第6話 ヤツは死んだんだ…
きゃあああーっ!
浴室から悲鳴が聞こえた
さっき娘が入ったはずだ…
くみ、どうした!
娘の悲鳴を聞いた俺は
脱衣所を兼ねた洗面所に飛び込むと叫んだ
だが、いくら自分の娘でも
浴室までは入って行けない
躊躇ってその場で立ち尽くす俺…
後から続いて来た女房に
浴室内のくみを任せる
バスタオルにくるまれて出て来た娘に
何があったのかを聞く
震える身体で娘が事情を話した
またカニだって…?
確かにくみの言った通り
ここら辺りにカニは生息していない筈だ
それは俺も十分に知っている
ここで暮らし始めて半年経つんだ
それなのに…
これだけ一度にカニを見かけるのは
娘が言う様に、やはり何か変だ…
しかし、小さなカニに怯えるというのは
くみの奴も少しおかしい…
やはり、まだ…
あの事件を忘れられないのか
最近は明るく振舞っているから
俺も女房も安心していたが
あの事件は、くみにとって…
一生忘れられない出来事だろう
かわいそうに…
あれだけの体験をしたんだ
いや、ヤツにさせられたんだ
俺とくみで終わらせたが
あの島でヤツにされた事が
まだ、くみの心に影を落としているのか…
悲しいが、無理もない…
俺は刑事だったから
荒っぽい事件は慣れっこだったが
一般人である娘にとっては
一生に一度でも出会いたくなどない
忌まわしい事件だったんだ
彼女にとってトラウマとなってしまった
何もかも、ヤツのせいだ
あの変態のサイコ野郎!
ヤツが俺の娘に… クソッ!
だが…
もう終わったんだ
ヤツはくみ自身の手で
とどめを刺したんだ
そう、ヤツは死んだ…
俺は、この目でヤツの残骸を見た
爆発で身体の付け根から千切れ飛んだ
ヤツの左腕と両脚だ
たとえ即死は免れたとしても
あれでは生き延びられっこない
仮に…ヤツが生きてたとしても
半年程度では何も出来はしないだろう
そんな事は万に一つも無いだろうがな
だから、ヤツに関して心配はない
くみが怯えるのも
小さなカニの姿が
あの娘に幽閉されていた島を
思い出させるのかもしれないが
一時的なものだろう
また掛かり付けの医者に連れて行こう
その日は店を休んだっていい
俺が付いて行ってやらなければ…
あの娘は俺達夫婦にとって
たった一人のかけがえの無い娘なんだ
俺の一生をかけても護ってやる
現実的な存在からはもちろん
くみの嫌な思い出からも
俺が命がけで護ってやるさ
そのために俺は刑事を辞めたんだ
いつも、くみのそばにいるために…
もう、あの娘を離さない
俺達は特別な親子だ
血がつながっているだけじゃなく
命がけでサイコ野郎を殺し
あの島を脱出した同志でもある
ヤツを殺した事は誰にも言ってない
これだけは女房にもだ
話せるはずが無い…
俺とくみだけの秘密…
正当防衛と緊急避難…
どちらも認められるだろう
だが、裁判で無罪となっても
あの娘の心の傷は
癒す事が出来ない
俺と女房との愛だけが
くみを癒してやれる
それだけを信じて今は暮らしている
三人で助け合って
そう、これからもずっとだ…
だから気を付けなければ
くみの様子には…
カニなんかに怯える事のない
昔の明るかった少女時代の様に
俺達が戻してやらねば…
そのためには
俺の全てを投げ出してもいい
くみだけは必ず…
俺が護り抜く
安心しろ、くみ…
お前にはパパが付いてる