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主者選択   作者: シロイペンギン
責に沈む者 ― 少年編/出会い
82/87

遅効

翌朝。


僕は部屋で、特に何をするでもなく、

時間だけをやり過ごしていた。


すると、慌ただしい足音が、

廊下の向こうから聞こえてきた。


続いて、ドアの向こうから、切迫した声が響いた。


「ぼっちゃん、起きてるか?

嬢ちゃんが――大変だ」


声の主は、ヴァンだった。


「起きてます。どうしました?」


その時点では――

僕にはまだ、事態の意味が、届いていなかった。


「昨夜、街で兵が殺されたらしくて――

その犯人が、嬢ちゃんだってさ。

レグランの奴らが、いちゃもんをつけてきてやがる」


ヴァンの緊迫した声が、扉の向こうから響いた。


レグラン家。

アルヴェインと並ぶ、セレストリア王国の三大貴族。


ことの重大さを、はっきりと理解した。


僕は、急いで部屋を出た。



ヴァンに連れられ、会議室らしき部屋の前まで来る。


そこで、足を止めた。


中の様子を、うかがうように耳を澄ませる。


「そっちの兵が、先に斬りかかってきたんだから。

それに――ちゃんと急所は外したし、三人とも、死んでなかったから」


扉の向こうから、シアナの声が、はっきりと響いてきた。


「――目撃者が、いるんだ」


聞き覚えのない男の声だった。

荒々しく、どこか芝居がかった声音。


「銀髪の、子供の女剣士が、

突然、斬りかかってきたと」


「こいつで、間違いないんだな?」


その問いかけに答えて声が響いた。


「はい。

レイモンド様、間違いありません。

このガキです」


その声は、はっきりと聞き覚えのある声だった。


昨夜――

闇の中で聞いた、あの兵士の声だった。


「ガイルを出せ。

ここまで来てやった相手に、姿も見せずに済むと思っているのか?」


レイモンドの声が響いた。


「レイモンド様、申し訳ありません。

領主は現在、王女殿下をお迎えする準備のため、

席を外しております」


扉の向こうから聞こえたのは、エルミナの声だった。


「こんな田舎の分家に護衛を任せるとは……

レアノール王女も、さぞ不安でしょうな」


レイモンドの声には、

嘲りと煽りが、あからさまに滲んでいた。


横に立つヴァンは、

拳を固く握りしめたまま僕に言った。


「レグラン家のやろう……

あいつら、何かとアルヴェインに

いちゃもんつけてきやがる」


吐き捨てるような声だった。


扉の向こうからは、

罵声と煽り、

そして――

王女の護衛を辞退しろという要求が、ひっきりなしに飛んできていた。


やはり、どこか芝居がかったその声は、止むことがなかった。


すると、

通路の方から足音が聞こえてきた。


ロイスと、斥候のリィナだった。


ロイスは、

一瞬だけ僕に視線を向け――

力強く肩を叩くと、

何も言わず、そのまま部屋へと入っていった。


「だから、ガイルを出せと言っているだろう?

王女の護衛を降りろ」


レイモンドの声が、

苛立ちを隠そうともせず響いた。


「――こちらの、魔力の残滓を確認しましたが」


続いて、

ロイスの声が返る。


「それは、

シアナ様のものとは一致しませんでした」


ロイスの声が止みきる前に、

レイモンドの声が割り込んだ。


「……なんだ、それは?」


その声からは、

先ほどまでの勢いが、

わずかに削がれていた。


「現場で燃やされていた者が身につけていたであろう

鎧の破片です。


ご覧ください。

――貴方が雇われている、

市兵団の紋章が確認できます」


ロイスは、

感情を挟むことなく、

淡々と説明した。


「だから、なんだと言うのだ?」


レイモンドの声には、

隠しきれない動揺があった。


「誰が斬ったのかまでは、

分かりません。


ですが――

少なくとも、

燃やさなければならない

“何か”があったのではありませんか?」


ロイスは、

変わらぬ調子で、

淡々と続けた。


「……まあいい。

こんなことは小事だ」


レイモンドは、

吐き捨てるように続けた。


「ガイルや、

本家のゼールにも伝えておけ。


レアノールなどを推挙するならば――

いずれ、

後悔することになるとな」


その言葉に込められたものが、

単なる暴言ではないことを――

その時の僕は、

まだ理解していなかったのだろう。


声が止むと同時に、

壮年の男が、

二人の部下を引き連れて、

扉の外へと姿を現した。


その男は、僕の前を通り過ぎる際――

一瞬だけ、

こちらを睨みつけるような視線を向ける。


そして、

何事もなかったかのように去っていった。



僕とヴァンは、部屋に入った。


シアナは、エルミナに謝っていたが、

思ったよりも元気そうだった。


「アーシェ、ありがとう。

あなたが、あの破片を拾ってくれてたから。

助かった」


シアナは、

まっすぐ僕の目を見て、

そう言った。


僕は――

ただ、胸の奥から安堵していた。



その後、

ロイスが僕に説明してくれた。


あの、レイモンドという男は、

レグラン家――

その分家の当主であるという。


そして、

レグラン家は現在、

第一王子を推挙している。


代々、

王都周辺の護衛を任されてきた大貴族。


その立場を利用して、

他の継承候補に圧力や嫌がらせを行うことも、

決して珍しくないらしい。


だが今回の件で、

むしろ彼らは動きづらくなっただろうと、

ロイスは推測していた。


そして、このカルディエには、

それぞれの貴族が抱える駐屯地があり――

「ここが安全だ」と、

そう信じられる理由まで教えてくれた。


なぜ、ロイスが――

この世界では子どもである僕に、

これほど事細かく説明してくれたのか。


その理由は、分からなかった。


けれど――

どこか、

僕という存在を、

認めてもらえたような気がしていた。


そして、

この騒動に、

ついに一度も姿を見せなかった父。


その事実が、妙に胸に残っていた。


僕は――

また一歩、

ガイルとの距離が、

静かに開いているように感じた。


その隔たりは、

もはや埋めることができないほど、

深く、広いものに

なってしまったのだと――

どこかで、理解してしまっていた。

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