残火
あの戦いのあと――僕らは近くの洞窟を見つけて野営していた。
焚き火の明かりが、湿った岩壁にゆらりと揺れる。
僕は、火竜が残していった鱗をいくつか拾い集めていた。
「おい、アーシェ。何してんだ?」
クリオがこちらを見て声をかける。
ベルも隣で興味ありげに覗き込んでいた。
「この鱗で、ちょっと試してるんです」
「へぇ?」
クリオは眉を上げた。
僕は手にしていた鱗を地面に置き、少し距離を取り、掌に小さな炎を灯す。
炎が走り、鱗にあたる――鱗が赤く光ったが、その光はすぐに静まった。
僕はしゃがみ込み、そっと指先で触れてみる。
「……ほら、触ってみてください。もう熱くないですよ」
クリオが恐る恐る手を伸ばす。
「おっ、ほんとだ! 全然熱くねぇ!」
ベルも恐る恐る鱗に触れ、不思議そうに首を傾げた。
「おそらく、火竜の鱗は熱エネルギーを“光”に変えて放出してるんだと思います」
僕がそう言うと、クリオは焚き火越しに眉をひそめた。
「へぇ……なんか使えそうか?」
「うーん、まだ具体的には分かりません。
でも、いつか魔力の構造に組み込めるかもしれない。
こういう知識は蓄えておきたいんです」
クリオは短く頷いた。
「なるほどな」
焚き火の光が彼の口元を照らす。
ベルは目をキラキラさせて僕の話を聞いていた。
「アーシェって、なんか……すごいね」
その素直な声に、胸が少し熱くなった。
竜そのものをもっと調べられたら、さらに学びがあっただろう。
だが、逃げ去った以上は仕方がない。
焚き火の火が落ち着き、静けさが戻ると、ベルが小さな声で言った。
「ねぇ、アーシェ。私にも魔法、教えて。
お兄ちゃんを治したあの魔法……すごかった。
ほんとに、神官さんみたいだった!」
ベルは無邪気に笑う。
その純粋さに、僕は息を呑む。――そういえば、この世界で“医者”という職業を僕はまだ見たことがない。
人を癒す者は皆“神官”や“治癒術師”と呼ばれているのだろう。
だが、この世界の“医術”は、僕の知るものとはまるで異なっていた。
理屈を欠き、詠唱に依存した“一時的な魔術”での治療が中心だ。
体系性や再現性に乏しく、未完成で脆い。
『――医師として果たせなかったことを、果たせ』
未来の自分が残した言葉が静かに頭をよぎる。
その意味が、ほんの少しだけ分かった気がした。
だが今は、考えている暇はない。
やるべきことがある。
ドロレアへ向かい、ユーナを助ける──それが、いまの僕にとって一番大切な選択だった。
僕はベルに向かって静かに頷いた。
「……魔法の練習、しましょう」
ベルはぱっと笑顔を咲かせた。
「アーシェ、同じ歳なのに、しゃべり方が変!」
思わず小さく笑ってしまう。たしかに、僕の言葉は同い年の少女にしては堅い。
焚き火の光が、彼女の笑顔を柔らかく照らす。――不思議だ。こんな夜でも、確かに“生きている”と感じられる。
◇
竜との遭遇から数日が経った。
あれ以来、魔物に襲われることはなく、旅は驚くほど順調だった。
ダチョウに似た走竜もすっかり従順になっている。
荒々しかった気性は収まり、手綱のわずかな合図にも素直に従った。
おそらく、あの火竜を退けたダルカンの存在が、彼らにとっても絶対的だったのだろう。
ダルカンの剣の影響を受けたのは走竜だけではない。
ロルがそうだった。
あの戦い以来、彼はダルカンに懐き「剣を教えてください」と頼み込むようになった。
ダルカンは無表情だが、野営ごとにロルに稽古をつけている。
まだ実戦には程遠いが、一生懸命な姿を見ると、姉シアナの異常ともいえる剣の腕が改めて際立った。
山道は次第に下りが増し、風も柔らかくなる。
ヴェルダ山脈の旅は終盤に差しかかっている。
ドロレアが近づいている。
僕の中では決意が固まっていた。
ユーナを助けるためなら、どんなことだってする。
でも一つだけ、自信がなかった――人と戦うことだ。
それは、前世から刻まれた絶対の禁忌だった。
『殺人は罪悪』──それが白井として生きた世界での意味だった。
この世界でも僕はそう信じていた。
それを破るべきなのか。
いや、そもそも破れるのか。
答えは見えなかった。
そんな曖昧なままの僕を逃がすために、ユーナは犠牲になった。
答えがなくても、僕は戦う。
それが、今僕が選んだことだった。
決意を胸に、僕は山脈を抜けていった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
次回からはいよいよドロレア編に入ります!
構成を丁寧に練りたいので、少し更新の間があくかもしれませんが、
一週間以内には再開できるよう頑張ります。
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