表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主者選択   作者: シロイペンギン
未知に試される者 ― 少年編 /ユレッタ遠征
20/87

わがまま

『ユレッタ北方異常対応』

記録者:アルヴェイン家ヴァルデン兵 ノルド


八名の突入隊は、統率個体の討伐を目的に、時刻に遅れなく森へ進軍した。

森へ入って間もなく、三体の敵影と交戦。二体を討伐したものの、残る一体は森の奥へ退いた。


戦闘の最中に確認されたマナの異常は想定を上回る規模であり、進軍の妨げとなっている。

特にミリア殿の意味火の消耗は激しく、このまま長期戦に持ち込まれることは望ましくない。


速やかに統率個体を撃破し、散った個体群を排すること。

それが本作戦の成否を決する。

 森を進むたびに、胸の鼓動はいやに大きく響いた。

 枝葉が揺れる音すら、獣の咆哮に聞こえる。


(僕に、何ができる……?)


 前世でも、もし虎のような猛獣に襲われたら――きっと何もできなかっただろう。

 人間はそんな存在だ。

 牙も爪もなく、知識や理性を誇っても、圧倒的な暴力の前ではただ震えるしかない。

 まして今の僕は、この幼い体。

 剣も魔法も満足に扱えず、猛獣よりもおぞましい存在に抗えるはずがない。


「アーシェ! ちゃんと動いて! でないと、守れない!」


 鋭い声が飛んだ。

 初めて、この姉に強く言葉を浴びせられた。

 耳に残る響きは、恐怖をかき消すためのもののようでもあった。

(シアナは……怖くないのか?)

 僕とそう変わらない小さな体で、どうして前を向いていられる?

 姉は周囲に目を走らせ、片時も警戒を緩めない。

 震えていないわけではなかった。

 それでも、その眼差しには確かな意志が宿っていた。


(……そうか)


 姉は恐れを知らないのではない。

 ただ――「僕を守る」という約束を、果たそうとしているだけなんだ。


(僕も……僕の選択に、それに関わった人に対しての責任を果たさなければ)

 胸の奥に、小さな決意が芽生える。


 「次は、僕ができることをする。シアナたちが守ってくれるって信じて」


 それは小さな声だったが、確かな意志を帯びていた。

 シアナは一瞬だけ目を見開き、すぐに柔らかく笑った。


「……まかせて!」


 その微笑みは、恐怖を覆い隠すものではなく、信頼を返すように温かかった。

 そのやりとりを見ていたレオが、横でわずかに口元を緩めた。


 少し進むと、先頭を行くロイスが声を低くした。


「……リイナ、索敵を頼む」

「はい」


 リイナが目を閉じ、周囲の気配に意識を広げる。


「……もうかなり村には近づいていますが、敵の気配は感じません。

 ただ、村はマナの濁りが激しすぎて、判別が難しいです」


 ロイスの眉が寄る。


「そうか……逃した個体が報告した可能性もあるか?」


 ノルドが頷いた。


「はい。奴らの知能を考えれば充分にあり得ます。

 それに……想定以上にマナの乱れが激しい。

 この状況下での戦闘活動は、“リメア”の消耗が激しすぎる」


 ロイスは短く息を吐き、次の仲間へ視線を送った。


「……ミリア、どうだ? いけるか?」


 ミリアは盾を握り直し、小さく頷いた。


反響盾はんきょうじゅんは……あと二度ほどなら展開できます」


 ロイスはミリアの言葉に静かに頷いた。

 その横で、ヴァンが拳を握りしめる。


「……申し訳ありません。俺があの一匹、初めに仕留めておけば……」

「気にするな。作戦に問題はない」


 ロイスは淡々と告げた。

 ヴァンは悔しさを押し殺すように、静かに頷いた。


 しばらく進むと、森の奥から川のせせらぎが聞こえてきた。

 その音はやけに鮮明で、逆に周囲の静けさを際立たせている。

 レオが前方を指差す。


「あの大きな木を過ぎたら……村が見える」


 一行は慎重に歩を進め、大木を越える。

 視界が開けた瞬間――そこには、荒れ果てた村が広がっていた。

 レオはただ、黙ってその光景を見つめていた。

 変わり果てた村を前に、胸に去来するものがあるのは明らかだった。


 ロイスは村の方角を見据え、短く告げた。


「――アーシェ様、シアナ様、レオ、それにノルド。ここで待機を。

 その他四名で、敵の頭を叩く」


 僕はその言葉に、思わず息を呑んだ。

 そしてふと気付いた。

 普通に考えれば、こんな子供がここまで来ること自体がおかしい。

 異世界だからこそ、異常に気づかぬまま、ここまで歩いてきてしまったのだ。

 さらに危険な場所に、無力な子供を連れていく理由などない。

 あるのはただ、足手まといという明白なデメリットだけ。

 それでも――僕は当然のように最後まで行くと思い込んでいた。

 もしかしたら、英雄のように帰還する自分を夢見ていたのかもしれない。


 ここまで同行を許されたのは、本当は――

 アルヴェインという名の価値を示すための、形式にすぎなかったのか。


(……僕は……)


 なぜか、声が出ていた。


「ロイスさん、僕も――」

「駄目です」


 ロイスの声が、冷たく鋭く遮った。


「あなたの命は、あなたが思っている以上に重要です。

 ここまでは、なんとか“安全”だと判断したから来ていただきました。

 ですが、この先は違う」


 彼の言っていることは理解できた。

 それでも――僕は、意味を持って選んだ。

 シアナの目が、まっすぐ僕を見ていた。

 町の人々を思い出した。

 その人たちへの責任が、胸にあった。


「ロイスさん、僕も行きます。

 僕はこの作戦に責任があります」

「……いえ」


 ロイスの声音は揺るぎなかった。


「責任とは、命をかけることではありません。

 あなたには、我々とは違う責任がある」


 その言葉に胸の奥が冷え、何も言い返せなかった。

 ただ拳を強く握りしめるしかない。

 その時、横でレオが小さく囁いた。


「……アーシェ様」


 そして、彼はロイスに向かい、はっきりと告げた。


「ロイスさん。僕の命に代えても、アーシェ様を守り抜きます。

 だから――アーシェ様の決断を」


 ロイスはその言葉に即答しなかった。

 静かに視線を巡らせ、一人ひとりの顔を見渡す。

 冷たい森の空気を吸い込みながら、仲間の覚悟と士気 を確かめているようだった。

 重苦しい沈黙が場を支配し、誰もが次の言葉を待った。


 ロイスの目が、やがてレオに定まる。


「……レオ。必ずアーシェ様を守り抜けるのだな? 命に代えても?」


 レオは迷わず頷いた。


「はい。ネフィルに誓って」

「……そうか」


ロイスは短く息を吐き、俯き加減に目を閉じる。

 その横で、僕は小さく呟いた。


「……ありがとうございます。レオ」


 レオは何も答えず、ただ静かに微笑んだ。

 その姿に――やはり、少し前世の兄の面影を見た気がした。

 ロイスは顔を上げ、静かに言った。


「アーシェ様は――やはり、ガイル様の息子だな」


 その声には軍人としての確信と、抑えきれぬ敬意が重なっているように感じた。


「全員聞け。必ずアーシェ様とシアナ様を守り抜く。

 そして――この作戦を成し遂げると誓う!」

 

 一行全員が拳を握りしめ、声を合わせた。


「ネフィルに誓って!!」


 冷え切った森に、その声は鋼のように響き渡った。

 その響きが胸を貫き、息が詰まる。

 皆が自分を守ると叫んだ――その重みは、確かに僕の肩へとのしかかった。

 けれど、そこに押し潰される感覚はなかった。

 むしろ胸の奥に熱が燃え上がり、背筋をまっすぐに伸ばしてくれる。

 それは誇りだった。

 そして、進むための責任でもあった。


 自分に何ができるのかは、まだわからない。

 けれど――あの村は、一つの“選択”の場だと思う。

 前世から続いてきた僕が、本当の意味で変われるかもしれない岐路。


 敷かれたレールを外れて歩いている気がした。


 そう考えながら、僕は村へと足をすすめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ