29話 俺様
「ただいま……」
「おかえり、なさい……?」
ギルドの扉を開け、お姉さんのいるカウンターへと直進する。もう駄目だよー。
「なにやらお疲れですね」
「そうなんだよー。もう駄目だー」
カウンターに突っ伏してお姉さんと話す。疲れたよー。もう動けないよー。いや、動けるけど気持ちが動けないよー。
「……ふむふむ。速すぎて捕まえられないと」
「そうー」
結局、あの猿は捕まえられなかった。色々頑張ったけど、無理と判断した私達は一度街へ戻ってきた。
戻ってくるとヴェンとカーバンクルはお腹すいたって言って、どこかへ食べにいったけど、私はもう食べる気力すらなかった。
「それでは、罠を使ってみては?」
「やったんだよー。でも、駄目だった」
追いかけても捕まらないので、罠も設置してみた。何が好物とか知らなかったけど、とりあえずバナナ入れたカゴ罠置いてみた。カゴの中に餌を置いて、餌を取ろうと中に入れば入口が閉まって捕獲出来る罠を。
すると、入口は閉じていたのに何も入っておらず、バナナは無くなっていた。バナナだけ取って、蓋が閉まる前に猛スピードで脱出されたらしい。他にも色々罠を試したけど、ことごとく餌だけ取られて完敗だった。
「早く過ぎて追いつけないし、罠も効かないしで、どうやって捕まえろって言うのさー」
もう打つ手が無いよ。お手上げだよ。捕まりっこないよあんなの。
「ふむ……。では、アリシアさんがもっと速くなるのはいかがでしょうか?」
「え? 私が速く?」
私が速くなる? そんなの出来たら苦労しないんだけど。もうこれ以上速くなれないよ。……まさか、これから修行編が始まる?
「ちょっと問題はあるかもしれませんが、きっと力になってくれる冒険者をご紹介いたしますよ!」
あっ、人の紹介? じゃあ、その人が代わりに捕まえて……、あれ、でも、私が速くなるんだっけ? え、やっぱり修行編が?
「……なんとかなるなら紹介して欲しいけど、ちょっと問題ってなに?」
すごく気になるちょっと問題。お姉さんがわざわざ言うぐらいなんだから、多分ちょっとじゃない。かなり、いや、すごくかな。
「いえいえ、そんな大した問題じゃないですよ? まあ、ちょっと気難しい方といいますか……」
なんかすごく言い淀んでるんだけど。ええ、なんかやだなー。絶対変な人じゃん。そんな変な人だと何されるか分からないよ。変なことされない?
「でも、そんな悪い方ではないですよ! 実力も本物です! ただ、ちょっーとだけ気難しいってだけです! ちょっとだけ!」
指でちょっーとだけとしているお姉さん。かわいいねそれ。でもなー。お姉さんが言うぐらいだしなー。本当に変なひとなんだろうな。
「うーん。……じゃあ、一度紹介だけしてもらってもいい?」
「はい! もちろんです!」
背に腹は代えられないってどこぞの猫も言ってたしね。まあ、何かされそうならぶん殴ればいいか。
そして、次の日には会うこととなった。仕事が早いね。
ギルドの椅子に椅子に座ってその人を待つ。ちょっと早く来ちゃったな。
「お前か? この俺様を呼んだのは?」
あっ、そういう感じかぁ。現れたのは金髪でなんか偉そうな若い男。偉そうだけど、なんか少し体が薄い気が。最近冒険者ばかりの空間にいるからかな。みんなゴツいんだよね。だから、錯覚起きてるのかも。
「うん。アリシア=ストルレートだよ」
「……ふん。リカルドだ。それで? 何が目的でこの俺様を呼んだんだ?」
「それは……」
「……猿が捕まらない?」
「そうなんだよ。すっごく速くてさ」
彼に事のあらましを伝えた。猿が速すぎて捕まえられない。猿一匹に遊ばれてましたと。
「猿一匹捕まえる? そんなことの為にこの俺様を呼んだのか?」
ギロリとこちらを睨みつけてくる。そんなことって言われてたって、そんなことなんだからしょうがないじゃない。全部事実だし。
「そうなんだよ。色々頑張ったんだけどね。全部効かなくてもうダメだーってなってたら、お姉さんがあなたのこと紹介してくれたの。きっとこの人なら力になってくれますよってすごく推してくれてね。お姉さんがそんなに言ってくれる人なら、私達にも希望が見えてきたって思ってね」
ここはよいしょしとこう。よいしょよいしょ。わっしょいわっしょい。ほーら、あなたはだんだん協力したくなーる。
「……ふぅん。まあ、そこまで言うなら力を貸してやらんでもない」
チョロいね。
「ありがとう。でも、あなたの力のこと知らないんだ。だから、一度試させてもらってもいい?」
「俺様を試すだと? 良い度胸をしているな。だが、今の俺様は機嫌が良い。付き合ってやろう。寛大な俺様に感謝しな」
「うん、ありがとー」
そして、私達は近くの草原へと来た。チョロいさんの力を試させてもらうよ。まあ、どんな力を持ってるのかも知らないんだけどね。
「支援魔法?」
チョロいさんもといリドルドの力は支援魔法らしい。支援魔法と言えば、対象に様々な効果を付与させる魔法。力を強くしたりとか、体を頑丈にしたりとか。
「そうだ。俺様の手にかかれば、お前の枝みたいな腕でもドラゴンを持ち上げることすら出来るようになるぞ。今回は速さだったか? それなら、例えばお前。あそこの木までは走ってどれぐらいかかる?」
リカルドが指差した先には一本の背の高い木が。ここからだと百メートルぐらいかな?
「えー、三秒ぐらい?」
「……あの背の高い木だぞ? 分かってるのか」
「うん。あれでしょ。多分そのぐらいでいけるよ」
「……速すぎないか?」
「まあ、身体強化魔法使ってるからね」
私は魔法がほとんど使えない。でも、全部じゃない。私でも使える魔法はほんの少しだけある。そのうちの一つがこの身体強化魔法。単純に身体能力が強化される魔法。この魔法を私は基本的に常時使用している。
「……ふん。まあいい。能力強化:速度」
リカルドの手から光の膜みたいなものが私へ。特に何か変わった感じしないけど、これでいいの? それに私、身体強化魔法自分でかけてるけど。それがあってもよくなるの?
「ほら。走ってみろ」
「……まあ、とりあえず。じゃあ、いく、よっ! おっ!? ぶべっ!?」
走り出したらいきなり目の前に木が。減速はしたけど、思いっきり木へぶつかる。
「いったー……。顔打った……」
「ふははは! どうだ俺様の力はぁぁ……!」
後ろの元いたところからリカルドが偉そうに何か言ってる。こっちに聞こえるように、頑張って声張り上げてるんだと思うとちょっと面白い。
「鼻血出てないかな……」
「すごいだろう俺様はぁぁ……!」
「よかった出てないや。いたた」
「おい! これが俺様の力だぁぁ……」
「ええ? うん、すごいよー」
こっちが返事しないからって何度も聞いてくるの止めてくれないかな。かまってちゃんかな?
その後、支援魔法がかかってる状態で色々してみた。慣れるのに少し時間はかかったけど、確かに彼の力はすごかった。倍以上の速さが簡単に出る。さすがはお姉さんのオススメ。
さて、そろそろ帰ろうな。リカルドの力も分かったし、これで大丈夫だね。色々道具も使ったし片付けないと。
「ん? ……おい、ゴブリンがいるぞ」
「うん? ああ、本当だね」
帰ろうとした時、リカルドが声をかけてきた。彼の向いている先には一匹のゴブリンが。
「……退治しないのか?」
「一匹だし放っとけばいいでしょ」
ゴブリンなんて放っとけばいいよ。一匹だし襲われたところで問題ないよ。
「……こっちを見ているぞ?」
「そうだね。見てるね」
「おい、こっちになんか来てないか?」
「え? ああ、そうかな?」
見ると確かに近づいて来ているようにも見える。でも、ゴブリンなんて放っとけばいいじゃん。それかそんなに言うなら倒しといてよ。リカルドだって、冒険者でしょ。
「おい、来てるぞ。絶対こっち来てるぞ」
「あっそ。じゃあ、倒しといて」
「は? お、お前この俺様の手を煩わせるというのか!?」
「だって、私は興味ないし」
私は片付けるのに忙しいの。おかしいな。出すまではリュックに入っていたのに。何故か今入らないんだけど。
「お、おい! 来てる! 来てるって! ゴブリン来てるって!」
「そっかー。ちょっと前の私はパズル得意だったのかなぁ……」
「聞いてる!? おい! ちょ、うわっ! 襲ってきてる! 襲われてるって! 助けて!!」
「え?」
顔を上げるとリカルドがゴブリンに追いかけられていた。何してんの?
「ハァハァ……。助かった……」
追いかけ回していたゴブリンからリカルドを救出する。あのゴブリンが何か特別強いのかと思ったけど、そうでもなかったな。普通の弱いゴブリンだった。
「……なんだよ。そうだよ。俺は弱いんだよ。ゴブリン一匹にすら勝てないんだよ」
座り込んだリカルドが小さく呟く。さっきまであんなに偉そうで大きかったのに、今はすごく小さく見える。
「ふん。笑うなら笑えばいい。男のくせにゴブリン一匹にすら勝てない俺を。好きに笑えよ」
どこか諦めたように笑うリカルド。笑うの?
「え? なんで?」
「なんでって、普通笑うだろうが。ダセェ奴って。みんな俺を……」
「別に笑わないよ。人には向き不向きがあるよ」
私だって出来ないこといっぱいあるよ。少しだけ、すこーしだけ不器用だから、細かい作業とか料理とか苦手だよ。
「それより支援魔法すごかったんだから、本番もよろしくね」
そんなことより本番もよろしく。あの支援魔法があればいける気がするよ。逃げないでね。
「……お前。……ハッ。変な奴だな」
え? 喧嘩売ってる? 起こしてあげようと手を差し出したけど、止めようかな。
「……まあいい。いいだろう。俺様の力貸してやるよ」
「うん、よろしくね」
差し出した手は握られた。これからよろしくね。リカルド。