表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレアへの旅道
52/87

結び目

この文字――この筆跡は、間違いなく自分のものだった。

疑いようがない。


どういう仕組みなのかは、わからない。

けれど確かに、“未来の自分”が――

時間という概念を超えて、僕に何かを伝えようとしていたのだと思う。


この文章からは、鮮明に“後悔”が滲んでいた。

それは、まるで未来と今が、同じ痛みを分かち合っているかのようだった。


ただ――内容には具体性がなかった。

命令でも、啓示でもない。

けれど、その曖昧さの中に、確かな“意志”だけがあった。


きっと、僕は僕に――“進む方向”を示そうとしたのだろう。

迷いの中でも、選ぶための“意味”を残そうとしたのだ。


僕は本を閉じ、そっと棚に戻した。


指先に、まだ紙のざらつきが残っている。

それが消えるまで、しばらくその場に立ち尽くしていた。



夕方が近づく頃、扉の向こうで足音がした。

ダルカンが戻ってきたのだ。


「走竜を二匹、調達してきた」

短くそう告げる声は、いつもより低かった。


彼は物資の準備とともに、

ドロレアまでの騎獣――“走竜”を手配してきたのだろう。


その言葉を聞きながら、ふと胸の奥で引っかかった。

ベルとロル、この双子は――どうするのだろう?


僕の疑問を代弁するように、クリオが口を開いた。

「ダルカンさん、この二人……どうする?」


短い沈黙。

ダルカンは双子を一瞥し、静かに息を吐いた。


「お前たち、他に身寄りはいないのか?」


しばらくの沈黙のあと――

ロルは、ゆっくりと首を横に振った。


その小さな仕草が、言葉よりも雄弁にすべてを物語っていた。

ベルは唇を噛み、視線を落としたまま何も言わなかった。


静かな沈黙のあと、ダルカンが口を開いた。

「……アーシェ。お前たちで、決めろ」


その一言に、空気がわずかに揺れた。

誰も口を開かない。

ただ、双子の小さな呼吸音だけが聞こえる。


――そのとき、僕ははっきりと理解した。


この二人を助けたのは、僕だ。

そして今、目の前にあるこの“結果”も、僕の選択の延長線上にある。


助けるという言葉を口にした瞬間から、

僕はもう――責任の外にはいられないのだ。


もし、この二人を連れて行くと“選ぶ”のなら、

その先で起こるすべてにも、僕は責任を負うことになる。


――責任というものの、境界はもう見えなかった。


棚の――あの本を見る。

後悔はしない。

僕は、決めた。


「僕が……この二人を守ります」


静かな部屋に、その言葉が落ちた。


――その瞬間。


「俺は、ベルを守る!」

「私は……連れて行ってほしい!」


ロルとベルの声が、僕の言葉に重なった。

それはまるで、三つの“選択”が同じ瞬間に結ばれたようだった。


「――分かった。出るぞ、準備を急げ」


ダルカンの声は、ほんの少しだけいつもより柔らかかった。

クリオは、静かに笑っていた。


そして僕たちは――この隠れ家を後にした。



太陽が傾きはじめた時間

カロニアは――驚くほど、美しかった。


僕たちは、街の中央を貫く大通りを西門へと歩いていた。

この辺りには、先日の戦闘の痕跡はまるでない。

行き交う人々の笑い声が、どこか遠い世界の音のように聞こえた。


「ベルとロルにも、護身用くらいは必要だろ」

クリオがそう言って、通りの先にある小さな武器屋を指さした。

木の看板が風に揺れ、金属の匂いがほんのり漂っていた。


僕たちは、その建物に入った。

中は鉄と油の匂いに満ち、壁には大小さまざまな武器が並んでいた。


クリオは、迷いなく二人分の武器を選んでいく。

ベルには小ぶりのダガー。

ロルには――僕の短剣より、わずかに長い片手剣。


二人とも、手にした武器を恐る恐る握りながらも、

その瞳には――ほんの少しだけ高揚の色があった。


「扱えるようになるまで時間はかかるが、ないよりマシだな」

クリオがそう言って、軽く笑った。


そして僕の腰の短剣をちらりと見やる。

「アーシェさ、その剣……ほとんど使ってねぇよな?」


僕は小さく頷いた。

母から与えられたこの短剣。

魔法主体の僕は、ほとんど抜くことがなかった。

けれど、その刃に触れるたび――

母の面影が、かすかに胸をよぎる。


「お前は杖はいらねぇのか?」

クリオの問いに、少しだけ考えてから首を振った。


「……杖って、何のために使うのか、よく知らなくて」


「杖は、魔力を通して放出する“導線”のようなものだ」

横で剣を眺めていたダルカンが、静かに口を挟む。

「媒介を通すことで、マナへの干渉効率が上がる。だが――」


ダルカンは、僕の手を一瞥した。

「お前の場合は、魔力の“質”が特殊だ。今はまだ、杖を使う必要はないだろう」


僕は静かに頷いた。


そうして、武具店での用事を終え、僕たちは外へ出た。

夕暮れの光が差し込み、鉄と油の匂いが少しずつ風に溶けていく。


背中の小さな音――

ベルとロルが手にした新しい武器が、かすかに鳴った。

その音が、不思議と“旅立ち”の合図のように感じられた。



夕刻が、ゆっくりと夜に飲み込まれていく時間。

通りにいた人々が、次々と建物の中へと消えていった。


――蒼聖騎士が言っていた。

「夜間の外出禁止令が出ている」と。


あれは、本当だった。


ついさっきまで明るく賑わっていた街が、

ほんの数分で、息を潜めたように静まり返っていく。


僕らは互いに目を合わせ、足早に西の門を目指した。

沈みゆく夕陽の赤が、石畳の上をじわりと染めていく。



西門に辿り着いた。


門の脇――馬を繋ぐための柵に、二匹の奇妙な生き物が待っていた。

体はしなやかで、羽は退化している。

長い脚と鋭い瞳を持ち、どこかダチョウにも似ていた。


――走竜そうりゅう


屋敷で学匠から名だけは聞いていたが、

こうして本物を見るのは初めてだった。


“扱いは難しい”と聞いていたが……本当に大丈夫なのだろうか。


「これで――山岳地帯を抜け、ドロレアへ向かう」

ダルカンの声が、静かな夜気を切り裂くように響く。


「これから通る山には、火竜も出るらしいぜ」

クリオが笑いながら、双子をからかうように言った。


ベルとロルは怯えるどころか、

ほんの少しだけ笑っていた。

もう、すっかり彼に懐いているようだった。


僕らは走竜に跨った。

僕はダルカンの後ろへ。

双子は、クリオの前と後ろにそれぞれ乗る。


近くで見ると――たしかに気性が荒そうだ。

筋肉が波打ち、蹄が石を砕くたびに、低い唸り声を上げる。


ダルカンが手綱を引いた。

次の瞬間、走竜の脚が地面を蹴る。


風が頬を裂き、世界が流れ出す。


二匹の影は――沈みゆく夕の門を抜け、

西の地、ドロレアへと駆け出していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ