表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主者選択   作者: シロイペンギン
責に沈む者 ― 少年編/出会い
80/87

喧騒に紛れて

馬軍の足音が、

街道に重く響いていた。


離れていく故郷。


……いや。


自分にとって、

ここは本当に故郷なのだろうか。


それは、

ガイルとの確執から生まれた思いなのか。


それとも――


転生者という、

異常な人生を歩んできたことから来るものなのか。


そんな思いとは関係なく、

小さな身体には不釣り合いな馬が、

ただ黙々と、

軍の後方を走っていた。


「坊ちゃん。

今回の遠征では、俺と嬢ちゃんが、

坊ちゃんの護衛につきます」


僕の前を走るヴァンの声が、

行軍の中に響いた。


「そうですか。

それは、頼もしいですね」


僕の言葉に、嘘はなかった。

だが――

どこか軽い返答になっていた。


「姉さんの軍も、

父の軍も……

少ない気がするのですが」


僕は、素直な疑問を口にした。


「グラディス砦の方も、

いざこざが続いてて。

これが出せる限界ってところでしょ」


ヴァンの答えには、

どこか拭えない不安が滲んでいた。


装備の色から判断すると、

おそらくエルミナの兵は二十。

父の兵は、

僕らを含めても、四十に満たない。


「まぁ……

領主もエルミナ様もいるし、

本家や、王女の近衛兵もいますから」


その声にも、

どこか拭いきれない不安が滲んでいるように感じた。



三日目の朝。


二度ほど、小型の魔物の襲撃はあったが、

それ以外に大きな問題はなく、

軍は進軍を続けていた。


前を走っていたシアナの馬が、

こちらへと並ぶように近づいてきた。


「もうすぐ、カルディエに着くんだって。

着いたら、二日ほど待機だって」


彼女は、

どこか嬉しそうに、

そう僕に伝えた。


すらりと伸びた手足。

引き締まった身体。


そして――

綺麗な銀色のウェーブ。


シアナの馬を駆る姿は、

僕とは違い、

すっかり様になっていた。


「待機ってことは、自由時間かな?

チャンスがあったら、街を回ってみようね」


シアナは、そう続けた。


身体は、大人に近づいていたが、

彼女の、こういうところは変わっていなかった。


僕は、

彼女に手を引かれて、

どこかへ向かうのが、

ずっと好きだった。


だから――

僕は、静かに頷いた。



しばらくすると、街並みが見えてきた。

真夏の日差しの下、

灰色の旗が掲げられ、

賑やかな音が、こちらまで響いてくる。


軍は、そのまま進んだ。

門の周囲には、

多くの兵が待機していた。


街から漂う、

祭りのような賑わいと――


この警備の、

重々しさ。


その不釣り合いさが、

ひどく異様に感じられた。


そのまま、僕らは門をくぐり、

駐屯地へと向かった。


これまで訪れた軍の施設の中でも、

ひときわ大きい。


数百年にわたり、

この儀式の中継地として、

王族を守り続けてきたのだろう――


そんな歴史の重みが、

そこには確かに感じられた。


そこで、ガイルは兵のひとりと短く言葉を交わし、

そのまま建物の中へと姿を消した。


間を置かず、

ロイスが皆の前に進み出る。


「王女殿下は、予定通り出立の儀を済ませ、

現在こちらへ向かわれている。


到着まで、

我々はこの地で待機する」


その号令が、

駐屯地に静かに響いた。


馴染みのある右手が、

僕の左手を引いた。


「チャンス到来。

バレないように、抜け出そ」


シアナは、

そう言って笑った。


僕は、その引力に身を委ねた。


兵たちが、それぞれの持ち場へ散っていく中、僕たち二人は、

その流れとは別の――

街の方へと歩き出す。


ふと、

どこからか視線を感じて目をやると、

そこにいたのはロイスだった。


だが彼は、

何も言わずに目を逸らし、

ほんの少しだけ、

笑っていた。



僕たちは、賑やかな街並みを歩いていた。

だが――

この雰囲気には、

明らかに馴染まない兵の姿も、

ちらほらと見受けられた。


「でも……

バレたら、怒られるかな?」


僕は、一応不安を口にした。


「大丈夫、大丈夫。

視察だよ」


シアナは、楽しそうに答える。


僕には、

何の視察なのか、

言い訳にすらなっていないように思えたが――


シアナは、

これで通すつもりなのだろう。


「王女様の命を狙ってる、

悪いやつがいるかもしれないでしょ?

見つけておかないと」


そう言いながら、

彼女はすでに、

甘い匂いの漂う方へと進んでいた。


「アーシェ、あそこ!

行くよ」


「あそこ、に……

その、本当に、

王女の命を狙ってる奴、いるの?」


「――間違いないわ」


シアナが向かった先は、

その甘い匂いが漂う屋台だった。


真夏の日差しの下だというのに、

そこからは、

ひんやりとした空気が流れてきていた。


「おじさん、それ何?」


シアナが、

興味津々といった顔で、

店の前に立つ男へ尋ねた。


「おっ、嬢ちゃん。

この街の人じゃないね?

……ん?

軍人さんかい?」


店主は、

ちらりと僕たちの装いに目をやり、

にやりと笑う。


「こいつはな、

フリオっていう、

この街の名物さ」


「へぇー、二つちょうだい!」


シアナは、迷いなくそう言った。


「どの味にする?」


店主が、気軽に返す。


屋台には、

様々な色のフリオが、

ずらりと並んでいた。


前世でいうなら、

アイス――


いや、

冷凍した果物に近いだろうか。


シアナは、

黄色のフリオを選んだ。


僕は、

青色を選ぶ。


シアナは、

硬貨を手渡した。


「あいよ。

ありがとさん。

頑張ってな」


店主は、

にこやかにそう言った。


僕たちは、

その場を後にした。


もちろん、

そこに王女の命を狙う者など、

いるはずもなかった。


僕たちは、

日陰を見つけ、

そこでフリオをかじった。


甘く、

酸っぱく、

冷たい。


そして、

どこか懐かしい感触があった。


——アズリンだ。


そういえば、

あの果実も、

青色をしていた。


青はアズリンの味だったのだろう。


横を見ると、

シアナもまた、

楽しそうにフリオをかじっていた。


街の喧騒が、

絶え間なく響いていた。


王族にとっては、

命を賭した儀式のはずなのに、

街は、

まるで祭りのようだった。



その後も、

僕たちは街を歩いて回った。


灰色の石造りの建物が多く、

吹き抜ける風は、

どこか砂を含んでいる。


道具屋、

武器屋、

酒場――


この街は、

確かに異世界の光景だった。


けれど、

十二年にわたる様々な経験が、

この世界を「異なる世界」と断ずる感覚を、

少しずつ、

消し去っていた。



辺りは、

すっかり暗くなっていた。


昼の喧騒は消え、

静かな空気が、

ゆっくりと流れている。


「さすがに、

そろそろ帰らないと」


僕は、

少し不安になってきた。


「そうね。

割と楽しめたし、

帰ろうか」


シアナは、

すでに言い訳をする気すらなかった。


僕たちは、

駐屯地に向かって、

足を進めた。



細い裏通りのような場所を、

進んでいたとき――


シアナの表情が、

変わったのを感じた。


「ほら……

やっぱり、

視察に来ておいてよかった」


シアナが、

小さな声で呟く。


僕にも、

その意味はすぐに分かった。


——

つけられている。


シアナが、

ふいに足を止めた。


背後から、

足音が近づいてきた。


——なぜだろう。


シアナは、

どこか嬉しそうに見えた。


足音は、

さらに迫っていた。


僕はまだ、わかっていなかった。


この街には、

すでに人の思惑が絡み合った何かが、

静かに沈んでいることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ