第43話 ヘリで逃げるカニの王! 白虎に打つ手はあるのか!?
「やめてっ! どこへ連れて行こうって言うの! 放して!」
くみがいくら泣き喚いても、カニの王が彼女を後ろ向きに引っ張りながら進む動きは止まる事が無かった。
「探偵さん…」
自分が人質に取られているせいで手を出せないでいる白虎の姿が遠ざかって行くのを、くみは涙を浮かべながら見つめていた。
カニの王は嫌がるくみを後ろ向きに無理矢理引きずり、足元を人食いガニの群れに護衛させながらヘリポートに向かって移動して行った。そこには防水シートで覆われた一機のヘリコプターが駐機されているのだ。
「うひひひひ、僕って何て頭がいいんだろうw いくら白虎だろうと翼も無いヤツに空を飛べる訳が無いんだ。ヘリで脱出しさえすれば、もう追っては来れないもんね、うひひ。
僕とくみの二人で島を脱出したら、ヘリからの無線操作で地下の武器庫に火をつけて、ヤツごと島を吹っ飛ばしてやるんだ。いろんな証拠を隠滅するためにもね。
なあに、あんな島は他に幾つも持っているから、惜しくなんて無いよ~だ。うひゃひゃひゃ!」
カニの王はくみだけに聞こえる様に彼女の耳元で楽しそうにしゃべった。
それを聞いたくみは戦慄した。
「そ、そんな事したら、いくら探偵さんが不死身の白虎だからって…」
くみは先程と変わらぬ姿でエレベーターキャビンの底面に立ったまま、こちらを見つめている白虎に危険を知らせるために大声で叫ぼうとした。すると、すかさず彼女の背中に硬い物を押し付けたカニの王が言った
「おっと、そんな事したら… 君の美しくくびれた細いウエストを、僕のハサミでチョッキンしちゃうよんw 今ここで、赤やピンク色をした君の生温かくて新鮮な臓物をバラ撒いて、腹をすかせた小ガニ達のエサにくれてやってもいいのかな? うふふふ…」
今まさに大声で叫ぼうとしていたくみの身体が恐怖で凍り付き、一言も発する事が出来なかった。
『たとえ私に未練を持っていたとしても、この変態サイコ野郎なら、自分の言った事を躊躇なく実行するに違いないわ…』
「お前は生きろ…」と言い残して自分の腕の中で亡くなった父と、一人で家に居る母の事を考えると、くみは死ぬ事を恐れた。
『じゃあ、探偵さんはどうなってもいいって言うの? 私のために命懸けで戦ってくれてるのに…』
くみの心の中に葛藤が生まれ、気も狂わんばかりに彼女を苦しめた。
声を上げられないまま苦しむくみを容赦なく引きずっていたカニの王が動きを止めた。ヘリポートに駐機されたヘリコプターの地点にたどり着いたのだ。
振り返ったくみの眼前には、満月に照らされて浮かび上がった防水シートに覆われたヘリコプターの姿があった。
「ていっ!」
突然、カニの王が鋭い気合を発したかと思うと、ヘリコプターを覆っていた防水シートが、固定してあったワイヤーロープごと切断された。一瞬の事で、くみには何が起こったのか分からなかった。
カニの王が居合切りの様な目にも留まらぬ速さで左腕のハサミを一閃させ、防水シートとワイヤーロープを切断してのけたのだった。
しかし、すぐ傍にいたくみにさえ、風圧で瞬きしなければならないほどの強い風が一瞬吹いたかと感じただけで、カニの王の動きを認める事は出来なかった。しかも驚いた事に、機体には傷一つついていないという、ある意味神業とも言えるほどの技だった。
防水シートに覆われていたヘリコプターが、満月の明かりの下に姿を現した。もちろん、くみにはヘリコプターの分類や機種など分かる筈も無かったが、それが、ただの物資運搬用に用いるための機体では無い事だけは分かった。なぜなら、その機体の各部に数々の禍々しい武装が施されていたのだ。
「これって武装ヘリ…?」
くみは自分でも気付かないままにつぶやいていた。ヘリを見つめる彼女の美しい顔は真っ青で、表情は絶望的に見えた。こんな恐ろしい物まで所有していたのか…くみは改めて傍にいるカニの王を恐ろしく感じた。
『この男は怪物化する前から変質的なサイコ野郎だったけど、こんなに恐ろしい武器を島にたくさん集めて戦争でも起こすつもりだったの…?』
くみは、すっかり怪物と化したカニの王が元々持ち合わせていた人間性にも、改めて恐怖を感じないではいられなかった。
「その通り、こいつは武装ヘリさ。今の君は、何で僕がいろんな武器をいっぱい持ってるのかって顔をしてるね。
ふふふ、武器はみんな『ある団体』からもらったのさ。僕が彼らからの『この島である種の実験をさせてくれれば…』っていう申し出を受ける見返りにね。」
カニの王がくみを見つめてニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。
「ある団体…?」
「それは、君には関係ない。それに、その団体との契約で他言は禁じられてるから、これ以上は僕の王妃になる君にも言えないな。」
そこまで言うと、カニの王は黙ってヘリを発進させるための作業に戻った。彼の自分への注意が疎かになっているとは言っても、小ガニの群れに囲まれたままのくみには、逃げる事が出来なかった。
もし、この場から逃げようとすれば、小ガニ達は一気に彼女を喰らい尽くそうとするだろう。くみは本能から来る抗えない恐怖に身がすくんで動けなかった。
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ブルルンッ!
バッ!バッ!バッ! バラバラバラバラ!
100m以上離れたヘリポートから、ヘリのエンジンを始動させた音に引き続き、メインローター(プロペラ)の回転する音が響いて来た。
「野郎、遂に武装ヘリを始動させやがったな。くみを乗せて島を脱出した後、俺ごと島を爆破するとは思い切った手段だ。ヤツの考えにしちゃあ悪くは無え。
それにしても… 野郎の言ってた『ある団体』ってのが気になる。そいつらが、この島で行なっていた実験ってのもな。万が一、俺の予想通りなら…今回の一連の事件は俺の良く知ってるヤツらと結びつく。」
白虎はカニの王がくみを連れて目の前から逃亡した時から一歩も動いていなかった。それどころか、いまだにひっくり返ったエレベーターキャビンの底の上に胡坐をかいて座り込んでいたのだ。
それなのに…どうして白虎は、カニの王がくみに話した話の内容を知っているのだろうか?
その秘密を明かすなら、獣人白虎の聴力が犬をも遥かにしのぐ威力を持っているためだった。彼には、100m以上離れた場所でカニの王とくみの二人が話す内容が、すぐ傍で聞いているかの様に彼にはハッキリと聞こえていたのだ。
ヘリポートから二人を乗せたヘリが、満月に照らされて夜空にフワリと舞い上がった。
このままでは、カニの王はくみを攫って島から逃げてしまうではないか。白虎は何をのんびりとしているのか?
見る間にヘリは上昇し、ある程度の高度に達した後、島から遠ざかり始めた。本土の方では無く、太平洋に向かっている。いったい、その方角に何があると言うのだろうか?
「よし。それじゃあ、そろそろ俺もヘリを追うとするか。ヘリが空に飛んじまった今なら、もう小ガニ達にくみを食われる心配は無えからな。」
そう言うと白虎は立ち上がった。そして、高度を上げて逃げて行くヘリの方では無く、真っ暗な海の方へ身体を向けたかと思うと、右手を空に掲げて大声で叫んだ。
「戻れ! 『妖滅丸』!」
白虎が海に向けて叫んだ次の瞬間…
100m以上離れた海面に水しぶきが上がり、白虎に向けて一直線にもの凄い勢いで何かが飛来した。
パシッ!
何かを勢いよく掴み取った音がしたかと思ったら、白虎の右手にはカニの王が沖へと投げ捨てて海底に沈んだはずの魔槍『妖滅丸』が握られていた。
白虎の武器『妖滅丸』は主の意のままに伸縮するだけでなく、どんなに離れた場所に在っても主の元へと戻って来るのだった。
「『妖滅丸』の恐るべき秘密を誰にも見せられねえのが、ちともったい無えが、この際、ぜいたく言ってる場合でも無えな。」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべてそう言うと、白虎は右手に掲げ持った『妖滅丸』を空に向けてクルクルと回し始めた。
ヒュン、ヒュン、ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
回転はどんどん早まり、人間の目では視認出来ないほどになった。
そして、上を見上げた白虎が叫んだ。
「出て来い! 妖怪『火車』! お前の力が要る!」
白虎の叫び声に反応する様に、高速で回転する『妖滅丸』の中央からブオッと赤い炎が上がった。そして、燃え盛る炎は『妖滅丸』から離れると大空へと舞い上がった。
「呼んだかあ? 我が主よ!」
真っ赤に燃える炎は勢いを弱め、白虎の数m頭上でピタリと静止したかと思うと、炎の中から現れた物体が驚いた事に人語を発したのだ。その姿は時代がかった、木で出来た車輪だった。見たところ、それはまるで数百年前に馬車か牛車に使われていたかの様な古い木の車輪の形をしていたが、直径は3mほどもある大きな代物だった。
それがなぜ、人語を発するのか…?
「!」
何という事か、車輪の中心である車軸部分には白虎を見下ろす様に巨大な人間の男の顔が貼り付いていたのだ。だがもちろん、それが人間の顔であるはずが無い… 何しろ顔の大きさは60cmほどもあり…人間の数倍もあったのだ。しかも、飲んだくれ以上に真っ赤な色をした顔は、まるで絵本に出て来る赤鬼の様だった。白虎が『火車』と呼んだそれは、まさしく妖怪だった。
鬢の部分にだけ灰色の髪を残した落ち武者に似た『火車』の赤い顔は、年老いた男の顔だったが、怒りの表情をしている。その恐ろしい、人間の顔を持つ古い木製の車輪の形をした妖怪が、空中から白虎を真っ直ぐに見下ろしているのだった。
その自分を見下ろす妖怪に再び白虎が命じた。
「お前に命じる! 俺を乗せて飛べ!」
主である白虎の命令に首のない『火車』は、頷く代わりに大きな目玉をギョロリと動かして肯定の意思を示した。
「承知した、主よ! 我に乗られい!」
ヒュンッ!
頭上で空中静止していた妖怪『火車』がスッと身をどけるのを見た白虎は、エレベーターキャビンの上で数mも跳躍し、クルリと軽やかに空中回転した。すると火車が滑り込むように白虎の足元に移動し、主である白虎を自分自身の顔がある車輪の反対側である車軸部分に乗せた。
白虎が火車に飛び乗ったと同時に、それは起こった。
ドッガーンッ!
カニの館が突然大爆発を起こしたのだ。ヘリに乗って飛ぶカニの王が、操縦席から遠隔操作でカニの館の武器庫に仕掛けられた爆弾の起爆装置を押したのだろう。
ボッカーンッ! ドッガガガーンッ!
武器庫の火薬に誘爆したのか、何度も凄まじい爆発が起こり、木っ端微塵になったカニの館の残骸が四散した。
先ほどまで白虎が乗っていたエレベーターキャビンまでが爆風を受けて倒れ、寄り添うように立っていた林の木を何本もへし折った。
倒れたキャビンの上に、吹っ飛んで来たカニの館の扉や壁の残骸が降り注ぐ。残骸には木やコンクリートに加え鉄骨まで混ざっていた。あと一瞬、白虎が乗った火車の飛行開始が遅かったなら、彼らの上にも多くの残骸が雨の様に降り注いだ事だろう。
「ヒューッ! 危なかったぜ… ヤツの仕掛けた爆発の威力があれほど凄まじいとは、俺も思っても見なかった。
ヤツは自分の館を爆破する事で俺まで吹っ飛ばすと共に、屋敷内にあった自分の悪事の証拠までを隠滅しようとしやがったんだ。
だが、そうは問屋が下ろさねえぞ。俺はピンピンしてるし、証拠が有ろうが無かろうが、生き証人であるこの俺自身が地獄の閻魔大王に代わってテメエを裁いてやるぜ!」
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
白虎の乗った火車は、車輪が高速で地面を転がる様に高速で回転する事で推力を得るかの様に自在に空を飛行していた。そして驚くべき事に、火車の車輪全体が炎のタイヤを纏ったかのように激しく燃えながら水平に回転して飛行しているのだった。
だが、回転する車輪の中央である車軸部分に乗る白虎と、裏側の火車自身の顔は回転する事は無かった。
それは、信じられない光景だった。満月の照らす中、獣人白虎を乗せた燃え盛る巨大な車輪が夜空を赤く染めながら、先行して飛ぶヘリを追って飛んで行くのだった。
もし、この光景を人が見たならば、UFO(未確認飛行物体)かと思ったに違いないが、実際はそれ以上に人知を超えた不可思議な存在だった。
「行け、火車! 前方を飛ぶヘリを捕捉するんだ!」
自分の力で追う事の出来ない白虎は、もどかしそうな声で足元の火車に命じた。
「承知!」
『火車』が力強く叫ぶと、炎に覆われた車輪の回転が速くなり飛行速度も上がっていく。




