『私が守る側だと思ってた』──路地裏で大男を一撃KOした幼なじみが耳元で愛を囁くまで
【桜井 凛、24歳。都内の総合商社勤務。】
学生時代は陸上・バスケ・水泳で全国大会を賑わせた “学園最強アスリート”。――そんな肩書きは、ヒール靴とスーツに着替えた社会人生活で次第に過去形になりつつある。
取引先との会食帰り、夜の品川駅裏の路地。
ヒールが石畳に吸い込まれる音とともに、凛の背を塞ぐ影が落ちた。
「姉ちゃん、いい体してるじゃねぇか。ちょっと遊ぼうか?」
振り向けば、肩幅も腕の太さも自分の二倍はある大男。
いつもなら刹那で間合いを計り、蹴り一発で黙らせる――だがヒールの不安定な足場、酔いの残る頭、そして男の圧倒的な体格差。身体が先にすくんだ。
(まずい……本気で倒せないかもしれない)
腕を掴まれた瞬間、初めて味わう“力負け”の冷気が背骨を這い上がる。
「その手、離せ」
闇の向こうから落ちてきた静かな声。
細身のスーツ、黒縁メガネ、肩にかかるほどの漆黒の前髪――如月 蒼。
子どもの頃、図書室の片隅で分厚い小説を読みふけっていた “根暗” な幼馴染が、今は夜気を切り裂くように進み出る。
「チビが出しゃばんな!」
大男の拳が振り下ろされる――次の瞬間、蒼の身体が紙のように翻った。
手首を取り、肩を崩し、腰を回す。
合気道・入身投げ。
巨体が地面へ吸い込まれ、コンクリートに鈍い音が響いた。動かない。
「……蒼? いつからそんなに強く?」
震える凛の声に、彼は照れくさそうに笑う。
「大学で本を読まなくなった代わりに、道場へ通った。凛にもしものことがあったら――守れる自分でいたかったから」
まだ速く打つ鼓動を抑えきれずにいる凛の手を、蒼がそっと包む。
酒臭い夜風の中でも、彼の体温だけが確かだった。
「でも、どうしてここが……?」
「さっき“家に着いたら電話する”ってメッセージが既読にならなかった。嫌な予感がして走ったんだ」
胸が熱くなり、言葉が見つからない。
――コンクリート壁にドン、と手が置かれた。蒼の顔が至近距離。
「桜井凛。これからは俺も一緒に戦う。怖い時は、強がらずに頼ってほしい」
低く甘い囁きが鼓膜を震わせ、頬が熱を帯びる。
「……頼るよ。だって私――君がいないと負けを認められない」
蒼が笑い、額をそっと重ねる。
春の夜風が二人の影を一つに重ね、路地の闇を静かに塗り替えていった。
「高橋クリスのFA_RADIO:工場自動化ポッドキャスト」というラジオ番組をやっています。
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