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主者選択 ― この命に、意味を刻む  作者: シロイペンギン
未知に試される者 ― 少年編
19/32

迫る影 ― 死を帯びた暴力

『作戦記録 ユレッタ北方異常対応』

記録者:アルヴェイン家ヴァルデン領兵 ノルド


作戦目的は二点。

一、群れを統べる統率個体の撃破。

二、その後に散開する個体群の掃討と、ユレッタ防衛。


突入隊は八名。主戦力はロイス副官、ミリア、ヴァンの三名。

アーシェ様、シアナ様が随行。

後衛にはユレッタ兵二十名を配し、側面制圧および退路の確保を担当させる。


森林地帯到着。時刻に遅れなし。

随行二十名は旋回作戦を開始。

リィナの索敵により浅層に複数の個体を確認。要警戒。


以上を踏まえ、突入隊は予定通り――森内へ進軍開始。

森へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

木々が陽を遮り、昼だというのに薄暗い。湿った匂いが肌にまとわりつき、息を吸うのも重たい。


「……ここはもう、奴らの縄張りだ。警戒しろ」

ロイスの低い声が、さらに緊張を引き締める。


先頭を進むのはリイナ。耳を澄ませ、一歩ごとに気配を探る。

その背を槍を構えたロイスが守り、中ほどではミリアとヴァンが左右を固めていた。

僕とシアナはその後ろに続き、傍らにはレオが寄り添う。

最後尾のノルドは紙束を抱えつつ、袋を揺らして小さくつぶやいた。

「……森って、妙に息苦しいですね」

誰も返さなかったが、その一言が張りつめた空気をほんの少しだけ和らげた。


「リイナ、頼む」

ロイスの低い声に、リイナは小さく頷き、掌をかざす。

淡い波紋が木々のあいだに広がり、静けさの中へ吸い込まれていった。


短い沈黙。やがて彼女は顔を曇らせる。

「……三体。付近にラザドラグを感知。すぐ近くにいます、警戒を!」


「みな、戦闘体制だ!」

ロイスの号令に、剣の鞘走る音と盾の軋む音が重なる。


ミリアが盾を掲げ、ヴァンが剣を抜いた。

レオも一歩前に出て、僕とシアナの前に立つ。

リイナは短剣を抜き、低く身を沈めた。


森のざわめきが止み、残るのは自分たちの息だけ。

湿った風が木々を揺らし、その影の奥で――

鈍い鱗のきらめきが、じっとこちらを睨んでいた。


「来ます!」

リイナの叫びと同時に、三体のラザドラグが三方向から飛び出す。

鱗に覆われた腕には、錆びた剣や折れかけの槍、血錆に染まった斧。


人の武器を握るその姿は、獣よりもなお不気味だった。


「――弾きます!」

ミリアが盾を高く掲げ、迫る斬撃を受け止めた。

閃光が弾け、盾の表面から魔力の波紋が奔る。

叩きつけられた力が反射され、ラザドラグ二体がよろめいた。


「……仕留める」

ロイスが低く呟き、槍が閃いた。

怯んだ一体の胸を正確に貫き、鱗を裂き、心臓を射抜く。

呻き声を上げる暇もなく、巨体は地を揺らして崩れ落ちた。


残った一体の剣をヴァンが受け止め、火花が散る。

そのラザドラグは、仲間が倒れるのを見て鋭く唸り、即座に距離を取った。

残るもう一体と視線を交わすと、一度退いて森の影へと姿を消した。


「……まだ近くにいます」

リイナが声を震わせる。


「ちっ……俺が一匹、仕留め損ねちまったぜ」

ヴァンが舌打ちし、剣を握り直した。


僕は足が震えて動けなかった。

怖い――頭ではわかっているのに、体が言うことをきかない。


「アーシェ!」

すぐ隣でシアナが僕の名を呼び、剣を抜いて前に立つ。

小さな背中が、確かに僕を庇おうとしていた。


その二人を包むように、さらにレオが一歩前へ踏み出す。

森を睨み据え、剣に手を添えたまま低く言い放った。

「……ここは俺が守る」


ノルドが唾を飲み込みながら呟く。

「……奴らはかなり知的です。獣じゃない、弱いところを見抜いて仕掛けてきますよ」


完全に陣形を立て直す前に、森の影から二つの影が一気に飛び出した。

狙いは――僕。


僕は足がすくんで、動けなかった。

避けろと心は叫んでいるのに、膝は地面に縫い付けられたように重い。

指先ひとつ動かせず、ただ迫る刃を凝視するしかない。


――前世では、自分の死を経験した。

その時は静かで、抗えない幕引きのような感覚だった。

痛みや恐怖は、どこか遠くにあった。


だが今、目の前にあるのは違う。

牙を剥き、刃を振り下ろし、肉を裂こうと迫る“生々しい死”。

胸を締めつける圧迫感に呼吸は浅くなり、視界が狭まっていく。

本能が、全身で死を突きつけられていた。


「アーシェ様!!」

ミリアが盾を掲げ、迫る一体を正面から弾き返す。

閃光が走り、ラザドラグの巨体が怯んだ。


もう一体は横から回り込み、僕へ迫る。

「下がって!」

レオがすかさず剣を抜き、鋭い刃を受け止めた。

金属音が甲高く鳴り響き、火花が散る。


ミリアの盾に弾かれ、体勢を崩していた個体に、ロイスの影が疾った。

踏み込みから突きに至るまで、まるで必然の舞。

槍先が閃光のごとく走り、ラザドラグの胸を正確に貫いた。

胸を貫き、鱗を裂き、心臓を穿つ。



呻き声を上げる暇もなく、巨体は地を揺らして崩れ落ちる。

槍を引き戻したその姿に、誰もが言葉を失った。


レオと剣を打ち合った最後の一体は、大きく跳び退いた。

しばらく距離を取り、獲物を値踏みするようにこちらを一人ひとり舐めるように見回す。

その不気味な眼差しに背筋が冷たくなる。


やがて低く唸りを残し、森の奥へと姿を消した。

その背が闇に溶けるまで、誰ひとり武器を下ろせなかった。


「……警戒を解くな」

ロイスが低く告げる。


リイナが掌をかざし、波紋を森に広げる。

数息ののち、唇をかすかに噛んで言った。

「……気配は、あの一体だけ。今のところは……ですが」


震えを含んだ声に、誰も安堵の息をつけなかった。

森の奥で、まだ見ぬ気配がじっと次の機会をうかがっている――そう思えてならなかった。


「……このまま突破する。村に向かうぞ」

ロイスの声が重く響く。

全員が黙って頷き、武器を握り直した。


湿った風が枝を揺らす。

その中で、僕の胸にはまださっきの感覚が焼き付いていた。


牙と刃が目前に迫り、肉を裂かれる未来を突きつけられた恐怖――

それを抱えたまま、僕は仲間の背を追った。

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