第24話「力をもらえる存在」
人は、一人では進めない夜もある。
けれど、誰かの言葉や、画面越しの光、ほんの小さな勇気が、背中を押してくれる。
今夜、蓮は そんな「力をもらえる存在」と向き合いながら、静かに前へと歩き出す。
島での閉ざされた日々を終え、少しずつ歩き出した感覚を胸に、蓮はパソコンの前に座った。
転職エージェントに提出する職務経歴書の作成に取り組んでいた。
画面に向かい、何度も文面を読み返す。文字の配置や表現、語尾の微妙な違いにまで気を配るが、どうしても自信が持てず、不安が胸の奥に重くのしかかる。
『すみません。職務経歴書を作ってるんですけど、未来リンクプロジェクトって、本当に書いて大丈夫なんでしょうか。嘘をつくみたいで少し不安で……』
スマホに打ち込むと、数分後に秀平から返信が届いた。
『制度上、望めば事実として扱われる。ただ、もし自分が不利になってでも望まないなら、嘘をつく必要はないよ。未来リンクプロジェクトとは書かなかったって報告はいるけどね(笑)』
蓮は、その文字を見て、胸の奥にふっと安心の灯がともる。秀平の言葉が自然と心を落ち着かせ、張りつめていた重さが少しずつ溶けていく。
『じゃあ……事務局の方に連絡しておいた方がいいですか?』
『いや、こっちで連絡しとくよ。向こうも確認さえ取れれば問題ないから』
蓮は深く息を吐き、秀平の優しい安定感のある言葉に肩の力が抜けるようだった。
『秀平さん……よくよく考えたら、数ヶ月程度なのでこれってそもそも何も記載しなくていい気がしてきましたw』
『確かにそれくらいだと突っ込まれないかもw 一応、事務局に書かない報告だけこっちで済ませとくね』
文字を打ちながら、蓮は ふと別のことを思い出した。陽翔が芸能界に復帰したら、出演作品を楽しみにしているのは当然として、過去の出演作も観ると言っていたのだ。せっかく時間の余裕がある今こそ、観てみる絶好の機会だろう。
「よし……陽翔さんの過去作品、観てみよう」
蓮はスマホで動画配信サービスを開き、陽翔が出演しているドラマを探すと、すぐにあの作品がヒットした。【再生回数7回のラブストーリー】。数字の少なさに思わず小さく笑ってしまうが、内容は気になる。
再生ボタンを押しても、すぐには陽翔は現れない。しかし、数話目を過ぎると、画面に見慣れた顔──涼也役の陽翔──が映し出された。
『早速、陽翔さんの過去に出演されたドラマ、今観てます! 演技上手いし、やっぱカッケーっす!』
スマホが震え、返信が届く。
『ありがとな。何観てるんだ?』
『再生回数7回のラブストーリーです!』
『あー、涼也役な!』
『キュンキュンしながら見入ってますw』
『わかるわw 蓮って涼也みたいに純粋な気がするし』
蓮は画面を見つめ、少し頬を赤らめる。物語に登場する結衣と涼也、里奈と大悟の関係に心を奪われ、麻衣が小さな口で一生懸命フルーツを頬張る姿に思わず微笑む。
『あと、麻衣が……本当に可愛いw 子供いたら、こんな感じかなって……今誰とも付き合ってないのにw』
『麻衣って、結構話進んだとこで出てくる奴じゃん! めちゃくちゃハマってるなw 蓮ありがとな!』
蓮は自然と笑みを浮かべる。島で閉ざされた日々、孤独や不安で胸が詰まる時間がまるで昨日のことのように蘇る。しかし今は違う。画面の向こうに陽翔の演技があり、そこに小さな喜びや安心を感じることができる。外の世界は、少しずつだが確かに存在していた。
コーヒーを口に運び、窓の外の街を眺める。通り過ぎる人々の足音、車の音、街灯の光……全てが、蓮に現実の感触を取り戻させる。
「ゆっくりでいい。焦らず、少しずつ前に進もう」
職務経歴書の作成も、未来への歩みも、どちらも小さな一歩。島での閉ざされた時間は決して無駄ではなかった。蓮はパソコンに向かい直し、画面に向かって文字を打ち始めた。少しずつ、だが確実に前に進む感覚が、胸の奥に静かに広がっていった。
蓮はパソコンの前で職務経歴書を完成させ、細かい文字のチェックを一通り終えた。
これまでの仕事の経験、スキル、担当してきたプロジェクト……一つ一つを丁寧に書き出す。島での数か月の休養期間は特に触れず、通常の経歴として自然にまとめた。
「よし、これで大丈夫……かな」
深呼吸してPDF形式で保存すると、画面にはファイル名が光る。
小さな達成感に胸が温かくなる。これもまた、前に進むための一歩だ。
スマホを手に取り、エージェント担当者宛にメールを作成する。
件名:職務経歴書送付のご連絡
本文:
「お世話になっております。五十嵐 蓮です。
職務経歴書を添付いたします。ご確認の程よろしくお願いいたします。」
ファイルを添付し、送信ボタンを押す。
「送った……よし」
すぐに返信は来なかったが、秀平の言葉を思い出すだけで少し安心できた。
制度上は問題なく、もし不安なら事務局に連絡もしてくれる。自分の経歴は正直に書けばいい──そう自分に言い聞かせ、蓮は深く息を吸い込む。
「ゆっくりでいい。焦らず、確かな一歩を進めよう」
送信後、パソコンを閉じ、窓の外の街並みを眺める。
街灯の柔らかな光、通り過ぎる人々の足音、遠くで響く車の音……
どれも、島で閉ざされていた時間とは違う、確かな現実の感触だった。
未来は まだ霧の中でも、足元には道がある。
蓮は小さく息を吐き、静かにパソコンの電源を落とした。
モニターの光が消えると、部屋に残ったのは夜の静けさと、胸の奥に灯った小さな希望の明かりだけだった。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!




