因果に触れる力
この世界には――意味火と呼ばれる力が存在する。
教えによれば、それは人それぞれの魂に刻まれた、エネルギー発生の機関のようなものだ。
魂に宿る“意味火”から命令が発せられ、それが外界へと魔力として放たれる。
放たれた魔力は、世界に満ちるマナへと干渉し――魔法が発動する。
これが、この世界に伝わる魔法の理。
そして――それは、間違いなく真実なのだろう。
だが、イレナの教えではこう言う。
マナの正体は因果を司る力であり、意味火から出力される命令が緻密であればあるほど、そして摂理に整合していればいるほど――その因果は強く反応するのだ、と。
だから――僕は、あのときシアナを救えた。
この世界の魔法では治せない病の多くは「無響病」とされ、人はただ死を待つしかない。
だが、あれはたしかに肺炎だった。
あの時の僕は、前世の医師としての知識を必死に組み立てていた。
その思考構造が「治したい」という意味に乗り、魔力へと変換され――魔法として放てたのだろう。
そして、あの炎のトカゲを放ったときも同じだ。
炎という現象を「酸素」「可燃物」「燃焼」と積み上げて理解し、さらに“トカゲ”という形をイメージとして与えた。
そうして“炎”という意味を構築し、魔力へと変換することで――あの現象は確かに生まれたのだ。
おそらく――詠唱というものは、“意味”を言葉として慣習化し、固定化したものなのだろう。
だから、誰であっても同じ詠唱を唱えれば、その言葉に宿る共通のイメージに引かれ、似たような魔法を放つことができる。
だからこそ、深まる疑問がある。
幼い頃に何度も目にした――あの姉の炎が、なぜあれほど白く、美しかったのか。
軽い昼食を終えたあと、依頼の続きをこなしながら、ユーナに魔法を見てもらっていた。
炎や氷の魔法をいくつか試すうちに、僕は改めて確信する。
――やはり、構造を組み立て生み出した魔力は、マナ――因果の力に、より深く干渉できる。
その結果、消耗は明らかに少なく、精度も威力も格段に高まっていた。
「アーシェ、いい感じ!」
ユーナが笑顔で親指を立てる。
僕は気になって、つい口を開いた。
「……その、マナが因果の力って話、あまり聞いたことがなかったんですが」
「そうだね」
ユーナは小さく頷き、少し考えるように視線を落とした。
「おばあちゃん、この魔法の考え方を“構造魔法”って名付けて、弟子も取ってたらしいんだ」
僕は思わず、真剣に耳を傾ける。
「でもね、昔ちょっとした事件があったみたいで……その辺は詳しくは知らないんだ。
それからは王宮に仕えるようになって、弟子もほとんど取らなくなったって聞いてる」
ユーナは小さく息をついて続けた。
「無詠唱で魔法を使う人は、たまにいるよ。
でも“構造魔法”って考え方は、ほとんど知られてないと思う」
彼女は肩をすくめ、少し遠い目をして思い出すように言葉を紡いだ。
「弟子にしてもらった当時ね、“直接氷をイメージするな”って、何度も言われたの。
“熱を奪う”“運動を止める”“固まる”――その順番でイメージしろって、ずっと教えられてきたんだ」
そう言いながら、ユーナは掌にそっと魔力を集めた。
次の瞬間、小さな氷の結晶が空気の中に形を成す。
光を受けて淡く輝くそれは、ただ冷たいだけの氷ではなかった。
――澄みきっていて、とても美しかった。
僕は思わず息を呑む。
「でもね――」
ユーナは氷の結晶を見つめながら、小さく笑った。
「世の中には、因果すら凌駕した“意味”の純度で魔力を放つ魔導士もいるんだって。
……おばあちゃんは、そう言ってたな」
彼女は肩をすくめて、冗談めかすように続けた。
「魔術じゃないけどさ――“自分は不死身だ”とか“なんでも斬れる”とか。
ただその意味の純度があまりに高すぎて、本当に実現させちゃう強者もいるんだって」
僕は思わず、自然に口にしていた。
「……この世界は、凄いんですね」
ユーナは「この世界」という言葉に一瞬だけ不思議そうな顔をした。
けれどすぐに、柔らかく笑ってみせた。
そして――僕は確信していた。
この“構造魔法”という理論なら、必ずや僕の前世の知恵を活かすことができる、と。
空はすでに夕暮れに染まり始めていた。
「……そろそろ帰るか。夜は強力な魔物も出るからな」
フェンが重い声で口を開く。
「そうですね」
ユーナが頷き、柔らかく笑った。
「マナ石も十分集まりましたし、アーシェも一通り魔法の練習ができましたから」
そして、僕たちは森を抜け、夕暮れに染まる街道を歩いていた。
背後には、静かに闇を抱き始めた森の影。
前方には、街へと続く道がまっすぐ伸びている。
街道を歩きながら、ユーナがふいに口を開いた。
「ねえ、アーシェ……やっぱりヴァルデンに帰ろうって、心変わりしない?
今日見て思ったの。アーシェは魔法の才能がすごくある。
でも――これから私たちについてくるのは、危ないと思うな」
横を見ると、フェンが珍しく真剣な顔でこちらを見ていた。
今日一日で、僕はこの人生で一番魔法を知り、魔法に触れた。
そして――やっぱり、魔法が僕の心を強く惹きつけていることを確信した。
ヴァルデンには、大好きな姉がいて、大切な家族がいて、果たすべき約束もある。
それでも――僕の意志は変わらなかった。
「ユーナさんたちに、ついて行きたいです」
僕ははっきりと口にした。
短い沈黙ののち、答えが返ってきた。
「そっか! わかった!」
ユーナは微笑んでくれていた。
「じゃあ今日からアーシェ・アルセリア――私の弟弟子ね!
で、姉弟子としての最初の命令は……その他人行儀な喋り方を、少しずつ直していくこと! おっけー?」
なぜかユーナは、とても嬉しそうだった。
「……はい」
僕が答えると、フェンとユーナは顔を見合わせて、そろって少し呆れたような表情を浮かべていた。
それでも、その奥に滲む温かさを、僕は確かに感じていた。
街道の先には、夕暮れに包まれゆく街の輪郭が見えている。
――それは、一日の終わりであり。
そして、新しい歩みの始まりを告げる光景だった。




