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隔たれた地図──見えざるナッジ  作者: 市善 彩華
第1章:ユニコーン/安らぎという名の入口
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第4話「“いい人止まり”でいい」

誰かと、ちゃんと向き合って話したのは、いつぶりだっただろう。

俺だけじゃない。苦しんでるのは、きっと。

有名だった人と、もう誰にも思い出されなくなった自分との対等な時間。

共用ラウンジの自販機横で、水を取りに来ただけのはずだった。

そこにいたのは──テレビや映画で何度も見た顔だった。


「……鳳凰ほうおうさん?」


振り返った彼は、テレビで見ていた頃より少しだけ疲れているように見えたけれど、間違いなく本人だった。

端正な顔立ち、柔らかい雰囲気。だけど、どこか近寄りがたくもある。


「テレビで見たことあります。鳳凰ほうおう 陽翔はるとさん……ですよね?

演技、すごく上手いと思ってました。正統派の、まっすぐな俳優さんだなって。

それに……やっぱイケメンっすね。こんな近くで見れるなんて、ちょっと感動です」


「同性にイケメンって言われるの、案外嬉しいもんだな」

そう言って、陽翔は微笑んだ。

「名前は?」


「五十嵐 蓮です」


「蓮か……カッコイイ名前だな」

陽翔は笑顔を浮かべた。


蓮は少し迷ったけれど、切り出すことにした。


「……週刊誌の記事、見ましたよ。あの不倫の話」


陽翔の表情が曇った。少しの沈黙の後、声が落ちた。


「見てたんだな。……まあ、どこでも流れてたしな。俺のこと、“不倫俳優”って思った?」


「思いません」

蓮は、きっぱり言い切った。

「あれは嵌められたんじゃないかって、俺は そう思ってます。証拠にも違和感があったし。


俺も、社会の“理解力の無さ”でここに来た口なんで。

仕事では陥れられて、彼女には裏切られて……“いらない人間”になりました」


陽翔は、ゆっくり息を吐いて空を見上げた。


「……ありがとうな、蓮」

陽翔は、ぽつりと言った。どこか力が抜けたような表情で。



「なあ、飯食った? あ…でも、この後ピザ食べるし…プリンでもいいなら奢るよ」


「え?」


「ポイントがちょっと余っててさ。昨日プリンの写真をSNSに載せたら結構“いいね”がついて、今日ボーナスが入ってたんだ」


「え、SNSって投稿でポイントがつくんですか?」


「つくよ。見るだけでも微々たるもんだけど、反応がもらえると結構加算される。

何を載せたかより、“誰が載せたか”の方が大きいみたいだけど……。俺の場合は前職の名残かな」


「なるほど……使い方、教えてもらってもいいですか?」


「もちろん。先輩風吹かせてもいいなら」

陽翔は、笑顔で蓮の肩を軽く叩いた。



「俺は、この島のSNS、“共感SNS”って呼んでるけど、こういうところでも繋がりができるのは いいよな」


蓮は、市民ガイド端末(検閲付き)を開いて言った。


「でも、使い方がよくわからなくて……。プロフィールとか、何を載せればいいんですか?」


陽翔は説明した。

「まずはプロフィールからだな。好きなこととか、適当に書いとけばいい」


「なるほど、シンプルでいいんですね」


「画像投稿には“感情タグ”をつけるとポイントが伸びやすい。

たとえば、“人と笑い合えた時間”とか、“誰かといるのが心地よかった”とかね」


「へぇ……なんだか不思議だけど、誰かに何か伝えられるって嬉しいですね」


陽翔はスマホを構え、手元のプリンを斜めから撮った。


「蓮もやってみ。顔出しは自由だけど、食べ物とか風景なら気楽だろ?」


「……じゃあ、このプリン、撮っていいですか? “一緒に食べた人が優しかった”ってタグつけて投稿します」


陽翔は少し驚いた表情で蓮を見てから、ふっと目を細めて笑った。


「やっぱ蓮、いいやつだな」



蓮はプリンを見て、どこか安心したように笑った。


「よかった……タルトじゃなくて。あれ、ちょっと苦手なんです」


陽翔がスプーンを置き、興味ありげに首をかしげた。


「タルト? スイーツ男子かと思ったけど、そうでもないのか」


「こういうプリンとかも好きなんですけど……果物の甘酸っぱさが合わさってるのは、ちょっと苦手で」


「なるほど。柑橘とかベリー系か。俺は逆に、あれがあるとテンション上がるけどな」


「俺は、王道のチョコとかプリンの方が安心しますね」


「じゃあ、ショートケーキもダメだったりする?」


蓮は少し考えてから、苦笑した。


「上に乗ってるイチゴは、単体なら好きなんです。でも、間に挟まってるやつは……ちょっとダメで。

口の中がずっと酸っぱいまま終わる感じがして」


陽翔は吹き出しそうになりながら、笑った。


「マジかよ、蓮。細けぇ(笑)」


蓮もつられて笑って、肩をすくめる。


「寿司も醤油つけないし、たこ焼きもタコ抜き頼むんで……よく変人扱いされます(笑)」


陽翔は声を上げて笑い、ポンと蓮の背中を叩いた。


「蓮って、おもしれぇな。……安心した、俺も変人だから」



「外食じゃなくて悪いけど……宅配ピザ、ポイント使って申請済み。宅配で届くから、部屋で食おうぜ」


「……いいんですか? プリンだけでも、めちゃくちゃ嬉しかったのに。ピザ、一人用なんじゃ……」

(さっきピザって言ってたの、これだったんだ……だからプリンか)


「気にすんな。むしろ、量少なくてごめんな。ピザ嫌いじゃないか?」


「大好きです。……久々に食べられるなんて、感動します。陽翔さん、何から何までありがとうございます!」


陽翔は立ち上がり、笑顔で言った。


「ほら、ついてこい」


二人は共用ラウンジを後にし、陽翔の部屋へと並んで歩き出した。

その背中は、もう初対面の距離ではなかった。



陽翔は、ふと思いを口にした。


「なあ、蓮……俺さ、“真面目に考えすぎると損すること”って、芸能界と似てる気がするんだ。

共感されない言葉は切り捨てられて、“いい人止まり”で終わるって言われるけど」


蓮は首を振った。


「でも、俺は そうは思わないです。共感できなくても、その人の個性だなって わかりあえたらなと…

もちろん好き嫌いは、ありますけど(笑) 好きな人の言うことなら尊重したくなりますね」


陽翔は、しばらく黙り込み、やがて笑った。


「……蓮って、やっぱバカ正直だよな。俺は好きだぞ。昔の俺もそうだったはず……なのにな」


蓮は少し照れたように笑った。

貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!

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