表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主者選択 〜転生外科医は、壊れた異世界を切り治す〜  作者: シロイペンギン
未知に試される者 ― 少年編 /ユレッタ遠征
10/105

門を越えて

「――悠真」


前世の父に呼ばれた声が、胸の奥でよみがえる。

家族は皆、医者という道の上にいた。

父も母も病院で働き、兄は医学部に進むための進学校に通っていた。

姉もまた、母のように医者になるのだと口にしていた。

その流れの先に、自分も並ぶのだと、何の疑いもなく思っていた。


やりたいと思ったことも、少しはあった。

姉と一緒にケーキを作って家族が驚いたときや、当時見ていたアニメのプラモデルを祖父に買ってもらい、黙々と組み立てていたとき。

そういう時間は、たしかに楽しかった。


けれど、そういう「楽しいこと」は決して長くは続かなかった。

気づけばまた机に向かい、正しい答えを選び取る日々に戻る。


窓の外に広がる街の光を眺めながら、一瞬「別の世界」を想像することもあったが、それは夢想にすぎないと、自分で打ち消していた。


褒められるのは、勉強や医学に関わることだけ。

だから僕は、呼ばれるままに正しい方向へ首を向けた。

承認される方が、安全で、間違いがなかったからだ。


――これが、白井悠真という少年だった。


◇ 


僕はアーシェとして机に向かっていた。

屋敷付きの学匠が、国と王統について淡々と語っている。


「我がセレストリア王国は、エラニア大陸の南東にて覇を唱える大国にして――

 御代は第二十五代、カリオン三世陛下でございます。

 その王統を支えるのが、三大貴族。

 そのひとつが、アーシェ様方アルヴェイン家。

 王都近郊に本家を構え、古くより王家の柱として仕えてまいりました。

 また、ご当主ガイル様は分家にあたられ、西方の国境に位置する要衛――ヴァルデン領の統治を預かっておられます。

 同地は、帝国と小国群に接する地にて、代々、軍の抑えを担う要衝にございます。」


現国王、王統、三大貴族。

学匠の言葉を聞きながら、胸の奥に残っていた疑問が強くなる。


父に命じられた、あの“話”。

――これは、知っておくべきことだ。


僕は顔を上げ、意を決して口を開いた。


「その……あの話って、どういうものなんですか?」


学匠は小さくうなずき、落ち着いた声で答えた。


「――《責罪の儀》のことですね?」


僕は小さく頷いた。


「王族が十二歳を迎えると、北東の《ネフィレス》にて、負責の灰をその身に浴びます」


淡々と、しかし言葉は重かった。


「それは、己の“罪”を知り、その“責任”を身に刻むための試練」

「同時に――《選定の祝福》を授かるための儀でもあります」


学匠は、僕をまっすぐ見て、言った。


「これを経ねば、王位継承の資格は得られませぬ。

 さらに、この儀式はただの通過儀礼ではございません。

 諸家の振る舞いによって、いずれの王族を推すかが定まる。

 ゆえに儀式は、王国の未来を形づくる政治の場でもあるのです」


僕は机の上に手を置きながら、静かに考える。


(誰につくかで、貴族の力の流れが決まるってことか。

派閥――前世の病院でも、同じような構図を見ていた。)


罪。責任。

その響きが胸の奥に重く沈んだ。

――前世で、僕が何度も避けてきた言葉に、よく似ていた。


授業が終わり、外に出ると、庭にはやわらかな風が吹いていた。

春の陽射しは明るいけれど、まだ少し冷えが残っている。


石畳の向こうで、木剣を構えたシアナが執事オルフェと向かい合っている。


「はっ!」


小さな掛け声とともに振り下ろされる剣。

受け止めたオルフェは、ほとんど力を込めていないように見えるのに、シアナの体は弾かれる。


「焦らず、足を崩さぬことです、シアナ様」

「わかってる!」


真剣な顔で立ち直るシアナ。

まだ幼いのに、その瞳には強い光が宿っていた。


僕も木剣を握らされ、列に加えられた。

けれど振るえばすぐに体がよろめき、踏ん張る間もなく剣をはじかれて尻もちをつく。


「アーシェ、だいじょうぶ?」


駆け寄ってくるシアナは、汗に濡れた頬を赤らめながらも笑顔だった。


「無理に戦おうとしなくていいんだよ。私が守ってあげるから」


そんなのは、いつものことだ。

シアナは昔から僕に優しい。


けれど、そのたびに――守られるばかりの自分が、少しだけ情けなく思えた。


オルフェが木剣を拾い上げ、穏やかな声で言った。


「剣は力だけではありません。積み重ねれば、必ず形になります。……アーシェ様も、焦らず歩まれればよいのです」


僕は黙ってうなずいた。

けれど、そのたびに守られるばかりの自分が、情けなく思えてならなかった。


――あの日の小さな無力感は、胸の奥に長く残り続けていく。


───


その後も、オルフェに教えを受ける日々は続いた。

剣の型を覚え、読み書きを習い、時に姉や母と過ごす。

そんな変わらない日常が、淡々と積み重なっていった。


季節は巡り、背丈は少し伸び、

そして、四年の歳月が過ぎていた。


◇◇◇


九歳の夏。

太陽の光が――銀色にきらめいていた。


この年を境に、僕の人生は大きく変わっていくのだった。


その日も、いつもの訓練を終えたところだった。


「アーシェ様、旦那様がお呼びです」


僕は汗を拭う間もなく、メイドに連れられた。


案内され広間へ入ると、数日前に遠征より帰還したばかりの父ガイルと、そして家族が集まっていた。

その父の隣には、凱旋の折にも見かけた長身の兵士が、無言で控えている。

ただ父の傍にいるだけで、息が詰まるほどの威圧感を放っていた。


ガイルは短く告げる。


「私は明日、王都へ発つ。……エルミナも同行させる」


その瞬間、部屋の空気がわずかに張りつめた。


名を呼ばれたエルミナは、ゆっくりとうなずく。

表情は変わらず、声も発さなかった。


けれど――なぜだろう。

その姿は、いつも通りでありながら、なぜかどこか遠くを見据えているように見えた。


短い沈黙ののち、ガイルの視線がこちらに向く。


「ユレッタ方面で、小規模なマナの乱れが報告されている。調査はロイスたちに任せる。……アーシェ、シアナ。お前たちも同行しろ」


「ほんとに!?」


シアナは弾かれたように声を上げた。

父の決定に迷いなく応じ、瞳をきらきらと輝かせる。


突然すぎる命令に、僕は胸が不安で締めつけられた。

屋敷町のファルナより外に出たことなど一度もない。


理屈よりも先に、幼い身体は怯えた。

頭ではわかっているつもりでも、胸の奥は小さく震えていた。


――そのとき。


シアナが僕の顔をちらりと見て、そっと手を握ってくれた。

不安で胸が締めつけられていたけれど、シアナの手の温もりで、ほんの少しだけ安心できた。


◇ 


翌朝。

ガイルは数人の部下とともに出立した。


その列に並ぶエルミナの姿を見て、思わず息をのむ。


白いローブが朝の光を受けて揺れていた。

それはただ美しく――けれど、どこか遠かった。


父の背中と並び立つその姿を、幼い僕は言葉にできず、ただ胸に刻んだ。


◇ 


数日後、まだ空が白み始めたばかりの早朝、調査へ向かう準備が整えられていた。


僕のためには、小さな旅装束と淡い色のローブが用意されていた。

袖に腕を通すと、まだ少し大きくて、布の重みが妙に現実感を帯びていた。


さらに、腰には短い刃を収めた鞘が結わえられていた。

小ぶりな短剣――母が護身用に与えてくれたものだ。

幼い僕にはその重みが過剰なほどに思えたが、同時に母の温もりがそこに宿っているようでもあった。


それでも、剣を佩くということが、ひとつの境界を越えることのように感じられた。


隣のシアナは、すでに準備を整えていた。

幼さを残しつつも、きちんと仕立てられた深紅の服の上から短い外套を羽織り、腰には磨かれたばかりの小剣が下げられている。

淡い銀髪は肩のあたりでゆるやかに揺れ、瞳には強い意志が宿っていた。


その姿は――まさに、僕がかつてフィクション作品の中で見た“冒険者”のイメージそのものだった。


ほんの少し憧れにも似た感覚が胸をよぎったが、すぐに不安が押し寄せる。

これは物語の中の夢ではなく、現実の世界なのだ。


◇ 


その日、空はまだ眠たげな色をしていた。

東の端に、かすかに光の輪郭が浮かびはじめている。


あの男は、その静けさのなかで屋敷を訪れた。

父の横に控えていた兵士――名をロイスといい、父の副官であることをそのとき初めて知った。


ロイスは恭しく一礼し、静かに告げる。


「ご準備は整いましたか。

 詳細は道中にてお話ししましょう」


僕とシアナはうなずき、ロイスの後について部屋を出た。

長い廊下をくぐり、中庭に並んだ馬車へ向かう。


そこには、父の凱旋の折に見かけた顔がいくつもあった。

鎧を整えた兵たちが控え、馬を繋ぐ手際は無駄がない。


僕の胸は小さく震えていた。

それでも、シアナと並んで馬車に乗り込む。


母、オルフェ、そしてメイドたちが並んで見送っていた。


御者の手綱が鳴り、車輪がゆっくりと転がり出す。


揺れに身を任せながら窓の外を見やると、屋敷の大きな門が近づいてくる。


何度も内側から眺めたことのある鉄の門扉――けれど、外へ抜けていくのはこれが初めてだった。


これまですべては屋敷の中で完結していた。

学びも遊びも、家族との時間も。


外の世界はただ窓越しに遠くを眺めるものであり、決して自分の足で踏み入れる場所ではなかった。


馬車はきしむ音を立てながら、ゆっくりと門へ向かう。


その頃には、空はもう淡く明るみはじめていて、朝の光が、静かに影を薄くしていくのがわかった。


門をくぐる。

鉄がきしむ音とともに、空気の匂いが変わる。


屋敷の外へ。

ここに、生まれてから初めて踏み出す世界。


――その先に広がるのは、僕が白井として知っていた世界とは全く違う。

美しく、そして残酷な世界だった。

抜粋 ― 『セレストリア王国正史』より


かつて神ネフィルは、人の罪を映す獣《灰の狼》を造り給うた。

灰の狼は、ただ獣にあらず。

それは「責任なき欲」を喰らい、残された者に「責任」を背負わせると伝えられる。


ゆえに王統を継ぐ者は、必ず灰の狼の前に立たねばならぬ。

十二歳を迎えた王族は《ネフィレス》に赴き、断罪の灰を浴びる。

罪を知り、責任をその身に刻むためである。


逃げる者は狼に喰われ、立ち向かう者は赦される。

そのとき与えられるのが《選定の祝福》。

これを経ねば、王位の継承権は得られぬ。


――王冠とは、責任の象徴である。

ゆえに王国の未来は、責任を負う者の肩にのみ託される。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ