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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレア潜行
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魔力の色

前世から――僕は“習慣づけること”が得意だった。


幼い頃は、毎日のように漢字ドリルを繰り返し、

学生の頃には外国語の単語帳をめくり続け、

受験期にはその外国語で短い作文を書き続けた。


医師を目指すようになってからも同じだった。

国家試験に向けて積み上げた医療用語の知識。

研修医の頃も、日々の空いた時間に暗記カードをめくり、

繰り返し、繰り返し、頭に刻み込んでいった。


“毎日やること”――

それが僕にとっての武器だった。


だから――

一か月間のこの“吸魔石巡り”も、

はじめは容易いことだと思っていた。


けれど、その考えは初日にあっさり砕かれた。


吸魔石は灯りとしての役割だけではない。

この隠れ村を覆う“結界”を維持するためにも使われているらしい。


村自体はそれほど広いわけではない。

普段は近隣の村人たちが、それぞれ担当の吸魔石へ魔力を注ぎ、

村全体の灯りと結界を分担して維持しているという。


だが、この一か月。

すべての吸魔石への魔力補充は――僕一人に任された。


この役割には、ベルがついてきてくれた。


アイラから渡された村の簡易地図を手に、

僕とベルは一つひとつの吸魔石を順番に回っていった。


最初の魔石に魔力を灯したときだった。


「ちょっと! こんな光じゃ何も見えないじゃない」


近くにいた村人の女性から、

予想外のクレームを受けてしまった。


確かに、僕の灯した光は青白く――そして、不自然なほど弱かった。


「すみません」


僕が頭を下げると、

女性は慣れた手つきで吸魔石にそっと触れ、魔力を流し込んだ。


すると、吸魔石はふわりと柔らかい光を戻した。

まるで呼吸をするように、一定の明るさで揺れている。


「ほら、このくらいが普通よ。

 無色の魔力じゃないと、この色にはならないわよ」


女性はそう言って、淡く光る吸魔石に目をやった。


無色の魔力――

それがどういうものなのか、僕にはよく分からなかった。


疑問を抱いたまま、僕とベルは吸魔石を巡った。


二つ目の吸魔石の前に立つ。


「じゃあ、これ灯そう」


ベルが軽く背中を押した。


僕は手をかざし、魔力を流し込む。


次の瞬間――

吸魔石は、さっきより強く光り、

赤く……点滅した。


「ま、眩しい……っ」


ベルが目を手で覆いながら呻く。


僕も思わず目を細めた。


吸魔石は、心臓の鼓動のように

赤 → 黒 → 赤 → 黒

と、間隔をあけて不気味に点滅している。


「これ……普通じゃないよね?」


ベルが呆然と呟いた。


「……多分」


僕の声も自然と小さくなった。



その後も、地図を片手に吸魔石をひとつひとつ巡った。


灯りをつけては歩き、

時々ベルが文句や感想を挟み、

また次の石へ向かう。


単純作業のはずなのに――

石ひとつ灯すたびに体の奥がじんわりと重くなるのを感じた。


すべての吸魔石を回り終えた頃には、

朝から始めたはずなのに、もう昼になっていた。


ベルは「つかれたぁ……」と伸びをしていたが、

僕自身も驚くほど体力を消耗していた。


そして――初日に痛感したことがひとつあった。


僕が灯した光は、どれひとつとして、

最初の石で女性が示してくれた“手本”のような淡い光にはならなかった。


強すぎたり、赤く瞬いたり、濁った光になったり。

同じ作業のはずなのに、結果はすべて“違う色”になっていた。


理由はわからない。

けれど、無色の魔力というものがあるのなら――

僕の魔力は、おそらくそれとは程遠いのだろう。


淡い光の代わりに残ったのは、胸の奥に沈むわずかな違和感だった。



その夜。


僕らが寝泊まりするために、一軒の家があてがわれていた。


荷物を置き、少し落ち着いたところで――

どうしても気になって、僕はクリオに声をかけた。


「クリオさん、魔力に……色ってあるんですか?」


クリオは、床に腰を下ろしながら軽い調子で答えた。


「まぁ、俺も魔導士じゃねーから詳しくは知らねーけどよ。

 ……“魔力に意味や感情を乗せない”ってことじゃねーか?」


クリオの言葉に、僕はそっと頷いた。


「リメアから魔力を引き上げるときに、

 なにも乗せないで、そのまま力だけ取り出す……

 そんな感じだと思うぜ」


そう言って、クリオは掌を上に向けた。


次の瞬間――

そこに、色のない、小さな“力の揺らぎ”が生まれた。


見えない。

透明で、無色。

だけど――確かに、そこに“在る”と分かる。


空気が、わずかに震えた。


「これが“無色の魔力”だ。

 意味も感情も、なんにも乗ってねぇ。

 ただの力のかたまり。結界とか灯りに使うのはこいつが一番いい」


クリオは気軽に言ったが、その無色の揺らぎは、

僕にはどこか神聖なものに見えた。



その後、一ヶ月近くが過ぎた。


あれからも、僕とベルは毎日のように吸魔石を巡った。


――結果として、無色の魔力を出せるようにはなっていない。


けれど、

アイラがなぜ“この作業”を僕に与えたのか――

その理由は、確かに実感していた。


毎日、魔力を限界まで使い切り、

食事と睡眠で満たし、

そしてまた翌日に使い切る。


その単純な繰り返しを続けるうちに――

僕の内側にある“リメア”は、確実に大きく、深くなっていった。


量が増える、というだけじゃない。

もっと根源的な何かが、静かに、しかし確実に育っていく感覚。


呼吸の奥がじんわり熱を帯び、

胸の中心が少し重くなるような――

そんな奇妙な実感が、日に日に強まっていく。


“魔法”を扱うための器そのものが、

わずかずつ――しかし確実に、広がっていた。



そして――この隠れ村を発つ日が来た。


僕たちは、出立の準備を済ませ、アイラの元へ集まっていた。


ここへ来たときと比べて、村の空気はどこか静まり返っていた。

特に若い村人の姿を、ほとんど見かけなくなっていた。


おそらく、彼らもすでに戦いに参加するため、別の拠点へ向かったのだろう。

思い返せばこの一か月、湖側の入口から小舟に乗り、静かに村を離れていく背中を――僕は何度も見送ってきた。


アイラは、これからの予定を静かに説明してくれた。


「まず、あなたたちの走竜のところへ向かうわ。

 ダルカンの依頼で、ここの村人が交代で廃村に出向き、ずっと世話を続けてくれていたそうよ」


あの竜も旅の仲間だ。

無事だと聞き、胸がほっと緩む。


「そこから北へ迂回し、王都ドレイナに向かう。

 四日後――“蒼の日”の前日には、ドレイナ近隣に作られた拠点へ到着できるはず」


淡い光の中、アイラの声だけがはっきり響いた。


それは、作戦の最終段階に向けた最後のスケジュールだった。

予定は簡潔で、無駄がない。

それだけに――これから起こる戦いの重さが、ひしひしと伝わってきた。



その後、僕たちは来た道――あの浅瀬へと向かった。

小舟に乗り込み、再び湖面へと押し出す。


上空では、相変わらず終わりのない雨が降り続いていた。

僕たちはその雨の帳の中へ、静かに――戻っていった。

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