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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレア潜行
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蒼の日 ―突入―

雨が、さらに強くなっているのを感じた。


ざああ――という音が、大地そのものを削るような勢いだ。


そのとき。


アイラのもとへ、斥候らしき者が操る走竜が泥を跳ね上げながら駆け込んできた。


息を荒げたまま、何かを短く伝える。


アイラの表情が――わずかに、しかし確かに険しくなる。


そして振り向き、全員に告げた。


「北で待機していた者たちからの連絡が途絶えた。

 ……おそらく、奴らは“北の入り口”から塔に入った。

 予定より、かなり早いわ」


ざわ…と――五十名の間に緊張が走る。


僕たちは“南の入り口”へ向かう予定だった。


予定通り、その入り口を目指す。



塔が――目の前にまで迫ってきた。


近づけば近づくほど、その“異様さ”が増していく。


眼前にそびえる黒い壁は、もはや建造物というより大地から突き出た巨大な断崖のようで、

首をどれだけ反らしても、その頂は雲に隠されて見えない。


想像を絶していた。


息を呑む間もなく――


ガアァン!!


遠くで金属がぶつかり合う音が、雨の帳を切り裂いて響いた。


続いて、怒号。

剣と剣がこすれる高い火花の音。


「……もう始まってる!」


誰かがそう叫ぶ。


視線の先では、蒼い鎧に身を包んだ騎士たちが、庵の戦士たちと激しくぶつかり合っていた。


蒼聖騎士――!


その青い鎧は、雨粒を弾いて鈍く光っている。


庵の仲間が必死に足止めしているのが分かった。


「アイラさん! 突破口は開いてます!」


雨の壁を突き破るように、庵の戦士の声が響いた。


その報告に、アイラは振り返りもせず片手を上げる。


「――全隊、前進!」


その一声で、走竜たちが一斉に速度を上げた。


蹄が泥を跳ね上げ、雨を切り裂き、呼吸が荒くなるほどの加速。


僕もダルカンの背に必死でしがみつきながら、前方へ視線を向ける。


そこで気づいた。


地面が変わっている。


ぬかるんだ泥の感触がふっと軽くなり、

走竜の蹄が叩く音が――

土から、石へと変わった。


塔へと続く大地は、まるで巨大な手で磨かれたかのように滑らかで、

青白い円形に広がっている。


その中央の先――


蒼い鎧の騎士たちと、庵の戦士たちが激突していた。


火花が散る。

雨も蒸発しそうなほどの殺気が渦巻く。


アイラが剣を抜きながら叫ぶ。


「突入隊は突破口へ! 遅れるな!」


僕たちはその指示に従い、石の大地を走り抜けた。


塔の巨大な影が、頭上へ覆いかぶさる。


ここまで来て、初めて分かった。


塔は青白く、まるで哀しみの象徴のような色をしていた。


雨がその表面を伝い落ちるたび、

塔の外壁がまるで泣いているように見える。


冷たく、重く、無機質なのに。

胸の奥がざわつくほど“感情”を帯びた色だった。


「……これが、雲の塔……」


誰の声だったのか。

自分の声だったのかさえ、わからない。


過ぎゆく石の地面に――ふと目が引き寄せられた。


人の形を思わせるような、黒ずんだ染みが点々と残っている。


雨に打たれ続けているのに、

どれもまったく薄れない。


まるで石に“焼きついた”影――

消えることを拒むような、最期の跡。


僕が思わず息を呑んだ、そのとき。


ダルカンが、低く、押し殺すような声で言った。


「あれが……儀式の正体だ」


その声は雨音に紛れず、まっすぐ届いた。


「魔響区を進めない者は、中層のあのバルコニーから落とされる。

 魔力耐性が高い者は……頂上からだ」


走竜の蹄が石を叩く音が遠のくほど、

ダルカンの言葉だけが重く沈んでいく。


「叩き落とすだけの……惨殺だ」


雨の帳の奥にそびえる塔。

その側面の中腹――ぼんやりと黒い突起が見えた。


あそこが中層のバルコニー。


無数の黒ずみ。

消えない影。


ここで、どれだけの命が……。


胸の奥が凍りついた。



戦いの間をすり抜け、

火花と剣戟の音を背に受けながら――


ついに、見えた。


雨の帳の向こうに、

巨塔にふさわしい“巨大な入口”が口を開けていた。


あまりにも大きい。

まるで塔そのものが、侵入者を飲み込むための“顎”を広げているようだった。


「降りろ!」


ダルカンの声と同時に、僕らは走竜から飛び降りた。


石の地面が足裏を強く打つ。

跳ね返る水音が、胸の奥まで響いた。


僕は振り返り、わずかに首を傾ける走竜と視線が合った。


濡れた睫毛の奥で、竜の黒い瞳が揺れている。


(……また、必ず会おう)


心の中でそう告げると、走竜はひとつ短く鼻を鳴らした。

別れの声にも、激励にも聞こえる音だった。


僕たちは走り出した。


入り口は、もうすぐそこだ。


――だが。


蒼い鎧の群れが、入口付近で庵の戦士たちと激しくぶつかり合っていた。


雨に濡れた蒼鎧の反射光。

剣がぶつかる鉄の悲鳴。

足元で流れる赤い水――。


どう見ても、庵の戦士たちは劣勢だった。


その様子を一瞥したアイラが、迷いなく声を張り上げる。


「ここを抑える者、二十! 前へ!」


その号令に応じ、二十名の庵の戦士が迷いなく前へ歩み出た。


剣を構え、雨を払うように足を踏み込み――

次の瞬間、蒼聖騎士の群れへ一直線に突っ込んでいく。


斬り結ぶ音が炸裂し、火花が雨に散った。

仲間たちが切り開いたその“細い隙間”が、前方へと開く。


「今だ、行け!!」


アイラの叫びが、落雷のように響いた。


僕たちは石段を駆け上がり、入口へ走った。


そして――


ついに、塔へ突入した。


踏み込んだ瞬間、空気が変わる。

外の湿った雨の匂いが急に薄れ、冷たい石の匂いが肺に刺さる。

背後から聞こえていた戦いの怒号が、遠く、遠くに引いていく。


足を一歩踏み入れた瞬間――


ぞくり。


背筋に、氷の指でなぞられたような震えが走った。


ここは、もう別の“世界”だった。

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