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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレア潜行
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見えない村

ユーナの故郷だった廃村を後にして、数日が経った夜だった。

僕たちは雨を凌げる谷間を見つけ、そこで野営の準備を進めていた。


火を起こし、ようやく落ち着いたところで――


「明日には、目的地の隠れ村に着く」

ダルカンがそう告げた。


雨続きで、ベルとロルにも疲れが見える。

僕自身も、この七歳の肉体に少しずつ負荷を感じていた。

目的地が、安心して休める場所であればいいのだが。


「村の近くには大きな湖があるんだって」

ベルが言う。


「よく知ってるな。リメア湖っていうんだ。めっちゃ大きいぜ」

クリオが続けた。


リメア――それは、魂に刻まれる“意味”や“感情”の源泉だと、この世界では言われている。

僕たちが向かう湖も、その“リメア”と同じ名を持っていた。


「どうして、リメア湖って言うんですか?」

やはり気になって、僕は隣に座るクリオに尋ねた。


「主者リメアが、意味の神アレインとあの場所で契約した――らしい」


クリオはそう答えた。


「まあ、東の大陸じゃ有名な御伽話らしい。

この辺じゃ“リメア湖”なんて呼ぶやつも、ほとんどいねぇしな」


クリオは続けた。


クリオの話を聞きながら、僕の中には一つの疑問が浮かんでいた。

アレインは、この世界でも広く知られる“意味の神”だ。

だが――彼らが時々口にする《主者》とはいったい何なのか。


「主者って、どういう存在なんですか?」


僕は疑問を口にした。


少し離れたところでは、ロルとダルカンが剣の稽古をしていた。


疲れているはずなのに、熱心だなと感心する


「主者ってのは、残響者と対になる存在だ」


クリオが火の明かり越しに口を開いた。


「神を満たせなかった使徒が残響者に堕ち、

神を満足させた使徒が主者になる――そう言われてる」


「だが、主者になった者は伝説でしか聞いたことがない。

結局、使徒は戦いの末に残響者になっちま

う。 

……俺たちみたいにな」


クリオは、あくまで軽い調子で言った。


「そういえば、ばあちゃんが言ってたな。

主者が生まれるとき、世界に“意味”が刻まれるって。

……まあ、俺にはよくわからねぇけどよ」


言っていることはどれも重々しいのに、

クリオの口調は相変わらずあっさりしていた。


「神に捧げた意味って……返してもらえるんですか?」

僕は、胸の奥にあった疑問をぶつけた。


「――できる」

クリオの表情が、そこで初めて真剣に変わった。


「神にとって、より“いい贄”があれば、奴らは乗ってくる。

別の使徒や残響者の意味なら……取引できる」


そこまで言うと、クリオは黙った。


僕は、確信した。

使徒と残響者は“意味”を奪える。

その予感は、この人たちの戦いぶりを見て、なんとなく察していた。


神にとって、もっと魅力的な意味があれば――ユーナの“悲しみ”を取り戻せる。


何故だろう。

ユーナの命すら保証されていない状況だというのに、

僕はそんなことを考えていた。



その後、僕はベルにせがまれて、少しだけ魔法を教えた。

僕の知っている炎の下位魔法の詠唱を教えてみたが、

本人は無詠唱の魔法や回復魔法を知りたかったらしく、少し不機嫌になった。


そこで、彼女の意思を尊重して、魔法そのものよりも“構造”や“仕組み”を説明することにした。

ベルは思いのほか熱心に耳を傾けていて、

時間はかかるかもしれないが――ものになるかもしれない、と思った。


そうした時間を過ごし、やがて僕たちは眠りについた。



翌日。


やはり、雨が降っていた。

前世で暮らしていた国にも梅雨という季節があったが、

この国の雨は、それ以上に途切れ間がなかった。


走竜を進めていると、昼頃には水の音が聞こえてきた。

それから間もなくして、木々の隙間から広大な湖が姿を見せた。


「……これが、リメア湖」


ロルとベルの目にも映ったらしく、

二人とも、どこか目を輝かせているように見えた。


さらに進むと、村の跡地のような場所に着いた。

少し不安になったが、ダルカンの顔色に変化はなかった。


「ここだ」


そう言って、ダルカンは走竜を一度止めた。


「あの……本当にここで大丈夫なんですか?」

僕は不安を口にした。


「隠れ村って言ってただろ?」

クリオが飄々と答える。


村にはまったく人の気配がなく、

木々に侵食されて、すっかり廃村のようになっていた。


そのまま湖のほうへとしばらく進むと、

木々が開け、視界の先に広大な湖が広がった。

その岸辺には――まるで隠すように、小さな小舟が置かれていた。


「これに乗る」

ダルカンが、低く呟いた。


僕たちは、ダルカンの指示に従い、走竜から降りて小舟へ乗り込んだ。


クリオが、船に備え付けられていた魔石のような装置に魔力を流し込むと――

小舟は静かに震え、ゆっくりと湖面を滑り出した。


ただの小舟だと思っていたが、意外にもハイテクだった。


雨の中、船は陸沿いを淡々と進んでいく。

ベルとロルは相変わらず楽しそうにしていた。


船の揺れに身を任せていると、ふと――

ダルカンたちと初めて出会ったときのことを思い出した。

もう、遠い昔のように感じる。


しばらく進むと、湖の周囲が高い岩壁のようになっている場所に差し掛かった。

岸は険しく、どこにも上がれそうな場所がない。


そのとき――


「あそこだ」

クリオが、湖面の向こうを指さした。


指さされた先へ視線を向けると――僕は、その意味を理解した。


隠れ村。


岸壁の一部分に、ぽっかりと空洞のような裂け目が開いている。

角度的にも位置的にも、陸からはもちろん、対岸から目視することすら不可能だ。

こちらから“能動的に近づかなければ”決して見つからないだろう。


あの暗がりから、視線が離れなかった。


蒼哭の庵。


白井としての感覚で言うなら――レジスタンス。

権力に抗い、ひっそりと身を潜めて生きる者たち。


小舟は、雨音をかき消すほど静かに、その入口へと滑り寄っていった。

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