18話 妄想パティシエール
「………………」
目の前にあるのは、手のひらサイズの黒い物体。それが数枚並んでいる。
『ん? 何してるんだお前。……この黒いのなに?』
「……私の気持ち?」
『お前性格悪いもんな』
「はあ!?」
私の性格が悪いって何さ。ここまで真っ黒じゃないし。
『うわっ、カッチカチ。なんで炭なんて作ろう思ったんだ?』
「……クッキーです」
『は?』
ぼそっと小さく一言。猫のくせに聞こえなかったの。
「クッキー作ろうと思ったの! そしたら、これが出来たの!」
『炭入りクッキー?』
「炭から離れてよ!」
炭なんて入ってないし! 普通のバタークッキーだし!
「なんで上手くいかないんだろうなぁ。ちゃんとレシピ通りにしたのに」
『それ、いつものことだろ。お前の料理が上手くいったことないじゃないか』
……確かに私が料理すると焦げたり、生焼けだったり、変な味がしたりするけど、どうしてだろう。ちゃんとレシピ通りにやってるのになぁ。
『それにしても、なんでクッキーなんか作ろうとしたんだ?』
「………………ヴェンにあげようと思って」
『ええっ!?』
何さ。そんなに驚かなくていいじゃん。
『お、お前……。……そうか、お前も成長したんだな。うっ! ボクは嬉しいぞ!』
「何なのあんた……」
涙ぐむような演技をするカーバンクル。引っ叩いていいかな?
『人を好きになるということが分かったんだな。偉いぞ、アリシア』
「だから、何なよ。っていうか違うし。好きとか……そんなんじゃなくて。前あんな凝った杖貰ったし、……壊したけど。それに一緒に調査にも行ってくれたし、……私のせいで死んだけど。……とにかく! 何かお礼をしたいの! ヴェンお菓子好きって言ってたから、それで……」
『ほ〜お。ま、いいんじゃないか。プレゼントなんて素晴らしいぞ」
何ニヤニヤしてんのよ。そんなんじゃないって言ってるじゃん。
「でも、なんか上手くいかないし……。やっぱりお店の買ってこよう」
素人の手作りなんか嫌って人もいるし、ちゃんとお店で買ってこよう。嫌なのに受け取らせるなんてしたくないし。
『諦めるなよ。ちゃんと自分で作ったの渡したほうがいいぞ』
「でも、こんなのあげるわけにいかないし……」
『じゃあ、あいつ呼べばいいだろ』
「……それはちょっと……」
それはちょっと違う気がするな。その手段は取ってはいけない。
『背に腹は代えられないって言うだろ。ほら、呼べよ』
「ええ……、でも……」
『じゃあ、この炭ヴェンに渡してくるな』
「ちょっと! ああ、もう! 分かったよ!」
炭質を取られて、もう呼ぶしかなくなった。この卑怯な猫め。
はあ、嫌だなぁ嫌だなぁと思いつつ、ノックする。お願い、出ないで!
『呼びまして? アリシア』
……出てしまった。残念ながら現れてしまったのは、ふわふわの髪を二つくくりにした少女。お菓子の精霊、リリィ。
「クッキーの作り方教えて欲しいんだけど」
『クッキー? いいですわ! でも、アリシアがお菓子作りなんて珍しいですわね。誰かにあげるのですか?』
「……自分で食べるんだよ」
『男にあげるんだぜ』
「ちょっ!」
なんで言うのこいつは!? そんな事言ったら、
『んまぁー!! アリシアが殿方に贈り物を!? いったい何があったんですの!?』
ほら、うるさくなった。
「別に何もないよ。ちょっとお世話になったってだけで……」
『すんごい凝った自作のプレゼントされたから、そのお返しなんだぜ』
『ほうわぁーー!! 先に向こうから贈り物を!? しかも自作で凝った物を!? これはもうきてますわー!』
だから、なんで言うの!? 別に何もないのに、勘違いしてるじゃん! これじゃあ、また変なこと……
『贈り物のお返しにクッキーを焼いたアリシア。彼はちゃんと受け取ってくれるか、美味しいって言ってくるか、ドキドキしながら待ち合わせ場所で彼を待つの。そして、遂に彼がやって来た。その胸の高まりからアリシアは赤面し、いつも見ていたはずの彼と目を合わせることすら出来ないのですわ。目の見れず、うまく話せず、ドギマギしてしまい、最後には押し付けるように彼に渡してしまうの。そんなアリシアに彼は少し困惑しながらも受け取り、袋を開け、目を見開く。中には不格好ながらも愛を感じるクッキー達が。彼はそのクッキーを一枚取り出し、口へと運ぶ。そして、『美味しいね』とアリシアへ微笑むのですわ! その一言にアリシアは更に赤面しつつ、嬉しくて涙が出てしまうほど。そして、アリシアは言うのですわ。『じゃあ、次は私のことを……』ぅんまぁー!! いけませんわ! いけませんわ!! アリシアったらそんな大胆に! それに、まだ昼間ですわ! でも!! それがいいんですわぁ!!! アリシアから精一杯の誘惑を受けた彼は耐えきえず、ついにアリシアの……』
「ちょっといつまで言ってんの!?」
ほら、始まったよ! 何その訳わかんない妄想は!? だから、リリィ呼ぶの嫌だったんだよ! この変態妄想パティシエール!
『はぁ……。これは胸が高まりますわ! ……うっ! でも、まさかあのアリシアが恋に目覚めるなんて……!』
『ああ! 感慨深いよなっ……!』
「深くないよ」
ヨヨヨっと二人して泣く演技を。もういいってそれ。
『だって、今まであなた全く殿方に興味を持たなかったじゃないの。格好いい殿方がいても『ふーん』としか言わないし。王子と婚約したというのに、何もしなかったでしょう。こっちはいつベッドインするのかと楽しみにしていましたのに』
「何楽しみにしてるの……」
あの王子とベッドインなんか何も楽しくないよ。いったい何を期待してんのよ、この変態は。
『だいたいアリシアはガードが硬すぎるんですわ。殿方へこちらから隙を見せてあげることで、向こうも攻めていけるようになるというのに。鉄壁すぎて誰も近寄ろうとしなかったじゃないですの』
「別に何もしてないよ」
私何もしてない。何もしてないけど、誰も寄って来なかった。私から行っても逃げられた。私悪くない。
『してますわ。現にいつもの服装もですわ。足が出てるのは良しとして、上がカッチカチじゃないですの! アリシアは顔もスタイルもいいのですから、もう少し自分を見せていくべきですわ! 少しぐらい攻めた服装もすべきですわ。そう、いつもと違う服装のアリシアに彼はドギマギしてしまいますの。その露わになった魅力的な体は、彼が眩しすぎて直視出来ない程。でも、彼の目は普段と違うアリシアに釘付けになるのですわ。見ないように見ないようにと思う程、目はアリシアから離れない。そして、ついに我慢の限界を超えた彼はアリシアを……』
「もういいーって! 早くクッキーの作り方教えてよー!」
だからあ! クッキーのぉ! 作り方教えてよー!!
『ああ、そうでしたわ。クッキーでしたわ。では、まずはその彼のこと教えて下さいまし』
「はあ? なんで?」
なんでヴェンのことをリリィに教える必要があるのさ。また、面倒になるだけじゃん。
『その彼に贈るのでしょう? 彼のことを知って、彼が喜ぶ物を作る必要があるじゃないですか』
「別に、多分なんでもいいよ。ほら、レシピはここにあるから。これうまく作れる方法教えて」
リリィに一冊の本を見せる。
「猿でもできらぁ! お菓子の作り方ぁ!!」と書かれた本のクッキーのページを。
『…………このレシピは駄目ですわ』
「は?」
『このレシピからは愛を感じませんの! このレシピは普通のクッキーの作り方というだけですわ!』
「それでいいんだけど?」
全然それでいいんだけど? むしろ、それを作りたいんだけど?
『駄目ですわ! ちゃんとお相手のことを考えないと! そうですわ! 今からその彼を調査するのですわ!』
「は?」
は? ちょっと、何言って……、
『カーバンクル、行きますわよ! 早く彼の元へ案内してくださいまし!』
『任された!』
「え、ちょ、本気で、ええっ!? ちょっと!? 本気で行く気なの!?」
『行きますわーー!!』
ガチャと扉を開けて出ていく二人。本気でヴェンのところ行くつもり!? こんな二人放っとけるわけないじゃん!
私は慌てて、飛び出した二人を追いかけた。




