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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレア潜行
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蒼の日 ― 螺旋乱界 ―

僕たちは螺旋階段を――ただ黙って駆け上がっていた。


一階での戦いの代償は大きかった。

突入した二十名のうち、生き残ったのは 十六名。


階段に響く足音だけが、

塔の透き通る蒼い空洞に乾いた反響を返していく。


その静寂を裂くように、アイラが短く息を吐いた。


彼女は、僕を“戦力としてどう扱うべきか”を判断した。

そして同時に、今この戦況で求められる“現実”も理解したのだろう。


その結果――

アイラは、ダルカンの提案を受け入れた。


「――救出に向かうのは

 ダルカン、クリオ、アーシェ。

 この三人で行く」


その声には情ではなく、

冷静で確かな“判断”だけがあった。


アイラ自身と残った仲間は、脱出経路の確保に回る。

それが、この戦力で選べる唯一の道だった。


螺旋階段を駆け上がる僕たちの足音が、

塔の淡い蒼の中で重く響いていく。


その途中、ダルカンが低い声で塔の構造を説明した。


「この塔は八十八層に分かれている。

 中層――四十四階にバルコニーがある。

 アイラ達はそこを脱出口として確保する。」


四十四階の“バルコニー”。


――あんな高さから、どうやって脱出するのか。


聞かされていない。

この世界で“飛行技術”を目にしたことは一度もない。


それでも、ダルカンとアイラは迷いなくそのルートを選んでいる。


(……何か“準備”があるのか?)


胸の奥に小さな不安が灯る。


ただ――

あの二人だけが知っている“何か”があるのだと、そう理解するしかなかった。



螺旋階段をひたすら駆け続け――

今、塔のどの辺にいるのかすら分からなかった。


階層ごとに部屋があるわけでもなく、

どの階もただ淡く蒼い光に満たされた“空洞”のまま。


(……他の階は、何のために存在しているんだ?)


塔の構造はあまりにも単純すぎた。

本来、千メートルを超える建造物なら、

複雑な区画や支柱、生活空間があって然るべきだ。


なのに――ここには何もない。


ただ延々と続く螺旋階段と、

目的地へ向かうためだけに積み重ねられた“意味だけの階層”。


まるで、塔そのものが

“儀式のためにだけ造られた”異物のようだった。


やがて、その螺旋階段がふいに途切れた。


「……十階だ」


ダルカンの声が静かに響く。


薄い蒼光に満たされた広間は、一階とよく似た構造だった。

だが、そこには決定的な違和感――“歪み”が漂っている。


床は広く開けているのに、距離感がつかめない。

天井は霧のような蒼に溶け、どこまで続いているのか分からない。

並び立つ柱は、一階のものより細いのに、なぜか圧迫感がある。


そして――


アイラが遠くを指差した。


「見える? あれが次の階段よ」


視線の先に、新たな螺旋階段がぼんやりと浮かんでいた。


だが――

それがどの方角なのか、もう分からなかった。


空間がねじれている。


上下だけは確かだが、

左右の感覚は霧の中に溶かされていく。


僕たちは、蒼い歪みに誘われるように、

再び階段へ向かって走り出した。



二十階――

様子は同じだった。


三十階――

やはり同じだった。


四十階――

柱が少し細くなっているだけで、他は何も変わらない。


まるで階層がコピーされた“空白”のような空間。

塔に“内部構造”という概念がないとすら思えるほどだ。


ただ走り、ただ昇り、ただ蒼に包まれ続ける。


そんな奇妙な反復の果てに――


「次が四十四階だ」


ダルカンの声が、静かに、しかし鋭く響いた。


その瞬間。


――音が、変わった。


ざあああああ……


今まで塔の内壁で反響して“泣き声”のように聞こえていた雨音が、

突然、生の音として耳に刺さる。


まるで、外気がこの階まで一気に流れ込んできたかのように。


(……雨の音が“そのまま”聞こえる?)


同時に――

空気のざらつきが、急激に強まった。


魔力の乱れ。


今までの階とは比べ物にならない。

肌を刺すような鋭い感覚。

呼吸するだけで胸が重くなる。



四十四階。


階段を登り切ると、それは意外なほど小さな部屋だった。


石造りの狭い空間。

薄い蒼光が壁をなぞり、静けさだけが満ちている。


僕たちは出口へ向かう。

出口には短い下り階段があった。


コツ……コツ……と足音が反響する。


階段を降りた瞬間――

空気が変わった。


雨音が、“生”で響いた。


そこは、一階や十階とは決定的に違い――

ぽっかりと大きく“開けて”いた。


まるで塔の内部に突然、広大な凹地をくり抜いたような場所。


構造物の中だというのに、足元には浅く水が溜まっていた。

濁りもせず、ただ雨を受け止めたように冷たく広がっている。


振り返ると、さきほどの小部屋が明らかに高い位置にあり、


(……じゃあ、この床の水はどこに流れるんだ?)


胸の奥に、説明のつかない違和感だけが残った。


柱の数も形状も違う。

蒼光の揺らぎさえ――ここだけ歪んで見える。


そして何より。


空間の端に――

外の光が見えた。


霧を裂くように差し込む、蒼い世界の光。


「……あそこよ」


アイラがそう言い、指で、その光を指した。


僕たちは走る。

濡れた石床を蹴り、蒼い光へ向かって。


そして――その先にあったものを見た瞬間。


僕は、息が止まった。


バルコニー。


そこには――


およそ二十人の人間が、縄で縛られ、膝をつかされ、身動きが取れないまま雨に打たれていた。


激しい蒼雨にさらされ、体は冷え切り、

もはや声を出す力さえ残っていないようだった。


顔を見渡した。

……だが、ユーナはいない。


胸の奥がざらつく。

ここではない――もっと上だ。


そのとき。


背後から、聞き慣れない声が響いた。


「――この階層に一定の量、水が溜まると、あの排水口から塔の外へ放水される。」


低く、湿り気を帯びた声だった。


「その水に混ぜて……そこの背神者どもも、まとめて落ちる」


ぞわり、と背中が泡立つ。


ゆっくり振り返る。


いつの間にか、僕たちの背後に――

蒼い鎧の男が一人、中央に立っていた。


そして。


その背後に、

その左右に、

その影に沿うように。


蒼聖騎士が二十名――無音のまま整列していた。


誰も足音など立てていなかった。

まるで空間そのものから“生えてきた”かのように。


蒼い鎧が、一斉にこちらを向く。


雨音が遠ざかったように感じるほどの、張りつめた静寂。


(……いつから、ここに?)


僕の喉が、ひゅ、と細く鳴った。


その中心の男が、ゆっくりと剣を抜く。


「ようこそ――背神者たち。」


蒼い儀式の守護者が、僕たちを待ち構えていた。


蒼光が鎧を照らし、彼らの輪郭だけが冷たく浮かび上がる。


――ここは、もう“中層”。


魔響区に近い。


空気がざらつく。

皮膚が、耳が、体の奥が……誰に触れられたわけでもないのに、勝手に震えだす。


胸の奥がざわついた。


(……まただ。)


また、始まる。


人との――命の奪い合いが。


逃げられない。


蒼い鎧の男が、ゆっくりと刀身をこちらへ向けた。



ザアアア……。


外の雨が、まるで塔全体の鼓動のように激しさを増していく。


僕は、刀身を真っ直ぐに向けられたまま、

ただ一歩――前へ。


(進むしか、ない。)


その瞬間、守護者の周囲の蒼聖騎士二十名が――

無言のまま、一斉に動き出した。

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