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主者選択 ― この命に、意味を刻む  作者: シロイペンギン
未知に試される者 ― 少年編
17/32

罪を刻む誓い ー 夜明け、町の願いとともに

『旅路覚書 番外』

筆者:放浪の冒険家 エルダラン


ユレッタの門んとこに集まったのは、まだ夜明け前だ。

馬が鼻鳴らして、兵の鎧がきしんで、空気はやけに冷えてた。


その先頭に立ったのは――アルヴェイン家のガキ。

正直「おいおい、大丈夫か?」って思ったさ。

だって、まだ子供なのは町のやつなら誰でも知ってる。


でもよ、声を張った瞬間に兵の目が変わったんだ。

馬の蹄が鳴りだしたときには、もう誰も迷っちゃいなかった。


あれが、この町の“始まりの一歩”だったのかもしれねえな。

まだ夜の色が濃く残る、夏の早朝。

時刻にすれば四つ刻――外は暗く、東の空だけがかすかに白んでいた。


「……おはよう」


布団から体を起こすと、椅子に腰かけていたシアナがこちらを見た。

昨日と同じく、もう僕より先に起きている。


シアナが僕より早く目を覚ましているのは、いつだって特別な日だ。

だから僕も、少し息を整えて、同じ言葉を返す。


「おはよう」


短く交わした言葉のあと、シアナが小さく首をかしげた。

「眠れた?」

「……少しだけ。でも大丈夫」

その一言だけで、胸の奥の緊張がすこし和らいだ気がした。


この部屋で過ごしたのは、たった二度の夜にすぎない。

けれど、もう何週間もここで暮らしてきたような気持ちになる。

眠った時間よりも、目を開いて向き合った出来事の方が多すぎたからだ。


身支度を整え、腰の短剣に手を伸ばす。

母が託してくれた刃を、戦うために抜く日が来るかもしれない。

前世を含めても、僕はまだ一度も“武器”を抜いて敵と向かい合ったことはなかった。


柄に触れるたび、母の温もりがまだそこにあるようで、心臓が強く打った。

指先がかすかに震える。

それでも――もう覚悟は決まっている。


窓を開けると、むっとした夜気が流れ込んできた。

夏の空気は冷たさを運ばず、かわりに草と土の匂いを含んでいる。

遠くで虫の声がかすかにして、夜明けを待つ町並みは静けさに包まれていた。


――この景色を守るために。

今日、僕は歩き出さなければならない。



準備を終えたところで、扉が叩かれた。

開けると、甲冑を整えたミリアが黙って立っていた。

その姿にうなずき、僕とシアナは並んで部屋を出る。


窓の外にはまだ夜の色が残り、空気はひやりと重かった。

やがて城壁の正門前、広場となった場所が見えてくる。

重たい木製の門は半ば閉ざされ、東の空が白むのを待っている。

その前に、すでに討伐隊の兵たちが整列していた。

鎧のきしむ音や馬の鼻息が、夜明け前の静けさを震わせていた。


「ぼっちゃん、じょうちゃん! おはようございます!」


張りつめた空気を割るように、ヴァンの声が飛んできた。

僕とシアナも、思わず笑みを返して挨拶を返す。


その中に、見覚えのある顔もあった。――レオだ。


ロイスが一歩前に進み、全員の到着を確認すると、簡潔に作戦の概要を復唱していく。


続いて、ノルドが前に出て、落ち着いた声で告げた。


「乱れは確認されています。危険ではありますが、まだ“魔響区”には至っていない。

 ……今のうちに動くという判断は、やはり正しかったようです」


短い言葉に、列のあちこちで緊張が走る。

誰もが、その先に待つ危険を理解していた。


その空気の中、レオが列を抜け出し、深く一礼して声を張る。


「アーシェ様、シアナ様。ガイル様よりお力添えを賜り、心より感謝申し上げます。

 今回の作戦において、案内とお二人の護衛――この命に代えても必ず果たしてみせます」


真っ直ぐな声音が、列に静かな重みを落とした。


ロイスが全員を見渡し、静かに告げる。


「突入は八名。

 戦闘の主力は私とミリア、ヴァンの三名。

 レオはアーシェ様とシアナ様の護衛につくが、剣でも頼れる。

 リィナとノルドは補佐に回る。


 それ以外のユレッタの兵二十名は、後続として支援に回る。

 旋回部隊として側面を制し、退路を確保する。

 統率個体を討ったあとは、散ったラザドラグを追い払い、町への被害を防ぐ役も担う。


 ……突入隊が群れを突破し、統率個体を討つ。必ず生きて戻る。それが命だ。」


言葉を結んだ瞬間、場に沈黙が落ちた。

息を呑む音と、甲冑のきしむ微かな響きだけが、列を走り抜けていく。

皆の視線が背中を押し、ただ重い決意だけが共有されていた。


やり取りがすべて終わり、兵たちはそれぞれの馬の横に立っていた。

手綱を握りしめ、今はただ、出発の合図を待つばかりだった。


ロイスの視線、隣に立つシアナ、そして押し黙った兵たち。

――何を求められているのかは、分かっていた。

この隊を進ませるための“合図”が、僕の役目だった。


胸の奥がきゅっと強張る。

それでも、習っていた誓いの言葉を思い出し、僕は前へと一歩踏み出した。


「――責を負うは我らの誉れ。罪を刻むは我らの誓い。

 ネフィルの加護があらんことを」


声が静寂を切り裂くように響いた。

次の瞬間、兵たちは一斉に武器を掲げ、胸に手を当てる。


前世の僕は、神のようなものを信じたことなど、ほとんどなかった。

祈りはただの言葉にすぎず、意味を持たないと切り捨ててきた。


――それでも今は、この作戦にこそ、ほんのわずかでも加護があることを願っていた。


夜明け前の空気に、その祈りと誓いが深く刻み込まれていく。


やがて、兵たちは次々と馬に跨っていった。

僕はレオに手を引かれ、その後ろへと乗せられる。

大柄な背中にしがみつきながら、革の手綱の感触に心臓が早鐘を打った。

――なぜか、懐かしい気配が胸をよぎる。理由は分からないままに。


シアナもまた、ミリアの後ろに身を預けていた。

彼女は軽く振り返り、僕に小さな笑みを見せる。

その笑顔だけで、胸の奥の緊張が少し和らいだ。


討伐隊がゆっくりと町の門へ近づいていく。

そこには三十ほどの人影が集まっていた。

子を抱いた母が子の頭を胸に押しつけ、老人が杖を鳴らしながら静かに見つめている。

誰も声をあげず、ただ祈るような眼差しでこちらを見送っていた。


その先頭に立つ町長オルドンが、深々と頭を垂れた。

町の願いそのものが、背中に託されたように感じられた。


――その姿を見たとき、僕は悟った。

自分の選択に、ひとつの“意味”が刻まれたのだと。


夜明け前の空の下、蹄の音が静かに門をくぐり抜ける。

北へ――ラドゥスの廃村を目指して。


その音は、町の祈りと僕の選択を背負って響いていた。


――選んだ道を、この足で歩き始めたのだ。

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