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23話 逃げて一人前

「よいしょ」

「ブモォ!?」


 杖を押し返すように振るう。オークを後退させて、図鑑を取り出す。


「オークとなんか戦ったら駄目でしょ。それに図鑑ちゃんと見た?」


 パラパラと図鑑をめくる。目的はオークのページ。


「オークは全身が大きな筋肉と脂肪で覆われており、剣や弓で挑むことは推奨しない。挑む場合は、目や耳などを攻撃すること。図鑑に書いてあるでしょ?」


 図鑑のオークのページを読み上げる。魔物の生態や弱点など、図鑑は色々教えてくれる。剣で攻撃するんだから、首じゃなくて目や耳を狙わないと。


「な、なんでお前……」

「なんでって、今日私は先生なの。先生が生徒から目を離す訳ないでしょ」


 ケイ君と別れた後、私はこっそりと彼の後ろをついて見ていた。先生として、生徒を見ておかないとね。……なんかますますストーカーに磨きがかかった気もするけど。


「ブルルル……」


 突然の乱入者にオークは様子見ってところかな。このまま引いてくれれば、楽でいいんだけど。


「ぐっ……、うう……」

「動かなくていいよ。立てないでしょ。シルフの風纏ってても結構ダメージ入ったね」


 別れる直前、彼にはシルフから風を纏わせてもらった。風は彼の足音や匂いを紛らわせ、魔物に気づかれにくくし、攻撃を受けた時も軽減してくれていた。頭や首は守れてたし、衝撃で一時的に動きにくくなってるだけみたい。風がなかったら死んでたね。まあ、なかったらここまで来れてないだろうけど。


「ブル、ブルルオッ!!」


 起き上がろうとするケイ君を見て、オークはまた興奮しだす。握られた拳。今回の標的はケイ君の前に立つ私だ。攻撃が来る。


 オークは再び拳を振り上げる。拳を正面から何度も受けていたら、この杖が持たない。もらった杖は折れたから前の木材に戻ってしまった。


 だから、横から叩く。


「力のある相手の攻撃は真正面から受けたら駄目だよ。避けるか、流すこと」


 杖でオークの拳を横から軽く叩く。それだけで、拳の軌道は変わり、着地点が私から横の地面へと変わった。


「攻撃は焦らず、的確に弱点を」


 拳が地面へと着地し、頭も下がって頭部ががら空き。耳へと杖を振るう。


「ブゴッ!?」


 耳を殴られたオークは元の体勢も悪く、そのまま地面に倒れ込む。チャンスだね。


「チャンスで攻める時も落ち着いて。相手も必死に反撃してくるから、こういう時こそ落ち着いて相手をよく見ること」


 杖を振るいながらオークの様子を見る。オークは片手で自分を守り、もう片手は私を払いのけようと必死に振るっている。


 その手に当たり倒されたりすれば、逆にこちらがピンチになりかねない。ここで攻め込む必要はない。もう離れることにしよう。


「ブル、ブルウゥ……」


 ふらつきながらオークは立ち上がる。だが、その目には先程の様な闘志は無い。


「あっ! 逃げたぞ! 追いかけないのか!?」


 立ち上がったオークは私達へ背を向けて駆け出した。逃げることを選択したのだ。


「追いかけないよ。オークは今回の目的じゃないし。目的はサンロダケ。目的の達成が優先」


 逃げたオークは気にせず、元々の目的であるサンロダケを。目的の達成が第一優先。関係のないオークを追撃する必要なんてない。


 そもそも、オークとの戦闘自体そんな力を入れる必要がない。目的はサンロダケを採取し、帰還すること。オークで体力全部使って、サンロダケ採取出来ませんでした。他の魔物に襲われて対処出来ませんでした。なんてなる訳にはいかない。実際、私は今の戦闘でほとんど体力を使わなかった。


「それに罠かもしれないよ。ここのことは向こうのがよく知ってるんだから、何か罠を仕掛けて誘い込もうとしてるのかもしれない」


 地の利は向こうにある。逃げるのは演技で、追いかけていくと何か罠があるかもしれない。深追いは基本的にしないほうがいい。


「サンロダケゲット。競争は私の勝ちだね」


 オークがいた場所の近くに生えていたサンロダケを採取する。これで競争は私の勝ち。まだまだだね。


「さ。サンロダケも採れたし、帰ろっか。シルフお願い」


 目的は達成された。もうここに留まる理由はない。杖でシルフを呼び、元いた森へと送ってもらった。ありがとうね、シルフ。ここからは歩くよ。採取した薬草置きっぱなしだったから、回収しないといけないし。


「薬草持ったね。じゃあ、ギルドへ戻るよ。もう歩けるでしょ」

「……うん」


 薬草を回収し、ケイ君とギルドへ向けて歩き出した。




「なんでオークと戦ったのさ」

「……いけると思った」


 帰り道。二人で並んで歩く。が、ケイ君はこちらを見ない。俯いたまま返事をする。

 

「ハイゴブリンだって、一歩間違えたら危ないんだよ。それまではちゃんと避けていたんだから、そうしないと」

「……逃げるなんてかっこ悪いだろ」


 ぼそっと吐き捨てる様言う。

 逃げるのはかっこ悪いか。それは違うよ。


「かっこ悪くなんかないよ。むしろ、逃げるのはすごいことだよ」

「え?」


 ケイ君が顔を上げてこちらを見てくる。私の真意をはかりかねるというように。でも、何も変なことじゃないよ。


「逃げるのって怖いし、難しくない?」


 私はこう思ってるだけ。


「こっちが見つけたってことは、相手からも見つけられるってことだよ。だから、見つからない様にルート決めてさ、音とか気配消して移動しないといけないんだよ」


 見つかっていないなら、見つかる前に逃げるのが一番。でも、適当に逃げたら見つかってしまったり、音で気づかれる場合もある。そうならないルートや方法を瞬時に決めて、実行しないといけない。


「見つかって、追いかけられる時なんてさ、逃げるのすごい怖いじゃん。だって、相手に背中向けるんだよ? 何されるか見えないじゃん。それに目の前の障害物避けながら、背後から来る攻撃とかも避けないといけないんだよ? 怖いし、難しいよ」


 前も後ろも全部見て、全速力で走らないといけない。走りながら、逃げられるルートを瞬時に判断もしないといけない。行き止まりに当たってしまったら目も当てられないしね。これすごく難しいし、怖いと思うんだ。


「ちゃんと逃げることが出来て、ようやく一人前じゃないかな」


 逃げるのは、生きる為に一番必要なことだと思う。だから、それが出来るようになってようやく始まると思う。まだまだこれからだよ。

 

「まあ、積極的に逃げろなんて言わないけどさ。でも、基礎からちゃんと積み上げていかないと、いつか大変な目に合うかもしれないよ。それに、知ってることでも改めてやれば、何か新しい発見があって成長出来るかもしれないしさ。ゆっくり頑張っていこうよ」


 確かに、新人教育なんて退屈で不必要かもしれない。でも、知ってることでもおさらいとして受ければ、より理解を深めたり、新たな発見があるかもしれない。一段飛ばしで成長なんて出来ないから、ゆっくり一段ずつ登って行けばいいと思うんだ。


「…………俺、父さんとかとよく狩りに行っててさ。薬草採取なんか何回もしたし、Cランクの魔物だって、みんなと狩ったことがあった。だから、何でも出来るって思ってた」


 ケイ君はポツリポツリと言葉を吐き出した。手慣れる感じや、ゴブリン程度なら簡単に倒せるのは過去からの経験のおかげなんだね。それはいいことだね。でも、自分がちゃんと見れなくなってちゃ駄目だよ。

 

「………………でも、今日分かった。俺まだまだザコかった。知識も経験も技術も何もかも足りなかった。今日痛いほど実感した。だから、これから頑張るよ。先生が教えてくれた通り、基礎からきっちり勉強していくよ」


 ケイ君の目には決意の光があるように思えた。この子はもう大丈夫だろう。挫折を経験して、そこから立ち上がろうとしている。頑張れ。応援しているよ。


「頑張ってね。ケイ君ならきっと強くなれるよ」

「うん。…………それで、いつか先生のこと守れるぐらい強くなるよ」


 ぼそっと言うケイ君。そっか。私を守るか。


 じゃあ、今お願い。


「サンロ山行ったのギルドに怒られると思うしさ。ケイ君、守ってくれない?」

「……は?」


 ギルドからはみっちり怒られました。

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