第23話「微かな光の中で」
島での隔絶された日々を終え、蓮は少しずつ日常を取り戻しつつあった。
それでも、不安や戸惑いは完全には消えていない。
新しい生活の中で、誰かの支えや自分の選択を実感する――それが、未来へ続く小さな光となる。
島での生活を終え、蓮は少しずつ日常に戻りつつあった。
退職金は振り込まれ、貯金もある。焦らず生活を整えながら、自分のペースで次の一歩を考えていた。
窓から差し込む朝の光は柔らかく、部屋の空気に清々しい温もりを与える。
島での閉ざされた日々を思い出すと胸の奥がざわつく。陽翔がそばにいてくれたおかげで完全な孤独ではなかったものの、それでも外の世界から隔絶され、不安や心細さは消えなかった。
ここから前に進むためには、誰かに頼ることも必要だった。
少し勇気を出して、秀平に短く打ち込む。
「すみません、質問なんですけど……転職エージェントって、無職だと使えませんよね?」
すぐに返信が返ってきた。
——
【鈴木 秀平】
「いや、使えるよ。知り合いがいるから、担当者の名前とオフィスの住所を教えるね。まずは電話かメールで予約してから行くといいよ」
——
蓮は少し驚いたが、安心した。
「本当ですか? ありがとうございます」と返すと、秀平は担当者の名前とオフィスの住所を伝え、予約方法まで親切に教えてくれた。
数日後、蓮は電話でアポイントを取り、指定された日時にオフィスの前に立つ。
深呼吸をして少し緊張しながらも、自分の足で一歩を踏み出す。
島での閉鎖された日々を思い出すと胸がざわつくが、同時に「ここから前に進むんだ」という気持ちも湧いていた。
オフィスに入り、担当者に案内されて席につく。
渡された申込書に目を通し、必要事項を記入していく。
紹介者の欄には迷わず「鈴木 秀平」と書き込んだ。
担当者は書類を見て、ふと顔を上げる。
「秀平と知り合いなんですか?」
蓮は少し間を置き、言葉を選ぶ。
「あ…はい、偶然ちょっと色々ありまして」
担当者は、その返答を聞きながら一瞬どう反応すべきか迷った──(聞かない方がいいか)──微笑み、話題を先に進めた。
蓮は書類の記入を終え、簡単な面談を受ける。
担当者は書類を確認した後、顔を上げて穏やかに尋ねた。
「ご希望の職種や業界は、今のところ何かお考えですか?」
蓮は少し言いにくそうに、正直に答える。
「……まだ決まってなくて。自分の経験をそのまま活かすのか、新しいことに挑戦するのかも、整理できていないんです」
担当者は、すぐに頷き、安心させるように微笑んだ。
「意外とそういう方も多いんですよ。ここで一緒に方向性を見つけていけばいいんです。焦らなくても大丈夫ですし、サポートしますのでご安心ください」
その言葉に、蓮は胸の奥に張りついていた重さが少し和らぐのを感じた。
「色々決まってないとダメなのかなと思ってたので……心強いです。ありがとうございます」
外の冷たい風が顔に触れる。深く息を吸い込み、ゆっくりと歩き出す。
島での不安や閉塞感は、まだ胸の奥にある。だが、それでも一歩を踏み出せたこと、誰かの支えを感じられたことは確かだった。
歩きながら蓮は思う。
制限されたあの島で過ごした時間も、今の自分に必要な経験だったのだと。
陽翔との断片的な交流や、島で感じた小さな希望……その全てが、自分を支える確かな土台になっている。
小さな喜びや慰め、短い言葉や笑顔の断片が、心の隙間を少しずつ埋めてくれたのだ。
街のざわめきが、いつもより鮮明に感じられる。
通り過ぎる人々の足音、車の音、夜空に浮かぶ街灯の光……その全てが、蓮の感覚を取り戻させた。
深く息を吸い込み、ゆっくりと歩き出す。制限された日々の記憶が胸に重く残るが、「進める」という感覚が確かにある。
オフィスを出た後、蓮は小さなカフェに立ち寄った。
温かいコーヒーを手に取り、窓の外の景色を眺めながら、島での記憶が頭の中に浮かぶ。
閉ざされた空間、外の世界と完全に切り離された日々。
しかし、その中でも陽翔との短い会話や、互いの存在を感じられた時間は、確かに心を支える光だった。
歩きながら蓮は、ふと思い出したようにスマホを取り出す。
Xを開き、彩華の最近の投稿を目にした。
島にいる間は預けていたスマホ、彩華とのやりとりは途絶えていた。
少し勇気を出して、久しぶりにリプを送る。
──「久しぶり」
(蓮)
──「久しぶり」
(彩華)
──「10/15から、レベル50までレベル上げるために必要なタスクなくなるらしいね」
(蓮)
──「(ポケGOの話題きたw)そうみたいやね! ラッキーw」
(彩華)
──「そんなに歩くの嫌なのかw」
(蓮)
──「1週間に25kmば8回とか、出不精な自分には無理ゲーで諦めとったとよw
でも、何でかタスククリアしとらんとに急にレベル48になったっちゃけどw」
(彩華)
──「え?そんなことある? 調べたら、8回必要だったのが2回に減ったんだって」
(蓮)
──「あーね!それでか! でも、レベル49に必要なタスク、これはこれで私には無理ゲーやけん、10/15まで待てばレベル上がるとか…ラッキーw」
(彩華)
──「そっか、それなら俺の方が一気に上げられるチャンスじゃんw」
(蓮)
──「思った!むっちゃラッキーやんw ってか、覚えてくれとったんや! ありがとう」
(彩華)
蓮は小さく笑い、スマホをポケットにしまう。
このちょっとしたやりとりが、島でのあの閉ざされた時間を思い返す彼の心をそっと温めた。
彩華の存在は、今の自分の生活にほんのわずかでも色を添えてくれる。
街の灯りが霧に溶け込み、静かな夜の風が顔に触れる。
蓮は再び歩き出す。未来は霧に包まれているように見えるが、足元には確かな道がある。
小さな一歩を踏み出したことで、確実に前へ進める感覚があった。
「ゆっくりでいい。焦らずに、確かな歩みを続けよう」
自分にそう言い聞かせ、蓮は街のざわめきの中へと歩みを進めた。
未来への不安は、まだ胸にある。それでも誰かの支えや、自分の足で踏み出す力を感じられたことは揺るがない事実だった。
未来は、まだ霧の中でも、その先には必ず光が差していると信じられる。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!




