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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレア潜行
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雲の塔

小舟は静かに岸へと寄り、廃村の浅瀬に着いた。


雨に煙る廃屋の影の中――

隠れ村で見覚えのある二つの人影が、こちらに気づいて手を振った。


彼らは、僕たちの走竜の世話を続けてくれていた村人たちだった。


走竜たちは元気そうで、僕たちの姿に反応して喉を鳴らす。

特にダルカンの姿を見つけた途端、背筋を伸ばすように姿勢を正した。


その様子を見て――ロルの瞳がきらりと輝いた。

尊敬。

憧れ。

そして、自分もいつかあんなふうに強くなりたいという感情。


言葉にしなくても、ロルの目にははっきりとそれが宿っていた。


周囲を見回すと、僕たちの走竜とは別に、数匹の走竜が待機しているのが見えた。

どれも落ち着きがあり、よく訓練されているのが分かる。


そのとき――湖面が、ふいに小さく揺れた。


振り返ると、別の小舟が静かに近づいてくる。

その船首には、雨に濡れた青髪を揺らしながら立つアイラの姿。

数名の村人を従え、こちらへゆっくりと到着する。


小舟が岸につくと、アイラは迷いなく足を踏み出し、

雨の帳の中で凛とした声を響かせた。


「――ここから、ドレイナ近郊の拠点へ向かう」


その言葉が、この旅の“最終段階”への合図のように思えた。


雨に揺れる青髪。

吸い込む空気に混じる、微かな緊張の匂い。


僕はダルカンの走竜の後ろに跨がり、

ベルとロルはクリオの走竜の前後に乗り、

アイラや村人たちはそれぞれ自分の走竜へと静かに騎乗していく。


ひんやりと湿った雨の匂いが漂う中――

蹄がぬかるんだ大地を踏みしめる音が、


ひとつ、またひとつと、

静まり返った廃村に響き渡った。


こうして――雨の王都ドレイナへ向けて、僕たちは再び進み出した。



旅路は順調に進み、

気づけば二日目の夕方に差し掛かっていた。


灰色の雨が、空と地面の境界を消すほどに降り続く中――

ベルの声が跳ねた。


「すごい……! あそこ、めっちゃ大きい建物があるよ!」


声の方向へ視線を向けるため、

僕はダルカンの走竜の鞍を握りしめ、軽く身を乗り出した。


次の瞬間、息が詰まった。


雨の帳越しに、それは――はっきりと見えた。


天を突き立てるようにそびえ立つ巨塔。

上半分は厚い雲に完全に呑まれ、

それでもなお、さらにその上へと伸び続けていることが分かる。


前世の世界でも、あれほどの建造物を見たことがなかった。


人が作ったものなのだろうか――?


常識を拒む高さ。

雨も霧も、あの塔を隠しきれない。


雨の世界で唯一、形を失わない“異質な影”。


僕の緊張が伝わったのか、

前で手綱を握るダルカンが、低く呟いた。


「あれが――雲の塔だ」


雨音に混じってもよく通る声だった。


「蒼の儀式は……あそこで行われる」


塔を見上げたままのダルカンの背中は、

いつもより広く、いつもより強く、そして――いつもより重かった。


「生贄は、儀式の日にあの塔へ運ばれる。

 我々の数では――その瞬間だけが、唯一の“隙”よ」


前を走るアイラが、雨を切り裂くように声を響かせた。


彼女の言うとおりだった。

僕たちの戦力は――わずか二百人ほどと聞いている。


そんな人数で、首都ドレイナのただ中で“国”と戦うなど不可能だ。


だが、その唯一の隙を狙うとしても――

そこには必ず、蒼聖騎士がいる。

そして――ザイアス。


彼らも、その“隙”を理解しているはずだ。


つまり、僕たちが狙う場所には、

向こうも最大戦力を置いてくる。


今度こそ、

人間との命の奪い合いから逃げられない。


その事実に思考が行き着いた瞬間、

自分の手が震えていることに気づいた。


雨で濡れたせいじゃない。

冷えのせいでもない。


――ただ、怖かった。


胸の奥で、何かが小さく軋む。


そのとき。


「アーシェ――お前は、ただ救え。


 ユーナを助けろ。


 それが……お前の“選択”だと、俺は信じている」


雨音を断ち切るように、

ダルカンの低く、強い声が響いた。


その言葉は、

迷いに沈みかけていた僕の心を、力ずくで引き上げるように聞こえた。


僕は、しっかりとうなずいた。


震える手を、鞍の上でぎゅっと握りしめながら。


前を向いたままのダルカンには見えなかったかもしれない。


――それでも、僕は確かにうなずいた。


自分に言い聞かせるように。


逃げないと。


救うと。


選ぶと。


もう、一度として間違えないために。



翌朝。


雨は――昨日よりもさらに強くなっていた。

雨粒が肩を打ち、ひんやりと刺すような冷たさが肌に伝わる。


しかし、その雨すらも呑み込むように。


雲の塔は、ますます輪郭を浮かび上がらせていた。


蒼雲を突き破り、

天へ向かって無遠慮に伸びる、巨大な柱。


上層部は完全に雲に呑まれ、

その上がどこまで続いているのか――想像すら許さない。


間違いなく。


前世も含め、僕が見てきたどんな建造物よりも――圧倒的に大きかった。


「……あの塔は、フォーネが造ったと伝えられているわ」


雨を切り裂くように、前方のアイラが静かに言った。


「本当かどうか、誰も知らない。

 けれど――“あの高さ”を説明できるのは、神話くらいのものよ」


蒼の国の空に、巨大な影がそびえる。

雨粒が塔にぶつかり、ざわ……ざわ……と微かな音を響かせる。



夕方になり、再び深い森林地帯へと入っていった。


雨が木々を叩く音と走竜の足音だけが響く中――

森の奥に、ぼんやりと灯りの気配が見えた。


しばらく進むと、視界が開ける。


そこには、いくつも簡易テントが並んでいた。


雨に濡れた布がたわみ、揺れ、

人の影がほとんど動かない“静かな陣地”。


「――ここだ」


アイラの澄んだ声が、湿った空気を切り裂いた。


その言葉が、胸の奥をひやりと冷やす。


僕たちは、予定通り――

ドレイナ近郊の拠点へと到着した。

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