4話 爆☆砕☆
「…………」
『…………』
私の手には木が握られていた。これは数分前までは棍棒だった。でも、今や無惨にも握っていた柄の部分しか残っていなかった。
「何が駄目だったんだろう……」
『棍棒を選んだことでは?』
買った棍棒を試そうと近くの森に来ていた。手ごろな木を見つけ、何回か軽く叩いて確認し、いけそうと思ったので強めに叩いてみた。すると、棍棒は爆発四散した。
「いや、でも、ちょっと魔力流して、少しだけ強めに叩いただけなんだけど……」
『お前のちょっとは、一般的なちょっとと同じじゃない……。それに、強大な精霊にすら通用するお前の打撃に、安い棍棒が耐えられる訳なかったな』
私は普段殴る際には杖へ魔力を流していた。特に深く考えた訳じゃなく、何となくそうした方がいいかなと思ってやっていた。
だから、今回も同じように、でも、杖と違って棍棒だしということで、流す魔力は少しにして殴ってみた。そしたら、結果がこれ。
『棍棒は爆発四散。殴られた木もあんな所まで吹っ飛んで』
棍棒は木っ端微塵。木も根っこごと吹っ飛んでしまった。そんなつもりじゃなかったのに。
買ってすぐに壊してしまうなんて。トゲがついてたのが良くなかったのかな。
『ちょっと魔力を流して強めに殴っただけで、これだけの惨事。そもそも、あの杖よく耐えてたね』
確かに考えてみるとあの杖凄かったんだな。今までもっと大量の魔力を流して、もっと本気で殴っていたのに、全く折れる様子は無かった。さすがに欠けたりはしていたけど、何回も何回も使ってあれだけしか損傷がないのはすごい耐久性だ。
『あの杖がいいなら、あの杖を買った店に行けば? あれどこで買ったの?』
「さあ?」
『さあ?って……』
「だって、あの杖は師匠からもらったやつだから」
師匠とは私が小さい頃に偶々出会った。その時に、戦い方や魔力の扱い方を教えてもらい、最後にこの杖をくれてどこかへ去って行った。
『師匠……。お前にもそんな存在がいたんだな。そんな大事な物をあの王子にあげてよかったの?』
「いいよ。だって、あれ練習用って言ってもらったやつだし」
師匠はあの杖をくれた時に、練習用として使えと言って、私に杖をくれた。一人前になるまでこれで練習しろ。それまでは何かあっても、杖がお前を守ってくれるって言って。
師匠が言う「練習」が何を指していたのか分からなかったが、振ってみたら感触が良かったので、私はもらった杖であらゆる物を叩いてきた。
『そうか。では、その師匠のところへ行けば新しいのが貰えるのでは?』
「無理無理。だって、師匠どこにいるか分かんないもん」
師匠はいわゆる根無し草。特定の場所に留まらず、いつの間にかフラフラとどこか別の場所に行ってしまう。私もあれ以来ずっと会っていない。連絡先も知らないし、狙って会うことなんて不可能。
『ふむ。では、杖は自分で探すしかないな。売ってる店を探すか、職人を見つけ、素材を調達するか』
「そうだよねぇ。カーバンクルさ、他の店とか職人とか、素材がある所とか知らない?」
『……自分で探せと言ったばかりだろ。それにあの店以外は知らない。武器なんてボクには必要ないからな』
まあ、そりゃ猫に武器は必要ないよね。爪に牙もあるし。それにこの猫、念動力まで使えるし。
『それより、新しいつがいは見つけに行かないのか?』
「え、なんで?」
『なんでって、お前も年頃の娘だろ。お前と同じぐらいの人間は異性の話ばかりしているぞ』
「えー、別に興味ないしなぁ」
カーバンクルがなんかお節介おばさんみたいなこと言い出した。つがいって。
『もうあの王子とは縁が切れたのだろ。新しいのを探しても何の問題もないぞ』
「まあ、そうだけどさ。でもさぁ。私、恋愛って全然分かんないんだよね」
結局、あいつとは何も無かった。一夜を共にすることもキスすることも、手を繋ぐことすらも無かった。あいつは本当に精霊の力が欲しかっただけなんだろう。
あいつの私を見る目が、時々憎しみのこもった目だったことがある。何かした覚えは無いが、無自覚のうちにやらかして、嫌われていたんだろう。同じ部屋にいることすら、許されなかったこともあったな。
「それに私のことを良いと思う人なんかいないよ。ほら、バツもついちゃったし」
愛想が良いわけでもなく、明るいわけでもなく。ただでさえ、あいつに婚約破棄されてバツイチになっちゃったのに。
『それなら大丈夫だぞ。婚約を破棄されただけでは、バツはつかない。入籍してから離婚した場合にバツがつくだけ。入籍してない婚約だけなら、破棄されてもバツはつかないから、安心していい』
「……ご丁寧にどうも」
なんでこの猫はこんなに詳しいんだろう。人間のことよく知ってるね、この猫は。
『アリシアは見た目だけは良いんだから、喋らなかったら、いくらでも捕まえられると思うぞ』
「見た目だけ?」
喧嘩売ってるのか? この猫は?
『だって、お前喋ったらボロが出るじゃないか』
「ボロってなに? 何も出ないですけど?」
私から何が出るっていうんだ。ただ、ちょっとマイペースで自堕落なだけじゃない。
『学生時代も、遠巻きにお前を眺めている奴がいっぱいいただろ』
「それは好奇の目っていうんだよ」
学生時代、私が見られていたことは知っている。でも、それは珍しいものや変なものを見る目であって、好意的なものではない。
「だって、その見てる人に私が話しかけても、みんな全然話してくれないんだよ。目も合わせてくれないし、なんかゴニョゴニョ言ってビュンってどっか行っちゃうし」
試しに、何度か私を見てる人に話しかけてみたことがある。でも、みんなまともに話してくれることはなく、逃げるようにどこかへ行ってしまう。
「それにグループ活動とかでもさ、私が手伝おうとすると『俺達がやるから! アリシアさんは座ってていいよ!』みたいな。私がやりたいって言っても、『アリシアさんにこんなことさせられないよ! 私達に任せておいて!』みたいに言って、なんかやらせてくれないし」
『……それは好意を持たれていたのでは?』
好意? はあ、そんなわけないじゃん。
「やりたいって言ってる人に、やらせないんだよ。それのどこが好意なのさ」
『む。そう言われると確かに』
人間のことを分かってないね、この猫は。猫とは違うんだよ、人間は。人間はね、こんなにもふもふしてないの。
『ん、むう、ニャアァ゙! 止めろ! 撫で回すな!』
「いいじゃん別にー。減るもんじゃないし。もう、私にはカーバンクルが居てくれたらそれでいいよー!」
ガバっとカーバンクルのお腹へ顔を埋める。ああ、たまらん。この匂い、この感触。もうカーバンクルさえいればいい!
『ニ゙ャア゙アァァ!! 止めろと言ってるだろう! この、止めないなら……』
「ね、猫が喋っている!?」
私が猫を吸っていた時、誰かの声が聞こえてきた。