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主者選択   作者: シロイペンギン
責に沈む者 ― 少年編/ファルナへの帰郷
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鉄の音が止むとき

森での作戦行動は、終了した。


数名の死傷者は出た。

それでも――

姉の力は凄まじく、作戦はほぼ完璧に近い戦果を挙げていた。


僕たちは森を抜け、馬と馬車のもとへ戻った。

そこから、エルミナと十名ほどの兵を伴い、北――ファルナの屋敷へと進路を取った。


僕はエルミナに呼ばれ、同じ馬車に揺られていた。


姉は、何も話さなかった。

もともと、僕も姉も口数が多いほうではない。だからその沈黙は、不自然ではなかった。


「……父様は、どうしていますか?」


なぜ、その言葉が出たのかは分からない。

けれど、気づけば――

僕は、そう尋ねていた。


「父様は、今もグラディスで作戦指揮を取っているわ」


エルミナは、馬車の揺れに身を任せたまま、静かに続けた。


「一期ほど前、ザイカール帝国との間で、小規模な戦闘があったの」


淡々とした声だったが、その内容は軽くない。


「あなたとシアナが、四期ほど前にユレッタへ調査に出て

 マナ異常の件は解決したわ」


そこで、わずかに間が置かれる。


「……けれど、あの土地には

 それとは別の問題も残っているのよ」


その言葉には、確かな含みがあった。


「その情勢の不安定さに、付け込まれたと。

 ……そう、推察されているわ」


それだけ言って、姉は口を閉ざした。


僕は姉の話を聞きながら、ふと、あのときのことを思い出していた。


マナ異常の件で調査に向かった際――

事前に受け取っていた情報と、

現地で町長から聞かされた話のあいだに、

どこか、微妙な食い違いがあった。


確かに、そのとき、

ロイスもその点について、言葉を挟んでいたのを覚えている。


当時は、深く考えなかった。

だが今になって、その“違和感”だけが、

胸の奥で、静かに蘇ってきた。



馬車は、街道を進んでいた。


屋敷を出たのは、夏だった。

それが今では、

窓の外に、わずかな雪が舞っている。


木枠の窓を少しだけ開け、エルミナは外を見ていた。

吹き込む粉雪が、

金の髪に、白く触れていた。


「あの……姉さん」


姉は確かに、

あの森が白炎に包まれた瞬間、

ほんの一瞬だけ、

悲しそうな表情をしていた。


だからこそ――

聞きたかった。


「姉さんは……怖くないのですか?」


しばらく、馬車の軋む音だけが続いた。


「……何が?」


エルミナは、視線を前に向けたまま、淡々と返す。


その横顔には、

さきほどまで森を白に染めていた魔導士の面影はない。


ただの――姉だった。


僕とエルミナのやりとりを、

ミリアは聞こえていないかのように、

視線を外し、何も言わずにいてくれた。


その沈黙が、ありがたかった。


「……そうね」


やがて、静かに口を開く。


「怖くないわ」


視線は前を向いたまま。

声には、感情の起伏がなかった。


「あのとき、私がやらなければ――

 貴方は、死んでいたでしょう?」


責めるでも、諭すでもない。

ただ、事実を並べる声音。


「私が、初めて戦場に出たのは――」


窓から吹き込む風は、冬の冷たさを帯びていた。


「ちょうど、今の貴方くらいの歳だったわ」


その言葉が、胸の奥に落ちる。


「それからは……ずっと、その繰り返し」


淡々とした言葉だった。


「アーシェ。

 選ぶことは、始まりに過ぎないの」


一拍、置いて。


「選んだあとに――

 結果、そして、責任と、罪が待っているわ」


姉の言葉を聞くまで、

僕は、気づいていなかった。


姉の白炎が、

確かに――僕の命を救っていたということに。


あのとき。

クリオの刃は、間違いなく僕を狙っていた。

白炎がなければ、

僕は、そこで死んでいた。


白炎には、躊躇いがなかった。


それは、

命を刈るための力だった。


ただ――

相手が、腕の立つ戦士だったから。

だから、あの白炎を退けることができただけだ。


姉は、

取り繕うこともなく、

ただ正直に、

僕の問いに答えてくれていた。


その答えが、

この世界における命の価値と、

僕が持ち続けてきた価値観との乖離を、

埋めることはないだろう。


それでも――


なぜか、

姉の「選択」に対して、

感謝が湧いてきた。


「……姉さん、ありがとう」


その言葉の余韻が、馬車の中に溶けていく。


エルミナは小窓を閉じて――

ほんの一瞬、微笑んだ。


その表情は、

いつか見た、あの笑顔だった。



翌日。

正午前。


馬車の先に――

故郷、屋敷町ファルナの門が見えてきた。


「アーシェ」


門が近づくのと同時に、

エルミナの声が響く。


「屋敷に帰ったら、

 どうするつもりなのか――

 母様に、きちんと伝えなさい」


姉の言葉が、

どこかで聞いた音に聞こえた。


一定の間隔で、

逃げ場なく続く――

レールのような音だった。


門を越えた先には、

見覚えのある町並みがあった。


その町の大通りを進み、

やがて、次の門が見えてくる。


アーシェとしての僕が育った、

アルヴェインの屋敷の門。


門の向こうに広がる庭が、視界に入る。


よく、シアナと剣の稽古をした場所。

その端には――

こっそりと魔法の練習をした、物陰も残っている。


変わっていない。


そのとき――

エルミナが、呟くように言った。


「結局、アーシェの魔法は見られなかったわね」


その声で、

なぜか――

胸の奥で鳴り続けていた鉄の音が、止んでいた。


「あなたが、シアナの無響病を治したことがあったでしょう。

 ちょうど……この季節だったわね」


その言葉に、

僕は静かに頷いた。


姉は、少しだけ声を和らげて続けた。


「あなたが見つけた、

 やりたいことをやりなさい」


そう言って、

姉はそれ以上、何も付け加えなかった。


――姉は、覚えていた。


二人で話した、

あの寒空の下でのことを。


馬車は、ゆっくりと門を越えていった。



月日は、流れるように過ぎていった。


『選ぶことは、始まりに過ぎない』


それは、エルミナの言葉だった。


選んだ結果とともに、

様々なものが、襲ってくる。


そして、その重さは、

再び――

選ぶことを、難しくする。


三年の時が、過ぎ去った。


背は、確かに伸びていた。


成長するにつれて、

世界の受け取り方は、

少しずつ、変わっていく。


その変化の中で、

アーシェ・アルヴェインは――

白井悠真という、終着点へと、


静かに、近づいているように、感じていた。


思考と感情の隔たりは、

いつの間にか、縮まりつつあった。


十二歳。


選んだ先へ、進む。


――責罪の儀。


アルヴェイン本家。

他貴族の思惑。


第四王女レアノール。


そして、

九歳の僕が選んだ道を、

今の僕が、引き受けて進んでいく。

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