第4話「“いい人止まり”でいい」
誰かと、ちゃんと向き合って話したのは、いつぶりだっただろう。
俺だけじゃない。苦しんでるのは、きっと。
有名だった人と、もう誰にも思い出されなくなった自分との対等な時間。
共用ラウンジの自販機横で、水を取りに来ただけのはずだった。
そこにいたのは──テレビや映画で何度も見た顔だった。
「……鳳凰さん?」
振り返った彼は、テレビで見ていた頃より少しだけ疲れているように見えたけれど、間違いなく本人だった。
端正な顔立ち、柔らかい雰囲気。だけど、どこか近寄りがたくもある。
「テレビで見たことあります。鳳凰 陽翔さん……ですよね?
演技、すごく上手いと思ってました。正統派の、まっすぐな俳優さんだなって。
それに……やっぱイケメンっすね。こんな近くで見れるなんて、ちょっと感動です」
「同性にイケメンって言われるの、案外嬉しいもんだな」
そう言って、陽翔は微笑んだ。
「名前は?」
「五十嵐 蓮です」
「蓮か……カッコイイ名前だな」
陽翔は笑顔を浮かべた。
蓮は少し迷ったけれど、切り出すことにした。
「……週刊誌の記事、見ましたよ。あの不倫の話」
陽翔の表情が曇った。少しの沈黙の後、声が落ちた。
「見てたんだな。……まあ、どこでも流れてたしな。俺のこと、“不倫俳優”って思った?」
「思いません」
蓮は、きっぱり言い切った。
「あれは嵌められたんじゃないかって、俺は そう思ってます。証拠にも違和感があったし。
俺も、社会の“理解力の無さ”でここに来た口なんで。
仕事では陥れられて、彼女には裏切られて……“いらない人間”になりました」
陽翔は、ゆっくり息を吐いて空を見上げた。
「……ありがとうな、蓮」
陽翔は、ぽつりと言った。どこか力が抜けたような表情で。
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「なあ、飯食った? あ…でも、この後ピザ食べるし…プリンでもいいなら奢るよ」
「え?」
「ポイントがちょっと余っててさ。昨日プリンの写真をSNSに載せたら結構“いいね”がついて、今日ボーナスが入ってたんだ」
「え、SNSって投稿でポイントがつくんですか?」
「つくよ。見るだけでも微々たるもんだけど、反応がもらえると結構加算される。
何を載せたかより、“誰が載せたか”の方が大きいみたいだけど……。俺の場合は前職の名残かな」
「なるほど……使い方、教えてもらってもいいですか?」
「もちろん。先輩風吹かせてもいいなら」
陽翔は、笑顔で蓮の肩を軽く叩いた。
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「俺は、この島のSNS、“共感SNS”って呼んでるけど、こういうところでも繋がりができるのは いいよな」
蓮は、市民ガイド端末(検閲付き)を開いて言った。
「でも、使い方がよくわからなくて……。プロフィールとか、何を載せればいいんですか?」
陽翔は説明した。
「まずはプロフィールからだな。好きなこととか、適当に書いとけばいい」
「なるほど、シンプルでいいんですね」
「画像投稿には“感情タグ”をつけるとポイントが伸びやすい。
たとえば、“人と笑い合えた時間”とか、“誰かといるのが心地よかった”とかね」
「へぇ……なんだか不思議だけど、誰かに何か伝えられるって嬉しいですね」
陽翔はスマホを構え、手元のプリンを斜めから撮った。
「蓮もやってみ。顔出しは自由だけど、食べ物とか風景なら気楽だろ?」
「……じゃあ、このプリン、撮っていいですか? “一緒に食べた人が優しかった”ってタグつけて投稿します」
陽翔は少し驚いた表情で蓮を見てから、ふっと目を細めて笑った。
「やっぱ蓮、いいやつだな」
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蓮はプリンを見て、どこか安心したように笑った。
「よかった……タルトじゃなくて。あれ、ちょっと苦手なんです」
陽翔がスプーンを置き、興味ありげに首をかしげた。
「タルト? スイーツ男子かと思ったけど、そうでもないのか」
「こういうプリンとかも好きなんですけど……果物の甘酸っぱさが合わさってるのは、ちょっと苦手で」
「なるほど。柑橘とかベリー系か。俺は逆に、あれがあるとテンション上がるけどな」
「俺は、王道のチョコとかプリンの方が安心しますね」
「じゃあ、ショートケーキもダメだったりする?」
蓮は少し考えてから、苦笑した。
「上に乗ってるイチゴは、単体なら好きなんです。でも、間に挟まってるやつは……ちょっとダメで。
口の中がずっと酸っぱいまま終わる感じがして」
陽翔は吹き出しそうになりながら、笑った。
「マジかよ、蓮。細けぇ(笑)」
蓮もつられて笑って、肩をすくめる。
「寿司も醤油つけないし、たこ焼きもタコ抜き頼むんで……よく変人扱いされます(笑)」
陽翔は声を上げて笑い、ポンと蓮の背中を叩いた。
「蓮って、おもしれぇな。……安心した、俺も変人だから」
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「外食じゃなくて悪いけど……宅配ピザ、ポイント使って申請済み。宅配で届くから、部屋で食おうぜ」
「……いいんですか? プリンだけでも、めちゃくちゃ嬉しかったのに。ピザ、一人用なんじゃ……」
(さっきピザって言ってたの、これだったんだ……だからプリンか)
「気にすんな。むしろ、量少なくてごめんな。ピザ嫌いじゃないか?」
「大好きです。……久々に食べられるなんて、感動します。陽翔さん、何から何までありがとうございます!」
陽翔は立ち上がり、笑顔で言った。
「ほら、ついてこい」
二人は共用ラウンジを後にし、陽翔の部屋へと並んで歩き出した。
その背中は、もう初対面の距離ではなかった。
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陽翔は、ふと思いを口にした。
「なあ、蓮……俺さ、“真面目に考えすぎると損すること”って、芸能界と似てる気がするんだ。
共感されない言葉は切り捨てられて、“いい人止まり”で終わるって言われるけど」
蓮は首を振った。
「でも、俺は そうは思わないです。共感できなくても、その人の個性だなって わかりあえたらなと…
もちろん好き嫌いは、ありますけど(笑) 好きな人の言うことなら尊重したくなりますね」
陽翔は、しばらく黙り込み、やがて笑った。
「……蓮って、やっぱバカ正直だよな。俺は好きだぞ。昔の俺もそうだったはず……なのにな」
蓮は少し照れたように笑った。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!