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隔たれた地図──見えざるナッジ  作者: 市善 彩華
第5章:ヒュドラ/穏やかに絡む日常
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第23話「微かな光の中で」

島での隔絶された日々を終え、蓮は少しずつ日常を取り戻しつつあった。

それでも、不安や戸惑いは完全には消えていない。

新しい生活の中で、誰かの支えや自分の選択を実感する――それが、未来へ続く小さな光となる。

島での生活を終え、蓮は少しずつ日常に戻りつつあった。

退職金は振り込まれ、貯金もある。焦らず生活を整えながら、自分のペースで次の一歩を考えていた。

窓から差し込む朝の光は柔らかく、部屋の空気に清々しい温もりを与える。

島での閉ざされた日々を思い出すと胸の奥がざわつく。陽翔がそばにいてくれたおかげで完全な孤独ではなかったものの、それでも外の世界から隔絶され、不安や心細さは消えなかった。

ここから前に進むためには、誰かに頼ることも必要だった。

少し勇気を出して、秀平に短く打ち込む。


「すみません、質問なんですけど……転職エージェントって、無職だと使えませんよね?」


すぐに返信が返ってきた。


——

【鈴木 秀平】

「いや、使えるよ。知り合いがいるから、担当者の名前とオフィスの住所を教えるね。まずは電話かメールで予約してから行くといいよ」

——


蓮は少し驚いたが、安心した。

「本当ですか? ありがとうございます」と返すと、秀平は担当者の名前とオフィスの住所を伝え、予約方法まで親切に教えてくれた。


数日後、蓮は電話でアポイントを取り、指定された日時にオフィスの前に立つ。

深呼吸をして少し緊張しながらも、自分の足で一歩を踏み出す。

島での閉鎖された日々を思い出すと胸がざわつくが、同時に「ここから前に進むんだ」という気持ちも湧いていた。


オフィスに入り、担当者に案内されて席につく。

渡された申込書に目を通し、必要事項を記入していく。

紹介者の欄には迷わず「鈴木 秀平」と書き込んだ。


担当者は書類を見て、ふと顔を上げる。

「秀平と知り合いなんですか?」


蓮は少し間を置き、言葉を選ぶ。

「あ…はい、偶然ちょっと色々ありまして」


担当者は、その返答を聞きながら一瞬どう反応すべきか迷った──(聞かない方がいいか)──微笑み、話題を先に進めた。


蓮は書類の記入を終え、簡単な面談を受ける。


担当者は書類を確認した後、顔を上げて穏やかに尋ねた。

「ご希望の職種や業界は、今のところ何かお考えですか?」


蓮は少し言いにくそうに、正直に答える。

「……まだ決まってなくて。自分の経験をそのまま活かすのか、新しいことに挑戦するのかも、整理できていないんです」


担当者は、すぐに頷き、安心させるように微笑んだ。

「意外とそういう方も多いんですよ。ここで一緒に方向性を見つけていけばいいんです。焦らなくても大丈夫ですし、サポートしますのでご安心ください」


その言葉に、蓮は胸の奥に張りついていた重さが少し和らぐのを感じた。

「色々決まってないとダメなのかなと思ってたので……心強いです。ありがとうございます」


外の冷たい風が顔に触れる。深く息を吸い込み、ゆっくりと歩き出す。

島での不安や閉塞感は、まだ胸の奥にある。だが、それでも一歩を踏み出せたこと、誰かの支えを感じられたことは確かだった。


歩きながら蓮は思う。

制限されたあの島で過ごした時間も、今の自分に必要な経験だったのだと。

陽翔との断片的な交流や、島で感じた小さな希望……その全てが、自分を支える確かな土台になっている。

小さな喜びや慰め、短い言葉や笑顔の断片が、心の隙間を少しずつ埋めてくれたのだ。


街のざわめきが、いつもより鮮明に感じられる。

通り過ぎる人々の足音、車の音、夜空に浮かぶ街灯の光……その全てが、蓮の感覚を取り戻させた。

深く息を吸い込み、ゆっくりと歩き出す。制限された日々の記憶が胸に重く残るが、「進める」という感覚が確かにある。


オフィスを出た後、蓮は小さなカフェに立ち寄った。

温かいコーヒーを手に取り、窓の外の景色を眺めながら、島での記憶が頭の中に浮かぶ。

閉ざされた空間、外の世界と完全に切り離された日々。

しかし、その中でも陽翔との短い会話や、互いの存在を感じられた時間は、確かに心を支える光だった。


歩きながら蓮は、ふと思い出したようにスマホを取り出す。

Xを開き、彩華の最近の投稿を目にした。

島にいる間は預けていたスマホ、彩華とのやりとりは途絶えていた。

少し勇気を出して、久しぶりにリプを送る。


──「久しぶり」

(蓮)


──「久しぶり」

(彩華)


──「10/15から、レベル50までレベル上げるために必要なタスクなくなるらしいね」

(蓮)


──「(ポケGOの話題きたw)そうみたいやね! ラッキーw」

(彩華)


──「そんなに歩くの嫌なのかw」

(蓮)


──「1週間に25kmば8回とか、出不精な自分には無理ゲーで諦めとったとよw

でも、何でかタスククリアしとらんとに急にレベル48になったっちゃけどw」

(彩華)


──「え?そんなことある? 調べたら、8回必要だったのが2回に減ったんだって」

(蓮)


──「あーね!それでか! でも、レベル49に必要なタスク、これはこれで私には無理ゲーやけん、10/15まで待てばレベル上がるとか…ラッキーw」

(彩華)


──「そっか、それなら俺の方が一気に上げられるチャンスじゃんw」

(蓮)


──「思った!むっちゃラッキーやんw ってか、覚えてくれとったんや! ありがとう」

(彩華)


蓮は小さく笑い、スマホをポケットにしまう。

このちょっとしたやりとりが、島でのあの閉ざされた時間を思い返す彼の心をそっと温めた。

彩華の存在は、今の自分の生活にほんのわずかでも色を添えてくれる。


街の灯りが霧に溶け込み、静かな夜の風が顔に触れる。

蓮は再び歩き出す。未来は霧に包まれているように見えるが、足元には確かな道がある。

小さな一歩を踏み出したことで、確実に前へ進める感覚があった。


「ゆっくりでいい。焦らずに、確かな歩みを続けよう」


自分にそう言い聞かせ、蓮は街のざわめきの中へと歩みを進めた。

未来への不安は、まだ胸にある。それでも誰かの支えや、自分の足で踏み出す力を感じられたことは揺るがない事実だった。

未来は、まだ霧の中でも、その先には必ず光が差していると信じられる。

貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!

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