22話 新人
コンコンとノックする。はい、ビー玉あげるからよろしく。
「サンロ山まで」
『かしこまりましたー!』
「え? ええ!?」
フワッと浮き上がり、ビュンと加速する。シルフに乗ればすぐ着くね。
「ちょっ、こ、こいつなに!? なんか浮いてんだけど!?」
「大丈夫だよ。馬車みたいなもんだよ」
ほら、暴れないで。落っこちたら大変だよ。怪我では済まないよ。
「はあはあ……。い、今のはいったい……、そ、それにサンロ山って危険地帯じゃないか! Aランクの魔物がウヨウヨいる山だぞ!? なんでこんな所連れてきたんだ!」
「なんかこの山にさ、サンロダケってキノコがあるらしいんだよね」
「は?」
この間お姉さんから聞いたサンロダケ。サンロ山のみに生える珍しいキノコ。
「すごく美味しいらしいんだよ。だから、そのキノコを採ろうと思って」
すっごく美味しいけど、生えてる場所が場所だから、市場とかに全然出なくて手に入らないんだって。そんなの聞いたら食べたくなるよね。
「普通の新人教育じゃ物足りないんでしょ? だから、足りるやつさせてあげようと思って」
君の為にわざわざ用意してあげたんだよ。ありがたく思ってね。あ、キノコはちょうだいね。
「な……、……は、はは。じょ、上等だよ。やってやるよ!」
「そうこなくっちゃ。サンロダケはこれね」
図鑑でサンロダケののページを示す。図鑑持ってるよね。これと同じの採ってきてね。
「じゃ、どっちが先に見つけられるか競争ね。見つけたらこの通信機で連絡してね」
ギルドから支給された通信機を渡す。さあ、競争だよ。
「え、別行動?」
「そりゃ一緒じゃ競争にならないじゃん。あれ? 楽勝なんだよね?」
「と、当然だろ!」
「じゃ、頑張って〜。はい、ヨーイドン」
ケイ君と分かれて、私達はキノコ狩り競争を開始した。
「チッ。なんなんだ、あいつ」
アリシアと別れ、ケイは一人で山の中を歩いていた。
Aランク魔物が蔓延るサンロ山。最大限の注意を払いながら、慎重に一歩一歩進んでいく。幸い、今日は風が強いらしく、風がケイの存在を隠してくれていた。
「……魔物は居ないな。……サンロダケ。キノコにしては珍しく、日が当たる場所に生える。その為、遮るものが少ない、山の頂上付近に生えていることが多い」
図鑑でキノコを再確認する。目的の物は山の頂上付近にありそうだ。目的地を確認したところで再度歩き始める。今の所何の気配も感じない。安全であることが確認出来ると少し気が緩む。
「なんで俺がキノコ狩りなんか。それに、あんなダルダルしたやつがAランク? ふざけんなよ。それなら俺もAランクスタートでいいだろ。なんで、Eランクスタートなんだよ!」
足元にあった石を蹴飛ばす。石はてんてんと転がっていく。その行く先を追いかけ顔を上げると、遠くに何かいるのが見えた。
「あれは……、オーク?」
見えたのは二足歩行する豚の魔物、オーク。しかも、ここの距離から見てもかなり大きな事がわかる。通常のオークより一回り以上大きい。通常はBランクのオークだが、あれはAランク並みの個体ということだろう。
「……まだ距離はある。こちらにも気付いていない。迂回だ」
あのオークとの戦闘は得策ではないと判断したケイ。オークとの戦闘は避け、迂回を選ぶ。しかし、
「なっ……! 向こうにも魔物が……!」
迂回先にも魔物が居た。リザードマンの群れだ。あちらもまだ気付いていない。しかし、戦えばこちらが負けることは明白。迂回先を変える必要がある。
「……チッ。遠回りになるが仕方ないか」
目的地へ遠回りになるが、戦闘するわけにはいかない。
ケイは自分の力に自信は持っていた。しかし、今まで戦ったことがあるのは最高でCランク。それも単独ではなく、複数人で協力して倒したもの。だから、この状況で戦闘には踏み切れなかった。
迂回に次ぐ迂回。頂上へは中々辿り着けない。この進めない状況に段々苛立ちが募ってくる。
「くそっ! めんどくせえな! 全然……また魔物が。あれはハイゴブリン」
ハイゴブリン。ゴブリンは人間の子どもぐらいの背丈だが、ハイゴブリンは人間の大人と同じぐらいの背丈となる。筋力も上がっており、背丈は人間と変わらなくても身体能力は大きく異なる。
「ハイゴブリンはCランク。しかもあいつ一匹で、まだこっちに気づいていない。……いけるか?」
身体能力は高くとも、知能はそこまで高くはない。それに、気づいてないなら、急所を一撃で倒せるかもしれない。
いけると判断したケイは音を殺し、ハイゴブリンへ近づく。剣を抜き、一撃であいつの首を狩る。そう思い、慎重に近づく。そして、
「げ? ぐぎゃおおお!?」
背後から首へ一撃を入れた。直前に気づかれた為、首を落とすまではいけなかったが、十分な一撃を。
「はあああ!!」
続けて二撃、三撃とハイゴブリンに入れる。そして、ハイゴブリンは動かなくなった。
「……はは、ははは。やった。やった! 俺勝ったんだ!」
Cランクのハイゴブリンを一人で倒した。偉大なことを成し遂げたと歓喜するケイ。
ハイゴブリンを倒したことで道は開けた。迂回の必要はなく、そのまま上へと向かう。順調に進み、遂に頂上付近へ。
「この辺りにキノコがあるはず。……あっ」
あった。あのキノコは目的のサンロダケ。あれを採取すれば、研修終了だ。
だが、ケイは動かなかった。キノコを見つけたと同時に、別のものも見つけていたからだ。
「……あいつ、さっきのオークか……?」
先程見た通常より一回り以上大きいオーク。それがキノコの側に居た。
「……どうする。あのオークが邪魔だ。けど、倒せるか?」
相手はAランク相当のオーク。あの見た目からして強いことは間違いない。
「……いや、俺ならいける」
ケイはそう確信した。何故なら、あんなに簡単にハイゴブリンを倒せたんだ。Aランク相当のオークと言えど、今の自分なら倒せるはず。
あのオークもこちらに気づいていない。俺は隠密行動も中々出来るらしいと笑うケイ。バレずに近づき、剣を抜き、タイミングを伺う。……今だ!
背後から斬りかかる。狙うは首。首を落として、俺の勝ちだ!と意気込み、力いっぱい剣を振り下ろす。しかし、
「なっ!?」
持てる力最大の一撃。しかし、それはオークの首裏を少し斬っただけだった。
「ぐ、オラオラオラ!」
ケイは二撃、三撃と追撃する。しかし、剣をいくら振れどオークの生命へ届かない。それどころか、重傷ともならない。
「ブォオオ!」
「がっ!?」
攻撃を受けたオークが振り向きざまにケイへ拳を振るう。その一撃をなんとかガードしたが、大きく吹き飛ばされてしまう。そして、気づく。圧倒的な力の差を。
(あ、あれ? た、立てない……?)
吹き飛ばされたケイは立ち上がろうする。しかし、いくらそうしようとしても、立ち上がる事ができない。上体だけなんとか起こすも、これ以上手にも足にも力が入らない。
「ブモモオオオ!!」
そんなケイへオークが迫る。大した傷にならなかったとしても、急に襲われ、傷つけられたのだ。激昂し、ケイを叩き潰そう迫る。
「や、やめ、止めろ! 来るな! 悪かった! 俺が悪かったから!」
懇願するケイ。しかし、オークに意味などない。
「ちょ、謝るって言ってるだろ! 謝ってんだろ! 謝るって! ごめ、あ、ああっ! ああいやあぁぁ!!」
オークはその強靭な拳を振るう。人間などいとも簡単に粉砕する拳。それがケイを襲う。はずだった。
「それじゃあ駄目だよ。ケイ君」
杖でオークの拳を受け止めたアリシアがいた。