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主者選択   作者: シロイペンギン
哀雨に濡れし者 ― 少年編 /ドロレアへの旅道
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泉が満たされるとき

……マナが、乱れている。


少年に――回復の兆しは見られない。

腹部の損傷が、あまりにも深い。


正直、僕の治癒魔術では……助けるのは難しいとわかっていた。


横には、兄を心配して震える妹がいる。

その不安に揺れる顔は、前世の僕が何度も見てきた“顔”だった。


患者やその家族の不安は、医師としての日常の一部だった。

僕は決して、その感情を理解できなかったわけではない。


その不安に寄り添いすぎれば、

自分が歩いてきた“レール”から外れて、

二度と戻れなくなる気がして――怖かったのだろう。


白衣を着た僕は、いつも“レールの上”を歩かされているように感じていた。

明確な加害者などどこにもいないのに、

自分を“被害者”として納得させていたのだ。


今なら――そんな自分を理解できる。

そして、受け入れられる。


この小さな身体で生きる今だからこそわかる。

たしかに、あのレールは最初こそ僕の前に敷かれた道だったのかもしれない。

だが、いつしか僕自身が、“安全な道”として選び続けてきただけだった。


僕は、“選ばなかった人間”なんかじゃない。

ただ――いつも、“失敗しない道”ばかりを選んできた人間だった。


「……助けます」

その言葉が自分の口からこぼれた瞬間――

世界の空気が、わずかに震えた気がした。


リメアが、かすかに“なびく”のを感じる。

意味が――世界の奥で、静かにざわめいていた。


この場所で……たくさんの人が死んだ。

その感情が、空気を満たしている。


……マナが、乱れている。

いや――濃い。


ティルザの言っていた『おまけ』。

それが――これなのかもしれない。


初めて魔法を使ったときから、僕は“感じ取れる”ようになっていた。

世界に満ちるマナの“濃度”を。


そして僕は、それと“因果の距離”を測り、

どのレベルの現象なら魔法として成立するのか――

直感的に、理解できるようになっていた。


言葉にするなら、僕は“マナと因果のバランス”を、

感覚として――掴める。


マナの密度、そして僕の知識。

それが噛み合えば――現象は必ず“成立する”。

そう、確信していた。


腹部の損傷以上のことは目視では分からない。

出血量から見て、胃か……肝臓だ。


特定できないなら、“生成”して置き換えるしかない。

腹部の“構造”ごと――書き換える。


……できる。


彼の細胞を、“構造”の中心に置く。

鞄の中に――エリンシア苔。

ユーナが言っていた。

『細胞の分裂のリズム』に作用すると。

おそらく――分裂を促進する。


ならば、それを媒介に使う。

苔の“増殖命令”を、構造そのものに組み込む。


腹部全体の“設計図”を描く。

骨格、臓器、血管、神経――すべてを一つの“構造”として再定義する。


魔力が、形を取った。

手のひらに“世界の圧”が集まっていく。

……マナが、弾けている。


因果の構造に欠けが多い。

世界そのものが――この術式を“拒んでいる”のがわかる。


けれど、理論としての方向は正しい。


ベルとクリオの視線を、強く感じた。


世界の拒絶は、“因果を欠落させる命令”として、僕の中のリメアへ押し寄せてくる。

魔力を、ただの“意味”へと還元しようとする力。


それでも、僕は押し返した。

僕のリメアを、“贖罪”で、“救済”で、そして“選択”という意味で満たす。


欠落した力の“帰る場所”をなくすように。

世界へと放たれるように。

そのすべてを、“意味”でねじ伏せた。


手のひらから、光が溢れた。

放たれた魔力はロルの腹部を包み込み、

バチバチと音を立てながら――崩れた組織を入れ替えるように再生していく。


世界が、かすかに震えた。


すべてが――ほんの一瞬の出来事だった。


ロルのまぶたが、かすかに動く。

息が戻り、胸が上下する。


その瞬間、ベルの顔が歪み、涙がこぼれた。

その表情は――前世の僕の記憶には、存在しない“顔”だった。


きっと、僕が医師として――

本当に、見たかった“顔”だったのだろう。


「クリオさん! ダルカンさんと合流しましょう。

 僕も……必ず、ユーナさんを助けます!」


それは、考えるよりも早く――

自然と口からこぼれた言葉だった。


「……そうだな。期待してるぜ」

クリオは、真剣な眼差しで僕を見返した。


僕の脇には――今も“レール”があった。

その先は、あのときから途切れて見えないままだ。


でも、なぜだろう。

たしかに道は消えてしまったのに――

今、その先には、驚くほど“広い世界”が広がっていた。


ふと視線を向ける。

今の僕と同じくらいの年齢であろう、ベルとロルの姿。


贖罪のあの瞬間と同じように、

僕は――この二人の“顔”を忘れない。


僕はこの先を、自分で歩く。

そう、決めた。

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