第6話「静かな訪問者(エコーチェンバー島:カナリア区)」
少しずつ島での生活に慣れ始めた蓮。
ある夕暮れ、共用ラウンジで声をかけてきたのは、巡回に来たというスーツ姿の男だった。
その落ち着いた雰囲気に、蓮は どこか不思議な安心感を覚える──。
蓮は共用ラウンジの片隅で、市民ガイド端末の画面をじっと見つめていた。夕暮れの光が大きな窓から差し込み、静かな空間にやわらかな影を落としている。
SNSの投稿には陽翔がアップしたデザートの写真や、他の住人たちの反応が並んでいた。「美味しそう」「次も楽しみにしてます」──そうしたコメントのやりとりをぼんやりと眺めながら、蓮は この島での日々が、少しずつ変化していることを感じていた。
そんなとき、ドアが開き、スーツ姿の男性がゆっくりと入ってきた。落ち着いた足音が床に響き、蓮の視線が自然とそちらに向く。
「鈴木と申します。カナリア区の巡回を担当しています。突然すみません」
(……カナリア区?)
静かな声に蓮は驚きながらも丁寧に返した。
「五十嵐です」
鈴木は丁寧に会釈しながら椅子に腰を下ろした。理知的で整った顔立ちに、穏やかな口調。どこかで見たような雰囲気だと感じた蓮は、思わず口を開いた。
「……陽翔さんに、少し似てませんか?」
鈴木は、わずかに笑みを浮かべる。
「鳳凰さんですね。よく言われます。誰かに似てるって(笑)」
「驚きました。すごく整った顔立ちで……あ、いきなりすみません」
「気にしないでください。私の方こそ、急に声をかけてしまって。こうしてラウンジに来るのも不定期なので」
「陽翔さんは俺の推しなんです! 鈴木さんも、すごく話しやすくて意外でした。もっとお堅い方かと」
「なるほど、五十嵐さんの“推し”なんですね。
お堅いって、よく言われます(笑)
いきなり話しかけられると戸惑う人も多いので…ありがとうございます。
実は五十嵐さんのお名前は、前に記録で見かけたことがあって」
「記録……?」
「はい。市民ガイド端末の利用履歴や生活レポートですね。カナリア区の担当として、皆さんの暮らしぶりや端末の使い方を定期的に確認しています。だから、名前を覚えていたんです」
「端末の利用履歴見られてるの、ちょっと恥ずかしいですね……」
「はは、大丈夫ですよ。業務の一環なので気にしなくていいです。検閲済みのものしか見れないはずなので、やましいこともないですし(笑)
こうして偶然お会いできてよかったです。私が来るのも不定期ですし、こうやって住人の方とお話できる機会があるだけでも有難いです」
蓮は少し緊張しながらも、どこか安心感を覚えていた。外部者というより、穏やかで気さくな大人──そんな印象だった。
「……この島での暮らしには、慣れてきましたか?」
「はい。最初は戸惑いましたけど……陽翔さんが優しくしてくれるので、かなり助かってます」
鈴木は少しだけ寂しそうな表情を見せたが、深く詮索せずに話を進める。
「既に鳳凰さんにお聞きしてるかもしれませんが、この島には年齢ごとに区分されたいくつかのエリアがあります。このカナリア区は、その一つで20歳から39歳までの方が住んでいます。40歳になると別のエリアに移動することになっているんです」
蓮は驚きの表情で答えた。
「カナリア区? そういえば、さっきカナリア区の巡回担当って言ってましたね。
実は…初耳です。エコーチェンバー島ってことしか知りませんでした(笑) それに、ずっとこのままかと思ってました」
鈴木は穏やかに続ける。
「公式には、年齢や体調に合わせて最適な環境へ移動してもらうためとされています。もちろん、本人の希望も考慮されますが」
蓮は首をかしげる。
「でも、人によって趣味も体力も違うのに、年齢で分ける意味ってあるんでしょうか?」
鈴木は、小さく頷いた。
「確かに、個人差は大きいです。ただ、年齢を基準にした区分は、支援体制や住環境を整えるための枠組みとして機能しています。実際の配慮は個別に行われていて、本人の状態や希望も考慮されているんですよ」
少し間を置いて、鈴木は続けた。
「たとえば、美容室や医療施設などは、近い場所を利用したいという希望があれば、別のエリアに足を運んでも問題ありません。
相性もありますし、全てを厳密に年齢で制限しているわけではないんです」
「なるほど。ご丁寧にありがとうございます」
「いえ、何でも気兼ねなくお聞きください。……それと、一応お伝えしておきますね」
そう言って、鈴木は自身の端末を取り出し、画面を蓮に見せる。
「この市民ガイド端末には、“拒否”というボタンがあります。私のような外部者と会話をしたくない場合、それを押すことで、次回以降は通知が届かなくなります」
「そんな機能があるんですね。通知……今まで、来てたんですか?」
「来ていたはずです。でも、見落とす方も多いので。無理に会う必要は、ないんですよ。無理は させたくないので、ご自身のペースで過ごしていただければと思います」
蓮は画面を見つめたまま、考え込むように目を伏せた。
「……ありがとうございます。でも、今回お話できてよかったです」
「そう言っていただけて、嬉しいです。無理にとは言いませんが、次来たときにまたお話できたら嬉しいです」
「はい。ぜひ」
鈴木は、ゆっくり立ち上がり、静かにラウンジを後にした。蓮は彼の背中を見送りながら、どこか不思議な親しみを感じていた。
──
しばらくして、陽翔がラウンジに入ってきた。カジュアルな上着を羽織り、いつもよりリラックスした雰囲気だ。
「よ、一人だった?」
「さっき、鈴木さんって人と話してました」
陽翔は一瞬だけ足を止め、軽く笑う。
「あー鈴木さんね。おもしろい人だったろ?」
「はい! フランクで話しやすかったです。拒否ボタンのことも教えてくれて、びっくりしましたけど(笑)」
「拒否ボタン(笑) あれな。俺も最初、存在だけ聞いてビビったわ」
「あと、カナリア区って知らなくて、それも初耳でした(笑)」
「まさか区分けされてるとはな(笑) 歳とったら移動ってのも驚きだよな(笑)」
「ですよね(笑) 鈴木さん、島の職員ってわけじゃないんですね?」
「うん、正確には官僚。この島の中でもカナリア区を担当している。定期的に来てるけど、表には出ないタイプ」
「へぇ……それって、けっこう責任あるポジションですよね」
「だな。2ヶ月に1回くらいのペースで来てるらしいよ」
蓮は何気なく頷いた後、陽翔を見つめながら ふと笑みをこぼす。
「イケメンで羨ましいです。鈴木さんも、陽翔さんも」
陽翔は肩をすくめ、笑って蓮の隣に腰を下ろした。
「いやいや、蓮も十分イケメンだって」
「俺なんか全然ですよ」
「素直な目してるし、話してて気持ちいいし。モテるでしょ?」
「モテないです(笑) てか、陽翔さんって発言までイケメンっすよね」
「どんな褒め方だよ(笑) お前、いつもベタ褒めだよな」
「自覚ないっす。でも……推しなんで」
「推しって(笑)」
笑い合う二人の間に、心地よい余韻が静かに流れていた。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!