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主者選択   作者: シロイペンギン
責に沈む者 ― 少年編/出会い
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月に映るもの

 月は、さまざまな姿を持つ。

 ときに、不気味な顔を見せることもある。


 だが、この夜の月は――

 僕には、どこか親しみやすく、そして、美しさを湛えていた。

 その光は、僕の前に立つ姉の、銀色の髪を照らしていた。

 同じような場面が、以前にもあった。


 夜の街中。

 だが、あの日は、雨が降っていた。

 そして、僕は震え、何もできなかった。

 人から向けられる、敵意。


 僕は、すでに知っていた。

 この世界では、それがすぐに力へと変わり――

やがて、命すら狙うものになることを。

 闇夜から響いていた足音が、ついに――その主の姿を見せた。

 昼間、街のあちこちで見かけた兵。

 この街の兵なのか。

 それとも、儀式のために集められた兵なのか。

 ただ一つ、確かなことがある。

 彼らが、

 ヴァルデンの兵ではないということだ。

 それは、鎧の細部に施された意匠の違いから、

すぐに分かった。


「ドークさん。

 間違いありません。

 こいつら――

 アルヴェインのガキです」


 闇夜の奥から、声が響いた。

 鎧姿の男の背後に、さらに四人ほどの人影があることが分かった。


「……人攫い、かな?」


 シアナが、僕にだけ聞こえる声で囁いた。

 僕は、唾を飲み込み、小さく頷く。


「ヴァルデンの奴らが今日ここに着いたって聞いてます。

 たぶん――

 ガイルのとこのガキですよ」


 一人の男の声が、闇夜に響いた。


「分家のガキか。

 ――まあいい。

 捕まえて、奴隷商にでも売っておけ」


 ドークと呼ばれる男は、それだけを吐き捨てた。

 その言葉を合図に、四人の男が、一斉に剣を抜いて近づいてきた。

 四人とも、同じ意匠の鎧をまとい、同じような剣を携えている。

 もはや、はっきりと姿が見える距離まで、迫ってきていた。

 

 そしてついに――僕を庇うように立つシアナを狙って、一人の男が、斬りかかった。

 次の瞬間、激しい金属音が夜気を裂いた。

 一人の男が、地に倒れた。


「――先に、剣を抜いたのは、そっちだから」


 月光の下、シアナの声が、静かに響いた。


「くそっ……

 このクソガキ、舐めやがって!」


 別の男が、激昂した声を上げ、シアナへと斬りかかった。

 再び、金属音が轟いた。

 男の剣は、シアナの刃に弾かれ、大きく体勢を崩した。


 その瞬間――


 弾いた剣閃に回転を乗せ、シアナは、そのまま男を斬り払った。


「ドークさん……

 あのガキ、めちゃくちゃ強いですよ!」


 一人の男が、声を荒げて叫んだ。


「落ち着け……所詮、子供だ」


 ドークが、静かに言った。


「あれは、灰狼流《喉返し》だ。

 無闇に切り掛かるな」


 ドークは、残った二人の男へ指示を飛ばした。


 だが――

 次の瞬間。

 シアナが、踏み込んだ。

 銀の刃が、一直線に一人の男を捉える。

 刹那

 再び金属音が夜気を裂き――


 男は、地に崩れ落ちた。


「……先に剣を抜いたのは、そっちだからね」


 シアナは、まるで確認するかのように、再び同じ言葉を口にした。

 月光を背に立つ姉の姿は、その場のすべてを、静かに支配していた。



 僕は知っていた。

 シアナの剣は、確かに――返しの剣だ。

 だが、灰狼流ではない。

 シアナに剣を教えてきた執事、オルフェ。

 彼は――

 銀閃流の剣客だった。


——月映し。


 その銀の刃は、恐れを、映す。

 まるで、太陽の光を映す月のように。


 そして――


 その影が揺らいだ瞬間に、返しの剣が、喉を断つ。


 そう。


 あの兵の恐れが、剣を動かし、その恐れを―

 シアナの剣が、返した。



「――違う。

 あれは、銀閃の剣か……」


 ドークはそう言うと、静かに詠唱をはじめた。


 次の瞬間、彼の掌に小さな炎が灯る。


 それは、ためらいもなく――

 地に倒れていた三人の男へと放たれた。

 炎は、夜の闇に溶けるように消える。


 そして――


 残った一人の男を伴い、ドークは、何事もなかったかのように、闇の中へと退いていった。


「アーシェ、どうする?

 ……追う?」


 シアナは、軽く尋ねるように、そう言った。

 この姉は、唐突に――僕に、選択を委ねることがあった。


「……やめとこ。

 相手の素性も、実力も、わからないし」


 僕は、冷静に答えたつもりだった。


 だが――

 少しだけ、手が震えていた。

 シアナは、それに気づいたのだろう。


「そうだね。

 帰ろう」


 シアナは、どこか申し訳なさそうに、そう言った。



 その場を離れようとした、

 そのとき――

 僕の目に、まるで月光に示されたかのように、三人の男の燃え残った跡が映った。

 その中に、鎧の紋章らしき部分が、比較的原型を留めたまま、残っているのを見つけた。

 僕はそれを、そっと拾い上げ、懐へとしまった。

 シアナは、ちらりと僕を見ただけで、特に気にする様子はなかった。


 そして――


 僕たちは、再び駐屯地へ向けて、歩みを進めた。



 駐屯地の宿舎に入ると、すぐにロイスが待ち構えていた。


「おかえりなさい、アーシェ様、シアナ様」


 ロイスは、淡々と言った。


——少なくとも、怒っているようには、見えなかった。


「ごめんなさい。

 アーシェは悪くないから。

 私が、連れ出したの」


 シアナは、一応――申し訳なさそうにはしていた。

 だが、すぐに顔を上げる。


「でも、ロイスさん。

 私たちが出ていくの、見てたでしょ?

 止めなかったよね?」


 その開き直りは、清々しいほどだった。


 ロイスは、小さくため息をついただけで、それ以上、何も言わなかった。


 その後――


 僕たちは、それぞれ用意された部屋の場所を告げられた。

 その場を後にしようとしていたそのとき


「……あっ。ロイスさん、ドークって兵士、知ってる?」


 シアナが、ふと思い出したように呟いた。

 僕の胸にも、まったく同じ疑問が、まだ残っていた。


「ドーク、ですか?

 聞いたことは、ありませんね。

 どうかしましたか?」


 ロイスは、いつもと変わらぬ調子で答えた。


「なんか、帰り道でその人たちに、斬りかかられちゃって」


 シアナは、まるで小さな出来事を報告するかのように、軽い調子で言った。


 ロイスは、さすがに、呆れたような表情を浮かべていた。


「ロイスさん。

 一応、これを拾っておいたのですが」


 僕はそう言って、懐から鎧の破片を取り出し、ロイスへと差し出した。


——その瞬間、ロイスの目つきが、明らかに鋭くなった。


「ありがとうございます。

 斥候に渡して、確認させます」


 そう言って、ロイスは静かに頭を下げた。


 そして、僕らはそれぞれの部屋へと向かった。



 おそらく――

 ロイスが、今回の行動をすべて見逃してくれたのは、

僕たちを、まだ子どもとして見る彼なりの優しさと―

そして、シアナの実力を、正しく評価し、認めているからだろう。

 そんなことを考えながら、僕は、静かに夜へと沈んでいった。

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