 レアノール王女は、ヴァルデンの隊の後方に、包み込まれるようにして進んでいた。

 本家の兵は後衛。

 責の灰は、状況に応じて前後を移動し、臨機応変に対応する配置だった。


 僕は、ヴァンとシアナとともに、後方に位置していた。


 そして――

 そのすぐ前を歩いていたのが、王女と、その直属の者たちだった。

 

 砂の向こうで、王女が、小さく咳をした。

 その音が、――なぜか、医師だった頃よりも、はっきりと胸に引っかかっていた。

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