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主者選択   作者: シロイペンギン
責に沈む者 ― 少年編/出会い
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意味は、誰かとの間に

夏の静かな朝、

僕らは庭に立っていた。


目の前を、父が通り過ぎて屋敷へ入っていく。

僕は、軽く会釈をした。


――それだけのことのはずだった。


けれど、胸の奥に、わずかな苛立ちが残った。


なぜだろう。


昔は、こんな感情を抱いたことはなかった。


ガイル・アルヴェイン。

この世界での父。


確かに、苦手ではあったかもしれない。

だが――嫌いではなかったはずだ。


ざらつく感情だけが、胸の奥に沈んでいく。


……最近、こうした理由のわからない感情を抱くことが、増えていた。


世界の受け取り方は――

この「アーシェ」という肉体に、強く依存している。


記憶や思考が、

いくら白井の延長線にあったとしても。


それだけでは、全ては決まらなかった。


アーシェとして見て、

アーシェとして触れて、

アーシェとして感じたもの。


それらはいつの間にか、

白井としての理屈や判断に、静かに――

しかし確実に、影響を与えていた。


意味は、常に誰かとの間に生まれる――


事実、僕自身も、共に過ごす時間の多かったシアナの影響を受けたのだと思う。

以前よりも、自然に――

社交的に振る舞えるようになっていた。


「もうすぐ、王女様に会えるね。

すごく綺麗らしいよ」


夏の日差しを背に、

シアナが楽しそうに言った。


「まだ、十二歳だよね?」


自然と口をついて出た自分の言葉は、

以前の自分のものとは、少し違っていた。


「うーん、でも、綺麗らしいよ」


シアナは、少し不満そうに――

それでも、やはり楽しそうに答えた。


――こんなふうに、

場を壊さない言葉を、選ぶようになっていた


いや。


心そのものが、変わり始めていたのだろう。



その後、僕は日々の日課をこなした。


午前は、執事のオルフェと、シアナと共に剣の稽古。

少しは、ましになっただろうか。


昼食を終えると、

今度は母がつけてくれた魔法の師――ライコスとの魔術の稽古が待っている。


師は、かつては名の知れた魔導士だったらしい。

今はすっかり腰も曲がった、よぼよぼのおじいさんだが、

それでも、ひとつひとつを丁寧に、根気強く教えてくれた。


三年前までの僕は、構造魔法という特殊な術を使えただけで、

魔法の基礎と呼べるものを、ほとんど持っていなかった。


ライコスは、そんな僕に、

魔力の流し方、詠唱の意味、術式の組み立て――

ごく基本的な魔法から、改めて教えてくれた。


その中で、僕はひとつのことを理解した。


詠唱による魔法とは、

詠唱という「制限」を設けることで、

因果の乖離を、意図的に抑える仕組みなのだ、と。


マナは、因果の力。


リメアから魔力を生成する段階で、

詠唱という制限を与えることで形作られた魔力が、

マナへと干渉し、

その結果として魔法が発動する――

それが、一般的な魔法だった。


ふと、思う。


詠唱という慣習そのものが、

すでにひとつの因果なのではないか、と。


ある詠唱は、火を生む。


それは、ただの言葉ではない。

多くの人々が、長い時間をかけて世界に刻み続けてきた結果だ。


そして世界は、

それを――

「火を生む因果」として、確かに受け取っている。


人が、作り出した因果。


だが、それでも――

詠唱魔法には、どこか限界があるように感じていた。


「言葉は、世界に触れる」


何度も聞かされてきた、

ライコスのその言葉が、胸に響く。


僕は、余計な思考を振り払い、

ただ、師との訓練に集中した。



夕暮れの庭。


僕には、もう一つの日課があった。


師との訓練を終えたあと、

身体に残った力のすべてを、魔力へと変換し、

この短剣に埋め込まれた吸魔石へと注ぎ込む。


それは、いざというときの保険であり、

同時に――

リメアを、より広く、より深く育てるための行為でもあった。


積み重ねるほどに、

魔力の質は、確実に変わっていく。


今では、

三年前には不可能だった、

無色に近い魔力を――

自然に生み出せるようになっていた。



夕食の時間。


家族五人が揃って食卓を囲むのは、

いったい何年ぶりだろう。


シアナは、

それだけで嬉しそうだった。


机の上には、セレストリアの料理が並んでいる。

少し香辛料の強いこの国の味も、

いつの間にか、僕にとっては当たり前になっていた。


シアナが、僕にたわいない話を振り、

僕もそれに応えた。


母が笑い、

エルミナが、そのやりとりにわずかに反応した。


だが、父は無表情だった。

何も言わなかった。


――あの感情が、また胸の奥で蠢いた。


その瞬間、

抑え込んでいた何かが、溢れ出した。


「父様。

なぜ、ユレッタでの決断を――

僕に委ねたのですか」


自分でも気づかないうちに、

口をついて出た言葉は、

思っていたよりも、ずっと強かった。


横に座るシアナが、僕を見ていた。


空間が、沈黙に沈んだ。


「お前は、適切な判断をした」


ガイルが、静かに口を開いた。


父は僕を褒めた。


だが――

心の奥で燻っていた熱は、むしろ強まっていた。


僕が知りたかったのは、

その評価ではなかった。


僕は、理由を聞いたのだ。


確かに、魔物は駆除できた。

マナ異常も、抑えることはできた。


だが――

今のユレッタの状況が、良いとは言えない。


何かを、見落としていたのかもしれない。


そして。


レオは、脚を失った。


それは、

僕の決断の結果だった。


「ロイスさんなら……

もっと、いい判断をしていました」


僕の言葉は、弱かった。


シアナが、そっと手を握ってくれた。


「ロイスは、その責を負う立場ではない。

お前は、最善の判断をした」


父の答えは、それだけだった。


なぜだろう。

この瞬間、僕は――

目の前の男を、本当の父ではないように感じていた。


自分が、転生者であるという事実。


その意味を、

心の奥で――

ひとつの後ろ盾にする。


理由は、わからない。


ただ、僕は生まれた。

この家に。


この男の子として。

そして――

どこまでも、他人として。



一週間が、経過した。


あれから、ガイルとの会話はなかった。


この日は、王宮への旅立ちの日だった。


ライコスが準備してくれた一本の魔杖。

レオが訪れたときに授けてくれた剣。

そして、母がくれた短剣。


それらを、すべて身に備えた。


僕自身も、少しは冷静になっていた。

あの結果を、父のせいに押し付けているだけなのかもしれない――

そんな考えも、頭をよぎった。


それでも。


あの男が、本当の父ではないという蟠りは、

もはや――

確信に近づいていた。


だが、それでよかった。


自分が、この遠征に向かう理由は――

すでに、はっきりしていた。


ダルカンとの約束を果たす。

そして、ユーナを救う手掛かりを見つける。


その目的を果たせた瞬間に、

このアルヴェインという家を捨てることすら――もはや、迷いではなかった。


覚悟を決め、

僕は静かに、出発の時を待っていた。

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