深夜の奇妙な訪問者
イナマートに着くと、さっそく同僚の一人が声をかけてきた。
「おーい、大丈夫か? さっきの地震、結構デカかったんだぜ。店が無事だったのが奇跡だよな~」
……地震?
俺は思考を止め、彼の言葉を反芻した。
「……じ、地震? え、マジで? 全然気づかなかったんだけど……」
眉をひそめながら言うと、彼はあっけらかんと笑った。
「ははっ、まさか寝てたのか? まじで? お前、図太すぎだろ!」
――地震かよ!?
くそっ、完全に見逃した……
朝は墓石レベルで静かに眠ってたからな。生きてるのが奇跡ってやつか。
「余震が来るかもしれないから、気をつけろよ。店閉めて帰っていいって、マネージャーに相談してみたら?」
交代の二人が帰り支度をして、夜勤を俺に引き継いだ。
……帰る、か。
いや、ムリだ。俺にはこの店のマネージャーに借りがあるし――それに金。そう、結局は金の問題だ。
だから俺は、今夜もここに残る。
大きく息を吸って、俺はいつもの業務に戻った。
カウンターの下に刀をしまう。お守り代わり、あるいは非常用武器。
棚を整理し、前のシフトの報告を確認して、また椅子に腰掛ける。
――夜が始まった。
またもや、退屈な夜。
愛想笑いを浮かべながらレジを打ち、釣り銭を渡して、機械のように「ありがとうございました」を繰り返す。
正直、気が狂いそうだった。金のためじゃなきゃ、とっくに逃げ出してる。
ついに俺は負けを認めた。
――退屈に。
店内が静かになった頃、スマホを取り出して『ワンピース』を観始めた。
……いや、わかってるって。バレてるだろうけど、いい作品なんだよ。本当に。ハマるから。
客が一人、また一人と現れては去っていく。
時計の針は進み、気づけば真夜中。
外はまだ、静かに雨が降り続けていた。
俺はガラス越しの雨をぼんやりと見つめながら、つぶやいた。
「この雨、いつ止むんだろ……三日? 一週間? 一ヶ月? それとも……永遠に?」
「――そうだといいな。」
ビクッ!
……今の声……俺のじゃない。
「はっ?! だ、誰!?」
――彼女だった。
昨夜、あの“強盗”のような女。
……また現れた。
心臓の鼓動が跳ね上がる。
しかも、まるで俺の心を読んだかのようなタイミング。
まさか、テレパシー!? いやいや、そんなバカな――
でも……なぜまた来たんだ?
俺は反射的に刀を思い出す。
しまった、どこだ? ああ、下だ! 早く!
震える手をカウンター下に滑り込ませる。
なぜだろう、こんなにも怖い……
「……ねぇ。」
その声が――俺の目の前にあった。
見上げると、彼女がいた。
たった数センチ先に。
目と鼻の先だ。
「うわっ……!」
俺は反射的にのけぞり、背後の棚にぶつかって尻もちをついた。
商品が頭上から降ってくる。
……だが、見上げた瞬間、世界が変わった。
恐怖が、どこかへ消えた。
初めて気づいた。
――彼女は女だった。そして……驚くほど、美しい。
レインコートのフードを下ろすと、白銀の髪が流れ出した。
まるで店内の光を反射するように、淡く輝いている。
透き通るような白い肌。
そして、闇夜を貫くような紅の瞳。
アルビノ? ヴァンパイア? それとも、異界の存在?
昨夜は、男の襲撃者だと思い込んでいた。
でも、現実は違った――
これは天使か、あるいは悪魔か。
……気を抜くな。
俺は立ち上がり、刀を構えた。震える手で彼女を指す。
「あ、あんた……なんの用だ……!」
うわ、声が裏返ってる!? 完全にビビってる子供じゃねぇか……!
武器は持っていない。だが、間違いなく昨日の人物だ。
気を抜けばやられる。油断するな……!
「失礼ね。私はお客さんよ?」
彼女は淡々とした声で、冷たい目を向けてくる。
店内が静まり返る。
他の客がざわつき始める。
そして俺だけが、刀を持ったまま突っ立っている。――……どう見ても、俺が不審者だ。
……くそっ。
俺は刀を下げ、軽く謝り、形式的に「いらっしゃいませ」と言った。
彼女はふらふらと店内を歩き回った。
買い物の気配は一切ない。
半時間ほど、まるで幽霊のように棚の間をさまよっていた。
最後の客が店を出た後――
彼女はカウンターへ戻ってきた。
「あなた……」
「は、はいっ!?」
彼女の視線が、俺の体を貫く。
心臓が跳ねる。
「――あ! 昨日の人ね! バットで私を殴った人!」
「はっ!?」
……覚えてるのかよ!?
ていうか、お前が先に襲ってきたんじゃなかったか!?
記憶違い? いやいや、俺は正当防衛だぞ……!
彼女は手を差し出してきた。
「その刀……返してもらえる?」
俺は息を呑んだ。
ゆっくりと、刀を取り出す。
彼女は何も言わず、冷たい瞳でこちらを見つめている。
沈黙。緊張。心臓の鼓動が止まらない。
――なんで、こんなに綺麗なんだよ……!
「うん、やっぱり……似てるわね」
俺は眉をひそめた。
「……は? なにが?」
「ごめんね。でも――」
ドンッ!!
彼女は突然、カウンターを平手で叩いた。
俺は息を止める。
その音が、店内に響いた。
「椅子、ちょうだい」
俺は何も言えず、椅子を取り出して差し出した。
彼女は座った。俺の真正面。
……近くで見ると、もっとヤバい。
現実感がないくらい、美しい。
深く息を吸い込み、彼女は俺をじっと見たまま言った。
「――手を出して」
「は? 手? なに、握手でもすんの?」
戸惑いながらも、俺は手を差し出した。
彼女はその手を、やさしく、そっと包み込んだ。
冷たい。
でも柔らかい。
……信じられない。この手が昨日、俺のバットを粉々にしたなんて。
そして――
ビリッ!!
「うぐっ!?!?」
全身に、電撃のような衝撃が走る。
体が硬直した。
彼女は目を細め、俺を見つめる。
「やっぱり、そうね」
「な、何が……!?」
「私の名前はフェイ。別の地球から来た者よ」
…………
……は?
「……あ、ああ。そうなんだ……」
――って、はああああああああああああ!?!?!?
ちょっと待って! どういうこと!?
こいつ、何者!? やっぱり俺が夢見てんのか!? それとも、本当に世界はおかしくなってきてるのか――!?