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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレアへの旅道
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意味奪い

その姿は――前世で見たファンタジー作品に登場した“あれ”だった。


尻尾まで含めれば、二十メートルを優に超える巨体。

全身を覆う刺々しい鱗が、闇の中で鈍く光を放つ。


二本の後脚が、その質量を支え、

前脚には、岩をも砕くような鋭い爪。


背には、夜空を覆うほどの二枚の翼。


そして――黄色い双眸。


それは“生物”ではなく、

世界そのものに刻まれた“災厄”を象徴するような眼だった。


その瞬間、空気が変わった。


すでに吸血竜たちは逃げ去っていた。

支配の気配に抗うことすらできず、群れごと散っていったのだ。


背後に立つ双子の震えが、背中越しに伝わる。

それは恐怖ではなく――“畏れ”そのもの。


走竜は膝を折り、まるで本能的に降伏するかのように首を垂れる。

この世界の“序列”が、はっきりと見えた気がした。


僕は一歩、前に出た。

背後の存在を――守らなければ。



竜が降り立った場所とは、少し距離があった。

崩れかけた岩場がいくつも連なり、

僕と双子は、その陰に身を潜めている。


さらに奥には、二頭の走竜。

この騎獣を失うわけにはいかない――それは、旅そのものを失うことと同義だった。


ダルカンとクリオは、すでに側面へと回り込んでいた。

二人の気配が闇の中を走り、

竜を挟み込むように位置を取っているのが感じ取れる。


火竜の鱗が放つ光が、夜の闇を押し返していた。

その輝きだけで、視界が保たれているほどだった。


――これほどまでに、己の存在を隠そうとしない生物がいるだろうか。

まるで、存在そのものが“支配”を証明している。


たしかに恐怖はある。

それでも――僕は、逃げなかった。

僕には、“果たすべき使命”がある。



「ブレスが来るぞ、アーシェ!」

ダルカンの声が、轟音の奥から響いた。


竜の胸の奥が赤く脈動している。

光は鼓動のように強まり、それが喉元を這い上がっていくのが見えた。


岩肌が焦げ、夜風が焼ける。


火竜の咆哮とともに、世界の温度が変わった。


灼熱のブレスが――僕らに向かっている。


……まずい。


この熱量、僕の魔法で防げるのか?


考えるより早く、身体が動いた。


「――っ!」


意識を一点に集中させる。

次の瞬間、僕の前に水が生まれた。

大気中の湿気が凝縮し、奔流となって弾ける。


水壁が立ち上がり、火竜の炎がぶつかった。

蒸気が爆ぜ、白い霧が視界を覆う。


熱い――けれど、焼けるほどではない。

壁が、炎を押し返している。


「……なんだ、これ……!」

手のひらが震える。

流れる魔力の密度が、以前とはまるで違っていた。


この小さな身体から出せるはずの出力を、明らかに超えている。


ユーナの言葉が蘇る。

『魔術の力にもいろいろあるけど、魔力の出力や量はリメアで決まる。

 これは鍛えれば鍛えるほど、強く大きくなるって言われてるの』


……リメア。魂に刻まれた“意味の器”。


この双子を助けたとき、限界を超えるほどの負荷がかかった。

だが――たった一度で、ここまで変わるものなのか?


次の瞬間、黄色い閃光が走った。


クリオだ。

魔力を纏った光刃が、一直線に火竜の首元を裂く。


金属の悲鳴のような音が響き、火花が散る。

「っ、かってぇな!」

クリオの声が、熱風の中で跳ねた。


火竜が咆哮を上げ、砂利と灰が一斉に舞い上がる。


さらに次の瞬間――ダルカンが地を蹴った。

剣が抜かれた瞬間、空気が裂けた。


――竜が、わずかに身を引く。


その黄金の双眸に、初めて“警戒”が宿った。

火竜は翼を広げ、巨体を浮かせて距離を取る。


轟音とともに、風の壁が押し寄せる。

岩片が宙を舞い、夜空が赤く明滅した。


僕は強いマナを感じた。


ダルカンの剣が、紫の光を帯びていた。


刃の輪郭が揺らぎ、空気が低く唸る。

その輝きに反応するように、竜の双眸が細まる。


――視線が交錯する。


竜の胸が赤く脈打ち、熱が膨れ上がる。


「ブレスが――くる!」

クリオの叫びが響いた。


炎が解き放たれ、世界が紅蓮に染まる。

だが、その中を――ダルカンは進んでいた。


紫の光が、炎を切り裂く。

紅蓮の奔流が左右に裂け、焼け焦げた風だけが彼の背を追った。


――音が、先だった。


まるで巨大な金属を切り裂くような鋭音が夜を貫く。

火花が散り、空気が震える。


ダルカンの剣が、竜の胸を斜めに断っていた。

鱗が裂け、赤熱した血が火花のように散る。


竜が咆哮を上げ、巨体をのけぞらせた。

怒りとも恐怖ともつかない光が双眸に宿る。


やがて竜は翼を広げ、

砂塵と熱風を巻き上げながら――夜の闇へと飛び立った。


飛び去っていくその背から、淡く灯っていた光が消えていく。

残されたのは、焦げた地面と、わずかな熱の残滓。


そして――光を失い、砕け散った鱗がいくつも落ちていた。

まるで、竜という“概念”そのものが――削がれたかのように。


僕には、はっきりと感じられた。

――ダルカンが、竜から“強者としての意味”を奪ったのだと。



「もう、この山では――竜種が襲ってくることはないだろう」


ダルカンの低い声が、夜気の中に溶けていった。


その背中は、炎の名残に照らされ、静かに光を帯びていた。

――あの竜に、“自分の方が強い”という意味を刻んだのだろう。


風が止まり、焦げた地面から白い蒸気が立ちのぼる。


そして僕の胸には、ようやく遅れて“驚き”が押し寄せていた。

自分の中で、確かに“何か”が変わっている。

――リメアが、進化している。


闇の中、まだ温もりの残る地面を見つめながら、

僕は静かに息を吐いた。


戦いは終わった。

そして僕らは――休める場所を探した。

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