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隔たれた地図──見えざるナッジ  作者: 市善 彩華
第1章:ユニコーン/安らぎという名の入口
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第5話「小さな共鳴」

共用ラウンジでのさりげない会話、スマホ越しに広がる言葉たち。

蓮と陽翔、それぞれの中で わずかに揺れ動く想いが、少しずつ響き合いはじめる。

派手な事件も転機もないけれど、確かにそこにある“変化”の気配。

今回は、二人の距離がもう一歩近づく、小さな共鳴の物語──。

翌日、共用ラウンジの片隅で、蓮はスマホの画面をじっと見つめていた。SNSに投稿された陽翔のプリンの写真に寄せられた“いいね”やコメントが次々と増えていく。その中には「応援しています」「これからも頑張ってください」といった温かい言葉も多く、ファンたちの声が画面を彩っていた。


「こんなに……反応があるんだな」


蓮は自分の心が少しずつ変わっていくのを感じていた。最初は単なる偶然の出会いだった。テレビでしか見たことがなかった陽翔が目の前にいて、緊張しながら話しかけた。


でも今は、ただのファンじゃない。彼のことをもっと知りたい、応援したいと思う気持ちが、自然と膨らんでいた。


陽翔が来る前から、島内のSNSでは彼の投稿が一定の人気を集めていて、ポイントもかなり貯まっているらしかった。

だから蓮が投稿をチェックしていると、他の住人たちの反応やコメントが次々に届き、彼の影響力の大きさを肌で感じることができた。


そんなとき、陽翔がラウンジに現れた。いつものように柔らかい笑みを浮かべ、蓮に近づく。


「まだ、SNSのチェックしてるのか?」


蓮は少し驚いたが、にこりと笑って答えた。


「ええ。だって、陽翔さんの投稿、みんな楽しみにしてるみたいですから」


陽翔は手元のスマホを見せながら、軽口を叩いた。


「まあな。プリン写真でこんなに盛り上がるとは思わなかったけど」


蓮は笑いながら、正直な気持ちを伝えた。


「実は、俺……陽翔さんのファンになりました」


その言葉に、陽翔は一瞬止まったように見えたが、すぐに表情が柔らかくなる。


「ファン、か……ありがとな」


「最初は、ただの憧れでしたけど、話してみてイメージ以上に優しいし面白くて」


蓮の瞳は真剣だった。


「そして、何より、陽翔さんのまっすぐなところが好きです」


陽翔は少し照れたように、視線を落とした。


「正直、芸能界にいて“まっすぐ”っていうのは、中々難しいんだよな……」


「だからこそ、余計に尊敬します」


蓮は頷きながら言った。


「俺も、いろんなことがあって、ここにいるけど、陽翔さんがいるから自分も頑張ろうって思えるんです」


陽翔は、その言葉に静かに感謝を込めた。


「蓮は真面目すぎるところがあるけど、そういうところ俺は好きだよ」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると、うれしいです」


「……俺と一緒にいたら、蓮に迷惑かけるかもしれないって思ってたんだ」


陽翔がぽつりと言った。


「だから、言おうとしたんだ。蓮とは距離を置こうって」


その言葉に蓮は即座に割り込んだ。


「俺は、陽翔さんのこと好きなんで、勝手に一緒にいます(笑) 大ファンっすよ」


陽翔は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑い声をあげた。


「勝手にってのがまた、らしいな(笑) 蓮、ありがとう」


二人の距離は、少しだけ近づいた気がした。共用ラウンジの静かな空間の中で、心が通じ合う瞬間が流れていった。



陽翔は、ふと話題を変えた。


「そういえば、昨日のピザ、どうだった?」


「おいしかったです。一人分のピザを分けていただいて、ありがとうございました。また食べたいです(笑)」


「それはよかった。ポイントなら いっぱい貯まってるし、今度は二人分頼もうか(笑)」


蓮は照れ笑いを浮かべながら、言った。


「ポイントのこと、もっと教えてほしいです。まだまだわからなくて」


陽翔はスマホを操作しながら、蓮の隣に腰を下ろす。画面を見せつつ、静かに何かを説明していく。

蓮は黙って頷き、時折、驚いたように目を見開いたり、小さく声を漏らしたりしていた。


やがて一通りの説明が終わると、蓮は感心したように息をついた。


「……なるほど。そういう仕組みなんですね」


「ちょっと複雑だけど、慣れれば自然に使えるようになるさ」


蓮はスマホを見つめながら、何度か指を動かして確認する。


「面白いですね。見方が変わります」


「肩肘張らなくていい。気楽に自分の好きなものをシェアすれば、自然と共感してくれる人が増える」


蓮は頷きながら、スマホの画面を見つめた。


「俺、これからは少しずつでも、陽翔さんみたいに自分の気持ちを発信していきたいです」


陽翔は笑顔で答えた。


「楽しみにしてるぜ」



その後、蓮と陽翔は共用ラウンジを離れ、隣の施設へ向かった。二人の歩みは、もはや初対面の距離感ではなかった。陽翔の肩に蓮の手が軽く触れ、その温もりが静かに伝わる。


「なあ、蓮」


「はい?」


「俺さ、芸能界でよく言われる“いい人止まり”ってやつ、ずっと嫌いだったんだ……

でも、最近は、それでもいいかなって思うようになった。真面目に考えすぎて損しても、俺は そういう奴でいたいって。それって、蓮の影響かも」


蓮は一瞬驚いたように目を見開き、それから ゆっくりと笑みを浮かべた。


「……俺なんかが、陽翔さんの考え方を変えたなんて、ちょっと信じられないですけど……でも、すごく嬉しいです」


二人の心は、ゆっくりと近づいていった。



夕暮れの共用ラウンジの窓から差し込む柔らかな光が、二人の影を長く伸ばしていた。

外では遠くに聞こえる子どもたちの笑い声が、わずかに空気を和らげている。

蓮は、ふと陽翔の存在が自分の世界に静かな、けれど確かな光を灯していることに気づいた。


「俺は、正直にしか生きられない人間ですけど……陽翔さんの本音が聞けたのは、ちょっと意外で。まさか、そんなふうに言ってもらえるなんて、光栄です」


「なぜか蓮には話したくなったんだよな。俺が俺らしくいることで、誰かが少しでも楽になってくれたら、それだけで十分なんだ」


蓮は、その言葉に強く心を動かされた。


「俺も、そんな風になりたい」


二人は肩を寄せ合い、静かな時間を共有した。

外の世界のざわめきが遠くに聞こえる中で、ここだけは安心できる居場所のように感じられた。


蓮の中で何かが変わり始めていた。

これまで感じていた孤独や不安が少しずつ溶けていき、未来に向かう小さな勇気が芽生えたのだ。


「ありがとう、陽翔さん」


「こちらこそ、蓮」


それは新しい関係の始まりを告げる、静かな約束の瞬間だった。

貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!

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