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第35話 カニの館に侵入した探偵…

海からの強い風が吹いた…

くみ(・・)の手に残っていた父の頭部だった遺灰(いはい)を吹き払っていく。

彼女は飛んで行く灰に手を伸ばし、涙を流しながら父との別れを()しんだ。

「さよなら、パパ…」

「おやっさん、()っちまったな…」

 探偵の千寿 理(せんじゅ おさむ)がポツリと言った。彼の足元には、くみ(・・)が力なく(うずくま)っている。彼女の手にはもう、抱きかかえていた父親の頭部は欠片(かけら)さえ残っていなかった。全てが白い灰になり、海から吹いて来た風に散らされてしまったのだ。

 地面に残っているのは、カニの外骨格と化していた父の8本の脚だけだった。それすら青白き浄化(じょうか)の炎は焼き始めていた。

 間もなく、くみの父親だった遺体は全て消えて無くなるだろう。


「父は天国に行ったのでしょうか?」

 夜空に浮かぶ満月を見上げて、くみ(・・)()たして千寿(せんじゅ)に向けて言ったのか、あるいはただ(つぶや)いただけだったのか、はっきりとしない口調で言った。

 だが、くみ(・・)の背後に立った千寿(せんじゅ)はどちらだろうが構わないといった態度で、やはり満月を見上げながらボソリと不愛想(ぶあいそう)な声で答えた。

「さあな… 俺は自分が手を下して、この世から消し去った魔物の行き先までは知らないんだ。

 お前さんには悪いが、答えようが無い…」

 それを聞いたくみ(・・)が背後の千寿(せんじゅ)を見上げると、今度は千寿は彼女をまっすぐに見下ろして言った。

「だがな。おやっさんは何も悪い事をしちゃいない、あの満月が証人だ。神様だって、ちゃんとご承知だろうさ。」

 千寿が自分を(はげ)ますために、わざとぶっきらぼうな口調と態度で言ってくれたのだと理解したくみ(・・)の顔には、自然と微笑みが浮かんでいた。

「ありがとう、探偵さん。あなたに依頼して本当に良かった…」

 探偵はくみの頭にポンと手を置いた。

「お前さんの態度は立派だったよ。おやっさんが笑って逝けたんだからな。

 さて、ここからは俺の仕事だ。ちょっくら、王様気取りのサイコ野郎をぶちのめして来るぜ。」

 探偵がカニの館に向かって歩き始めた。(あわ)てて立ち上がったくみ(・・)(あと)を追おうとした。

「ダメだ。ここからは、俺が一人で行く。」

 探偵が後ろを振り返らずに言った。

「私も行きます。連れて行って下さい。」

 くみ(・・)が追いすがろうとすると探偵は首だけで振り返り、背後を追おうとするくみ(・・)に向けてピシャリと言った。

「ダメだ、ついて来るな。

 残酷な様だがハッキリ言うぜ、お前さんは足手まといなんだ。」

 くみ(・・)は追おうとしていた足を止め、悔しそうに形の良い(くちびる)を強く()んだ。よほど強く噛んだのだろう、下唇に血が(にじ)み出した。

 彼女にもよく分かっていたのだ。たとえ自分が探偵について行ったとしても、何も出来ないばかりか足手まといになるだけだという事は痛いほどに分かっていた。

  だが、くみ(・・)の本心としては父の(かたき)()てないにしても、その場に立ち会ってサイコパス野郎の最後を自分の目で見届けたかったのだ。

 くみ(・・)は、その場で両手を固く握りしめ、数回深く深呼吸した。彼女の頭を父の最後の言葉がよぎった。

『お前は生きろ… 母さんの事を頼む…』

 自分が愛し、それ選以上に深く愛してくれた父の遺言(ゆいごん)だった。くみ(・・)には、父の最後の言葉を無碍(むげ)にする事は出来なかった。


「分かりました… 探偵さん、父の(かたき)()って下さい。そして、アイツに殺された多くの人達の無念を晴らしてあげて下さい。

 お願いします。」

 くみ(・・)は探偵の背中に向けて深く頭を下げた。


「了解だ。お前さんの依頼、確かに引き受けたぜ。」

 探偵はもう立ち止まりも振り返りもせず、右手を軽く上げながら答えた。

 くみ(・・)は力強い足取りで歩み去る探偵の後姿(うしろすがた)を見送った。


「この人になら(まか)せられる。いえ、この人にしか出来ないんだわ…」

 くみは両手の指を組み合わせ、空に浮かぶ満月に魔物の成敗(せいばい)達成成就(じょうじゅ)と探偵の無事を強く祈った。



    ********



 探偵の千寿 理(せんじゅ おさむ)は、甲殻(こうかく)類の外骨格(がいこっかく)状の物質で表面を(おお)われた奇妙なカニの館の玄関前に立った。

「さて、白虎様の鬼退治といこうか。今回の鬼は、クソッたれの変態カニ野郎だ。」

 そう宣言した千寿は扉のノブを(つか)んで(ひね)ろうとした。

ガチャガチャ… 扉は施錠(せじょう)されている様だった

「何の冗談(じょうだん)だ? この俺に扉のカギなどが通用するとでも思っているのか?

バキッ!

 千寿はカニの脚に似た取っ手部分を造作(ぞうさ)もなく素手(すで)で引き千切(ちぎ)った。そして、扉に開いた穴に()き手に構えた右手を突っ込むと、巨大なカニの甲羅の様な形状をした扉を手前に引っ張った。

メキメキメキ!

 千寿はダンプカーの車体並みに頑丈(がんじょう)で巨大な扉を右手一本だけで破壊し始めた。

バリバリバリッ!

 間違いなく機関銃弾を容易(たやす)(はじ)き返すほどの強度を持った扉も、この探偵と称する男の進行を止める役には立たない様だった。

 どうやら表面だけでは無く、この扉の内部構造そのものまでがキチン質で出来たカニの外骨格に似た有機物に置き換わっている様だったが、鍵による施錠や開閉のための蝶番(ちょうつがい)に関しては家屋における開け閉めが可能なドアとしての構造を踏襲(とうしゅう)しているらしかった。

 破壊され、二か所の蝶番部分が(はじ)け飛んで(ささ)えを失った扉を、数十キロはあろうかという重さにも関わらず、千寿は右手だけで軽々と屋外へ放り投げた。

ズシーンッ!

 地響きと共に、扉は斜めに地面に突き刺さっていた。筋肉質ではあるが少しもマッチョな見た目では無く、どちらかと言えば標準よりもスリムな体型をした男としては、信じられないほどの恐るべき怪力だった。

「フン、こんな外骨格装甲で俺の侵入を防げるはずが無いだろ。勝手に上がらせてもらうぜ。」


 以前、くみ達父娘が入った時と屋敷内の作りその物が変わった訳では無かった。それは先日、一人で再度屋敷に潜入したくみ(・・)の父親が確認していた。

 無論、千寿にそんな事が分かる由も無かったが、彼は屋敷の内部にどんな仕掛けが(ほどこ)されていようと平気だったのだ。空に満月が浮かんでいる今日、千寿に恐れる物など何も存在しなかった。

 玄関を出た千寿は廊下に入ると真っ直ぐに居間へと向かった。

 彼は依頼人であるくみ(・・)から聞かされていたのだ。彼女によると、この屋敷の二階に幽閉されていた当時、屋敷の主であるサイコ野郎から性的な拷問を受けている最中に居間に仕掛けがある事を自慢げに話すのを聞いた事があるという事だった。なんでも、侵入者を罠に()める仕掛けが施されているらしい。

 しかし、千寿は躊躇(ためら)いも迷いもしなかった。なぜなら、奥にある部屋の方から強くくみ(・・)の父親の残り()(ただよ)って来る事に気付いたからだ。恐らく彼が閉じ込められていた場所なのに違いない。

 そして同時に千寿は、その方向から強く匂って来る人ならざる者(・・・・・・)の匂いをも()ぎ分けていた。


 居間にたどり着いた千寿はイヌ並みに利く鼻をヒクヒクと動かした。

「間違いない。おやっさんは、ここでヤツの(わな)(はま)って捕らえられたんだ。

 さあ、俺にも罠を仕掛けて見ろよ。隠れてばかりで卑怯者(ひきょうもの)の変態サイコ野郎、遠慮するな。」



    ********



「なんだ、アイツ…? 僕んちの玄関のドアを軽々と引き千切りやがった… クソ、何て事しやがる。

 そのドア誰が補修すると思ってるんだよ。お前がカニ男を殺しちゃったから僕が直さなきゃならないんだぞ! 役立たずのカニ男にも腹が立って来たぞ。すぐにやられやがって!」

 自称『カニの王』を名乗る怪人は、この館の玄関の光景を映し出したモニターを見ながらブツブツと毒づいていた。そして、千寿がたどり着いた居間を映すカメラにモニター画面を切り替えた。

「むふふ、僕んちの居間にようこそ。お前が大見えを切った通りに、その部屋の仕掛けで歓迎してやるよ。

ほれ、ポチっとな。」

 カニの王が嬉しそうにモニターの前面に置かれたキーボードのキーを押した。おそらく、この館の機能を制御しているパソコンなのだろう。



    ********



ガラガラガラーッ!

「むっ!」

 大音響を響かせて凄まじい勢いで居間の天井部が千寿(せんじゅ)の頭上に落下して来た。忍者屋敷などにあったと言う『つり天井』の様な仕掛けなのだろうか、何トンもの重量を持ったコンクリート製のの天井が下の居間にいた千寿に真上から襲いかかった。

ズズズーンッ!

 地響きと共にカニ館全体が恐ろしいほどに()れた。まるで直下型地震が起こった様な揺れ方だった。



    ********

他愛も無い


「うひひひひひ、やったね! たいそうな自信を見せてた割りには、こんな単純な仕掛けでペシャンコになるなんて他愛(たわい)も無さすぎるじゃないか、白トラ野郎さん♪

 僕はガッカリしちゃったよ…」

 カニの館の指令室とでも言える部屋では、目の前のモニター画面に映し出されたリアルタイムの動画を見てカニの王が大笑いをしていた。

 カニの王のしゃべる内容は天井の崩落を受けて下敷きになった居間の壁に仕掛けられたスピーカーを通して、誰も聞く者のいない居間に響いていた。

「あ~あ、つまんないな。もっと僕を楽しませてくれると期待してたのにさ。スリッパで叩き潰されたゴキブリみたいに、あっけなく死んじゃいやがって。

 それじゃあ、ヤツの遺体と居間の片付けは後でするとして、くみを連れに行って彼女を徹底的に(なぶ)るとするか。くみのアソコが(こわ)れちゃうくらいに激しいセックスを()り広げる事にしよう、げひひひひひ…

 あっ、しまった… 想像してたらギンギンに()ってきちゃった。ヤバい、動きにくいw」

 卑猥(ひわい)下卑(げび)た笑いをけたたましく上げたカニの王は、目の前のマイクのスイッチを切った。そして、言葉通りにくみを(さら)いに行くべく、指令室を後にした。

 しかし、カニ男は居間を映し出しているモニター画面を切らずに出て行ったため、彼の退室後に画面に映し出された信じられない光景を見る事は無かった。

 画面内に映っていたのは居間の天井の上部、つまり二階の床に当たる部分なのだが、その部屋の家具を乗せたままの床が、モニター画面内で地震が起こったかの様にグラグラと揺れ始めたのだ。

 それだけではなかった。何トンもの重量があるであろう、その揺れていた床全体が真上に向かってグググっと持ち上がり始めたのだ。

 現在、このカニ館が存在する島の付近で地震が発生した訳では無かった。カニの王が出て行き指令室が無人となっている今、揺れる筈も無かったのだ。

 それでは、居間で起こっているこの(・・)光景は一体…?

果たして、居間にいた探偵はカニの王の目論見(もくろみ)通りに圧死したのだろうか?

居間に崩落(ほうらく)した二階の床が動き始めた状況は何を意味しているのだろうか…?

そして、父を失ったばかりで悲しみの最中(さなか)にあるくみ(・・)の運命は?

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