第2話 カニがいる!
ようやく私は…
平穏な生活を取り戻した
王様を自称するサイコパス野郎に
私が幽閉されていた
あの忌まわしい島から
パパと二人で脱出して約半年が経つ…
最近になってようやく
気持ちが落ち着いて来た
事件後に私はPTSDを発症した
心的外傷後ストレス障害…
治療に通い始めた心療内科…
そこでのカウンセリングは今も続けているが
それも最近では慣れてきた
私にとってホッとする時間でもある
主治医の先生は優しくて
心の中を打ち明けると落ち着くの
でも…
アイツはもういないって
分かってはいるんだけど…
時々うなされて目の覚める夜がある
目覚めたら全身が
汗でぐっしょり濡れている
そんな時、実家にいて良かったと
つくづく思う…
一人だったら私は狂っていただろう
事件の後
私は再び両親と暮らし始めた
あの島から帰ってからパパは
すぐに刑事を辞めた
私を助けるためとは言え
自分の犯した罪を許せなかったのだ
当時入院中だったママは
戻って来た私の顔を見て
安心したのだろうか
目に見える様に容態が改善した
私は毎日ママの見舞いに行き
いっぱいママとしゃべった
ママと交わす他愛もない会話が
すごく楽しくて
幸せに感じられた
なんで私…
家を飛び出したんだろう
そう思うと泣けてくる…
パパもママも
こんなに優しくしてくれるのに…
刑事を辞めたパパは
それまで住んでいた家を売り
退職金と合わせて田舎に土地を買い
そこで喫茶店を始めたの
都会暮らしに慣れていた私は
最初は違和感を持ったけど…
回復したママが退院し
私も入れた家族三人で
今は細々とお店をやっている
儲からないけど…
私は今の暮らしが好き
家族だけで働けて
すごく幸せを感じてる
ずっと続けていたい
心からそう思う
ふふふ、変なの
まだ店を始めて間もないのに
慣れ親しんだ気持ちでいる
店に常連のお客さんも少しずつ
来てくれるようになった
パパが淹れるコーヒーの味と
店の雰囲気が好きだって…
そう言ってもらえるのが
すごく嬉しい
パパに負けない様に
私も頑張らなきゃ
若いカップルの二人が来ると
ちょっと羨ましい
いつも隅の席に座って
今どき珍しい事に
紙の小説を読んでる人もいる
お客さんを観察してると面白いの
みんな自分の時間を楽しんでる
パパのコーヒーを味わいながら…
パパってば刑事だったくせに
こんなにコーヒー通だったなんて
知らなかったな
パパの事、見直しちゃった
ママよりも張り切ってる
パパの淹れるコーヒーが
一番美味しいんだって
遠くから通ってくれる人もいる
そんなお客さんに接する時のパパは
すごく嬉しそうな表情をしてる
私はと言えば…
男達に貢いでもらってた時と違い
贅沢は出来ないけど
今の生活がすごく好き
心が洗われていく気がする
毎日少しずつ…
この生活に慣れていく私がいる
でも最近…
少し気になる事がある
よく来る男のお客さんなんだけど
いつも黒いトレンチコートを着て
店に入っても被った帽子を脱ごうとしない
それだけじゃなく
黒いサングラスとマスクまでかけて
顔もハッキリ分からない
左手を骨折してるのかしら
ギプスなのかな…?
包帯グルグル巻きで
いつもコートの中に隠す様にしてる
いつもお決まりの彼の注文は
パパのブレンドコーヒー
一人で来るけどカウンターじゃなくて
隅の二人掛けのテーブルに座る
コーヒーを飲むときだけ
少しマスクをずらして飲んでるの
すごく変な感じ…
でも、お客さんだから…
店で問題起こすわけじゃないし
常連さんだからありがたい
だんだんと慣れて来たけど
でもやっぱり…少し気味が悪い
気のせいか、その人…
私をジッと見てるようなの…
お客さんの中には、ありがたい事に
私目当ての男の人もいるみたい
パパはお前は看板娘だと言って
からかうんだけど
でも悪い気はしない
ちょっぴり嬉しかったりもする
だけど…
あの奇妙なお客さんだけは別…
彼に見られてると思うと気味が悪い
背中を向けてても視線を感じるの
うなじの部分がピリピリする
今日もその人が来た…
いつものパパのブレンドを飲んで
しばらく居たけど
閉店間際に帰っていった
閉店後、私はすぐに掃除をする
それも店での私の仕事のひとつ
今夜も掃除をしていたら
変なものを見つけたの
カサカサ動いていた
小さな赤いカニ…
何でこんな所に…?
この近くには海も川も無い
小さなカニなんて
別に怖くは無いけど
少し奇妙に感じた…
殺すのは可哀そうだから
扉を開けて外へ出た私は
近くの草むらにカニを逃がしてやった
店に入ろうとした時…
うなじがピリピリする
あの視線をまた感じた…
振り返った私は暗くなった外を見回した
そうすると
「バタンッ!」って音がして
近くの路上に止まっていた車が
急発進して走り去った
私はビックリして見送った
車が去ってからは
背後に視線を感じないようになった
原因はあの車…?
それとも私の気のせい…?
分からない…
私は店に戻った
ドアを閉めようとして
足元を見た私はゾッとした
カニだわ… カニが、またいる…
しかも今度は一匹じゃない…
十匹以上いる!
その中の一匹が
私の脚を上って来た
私は悲鳴を上げた…
「きゃあああっ!」
かっ、カニがいる!
何で、こんな所に⁉