第21話「島を背にして」
現実の空気は少し冷たかった。
でも、どこか懐かしさもあった。
あの島で出会った誰かを思い浮かべながら、一歩ずつ前へ進んでいく。
AIの船が静かに着岸すると、すでに待機していた2台のAI送迎車が停まっていた。
そのそばには、鈴木の姿もある。
久しぶりの“現実”の空気は、まだどこか夢の中にいるように感じられた。
二人は鈴木から自分のスマホを受け取り、ロック画面を見ると、徐々に昔の生活の匂いが戻ってくるような感覚に包まれた。
スマホを受け取った蓮だったが──あることに気付いた。画面のバッテリー残量が、しっかりと残っていたのだ。
不思議そうに画面を見つめ、つぶやく。
「預けたままだったから充電切れてるはずなのに、何で充電あるんだろう」
そのとき、陽翔の隣にいた鈴木が一歩前に出てきて言った。
「……フル充電しておいた」
「兄貴……気が利きすぎ……いや、助かった……!」
「さすが鈴木さん、ありがとうございます!」
蓮が陽翔に笑いながら言った。
「今のうちにLINE交換しちゃいましょ。逃すと、もう機会なさそうなんで」
「だな。……はい」
二人は、LINEを交換した。
「陽翔さんとLINEできるなんて感動」
「仕事してるときとかは返せないけど……蓮は返信急かすタイプじゃないよな?」
「返信は気にしません。ただ、独り言感覚で送っちゃうかも(笑)」
「独り言かよ……ブロックするわ(笑)」
「えっ……」
「うそうそ(笑) スルーしても気にしないなら、好きなだけ送ってこいよ」
「マジっすか……! やったー!」
──思わず顔が綻ぶ。連絡先を交換できただけで、こんなに嬉しいなんて。
「はは、ちゃんと社会復帰しろよ?」
「陽翔さんは、芸能界……復帰するんですか?」
その言葉に、陽翔は空を見上げるように視線をやった。
「戻れるなら、な。やっぱ、好きなんだ。演じるのが」
「復帰したら絶対観ます。まず、過去の出演作あさります(笑) 前よりも、ずっと楽しみにしてるんで」
二人の間に、確かな“再会の約束”ができた瞬間だった。
──
蓮は送迎車の前で立ち止まり、鈴木に穏やかに尋ねた。
「……そういえば、住む場所は どうなってるんですか?」
鈴木は少し微笑みながら答えた。
「島外の仮住まいは、私の方で手配しております。五十嵐さんのためにしっかり準備していますので、ご安心ください」
「そうですか……ありがとうございます」
蓮は、ほっとした表情でスマホを取り出し、住所の書かれたメモを確認した。
その下には、**“スマートロックの解錠コード”**と書かれた数字の列が添えられていた。
「……あ、鍵まで……ちゃんと用意されてる……」
小さくつぶやくと、蓮は思わず口元を緩めた。
「鈴木さんに動いていただいてると知って、物凄く心強いです」
鈴木は、にこやかに頷き、陽翔と一緒に蓮を見送った。
車内に入った瞬間、座席が静かに振動して認証が始まり、AIの音声が響いた。
【目的地を入力してください】
目的地を入力した後、蓮はスマホを開いた。
(あ……)
「ポケGO……」
起動すると、通信が一瞬もたついた後ようやく画面が立ち上がる。
──「彩華からのギフト」
スマホ預けたままだったから、届いてるギフト一覧を見て今頃気付いた。
今ギフト開けて新たに送ったら、なんか生存報告してるみたいだな(笑)
そういや、彩華のレベル追いつくかもとか俺言ってたのに放置状態だし、それじゃレベル追いつけないじゃんって笑われてそう(笑)
AI車が動き出し、景色が静かに流れていく。
現実は、確かに厳しくて、息苦しくて、決して優しくなんかない。
でも──それでも、もう一度ここで歩いていこうと思えたのは、あの島で出会った誰かが、ちゃんと心をくれたから。
蓮は、スマホを握りしめたまま、目を閉じる。
「……ありがとう。陽翔さん、鈴木さん──全部、大事にします」
夜の街の灯りが、彼の未来をゆっくり照らしていた。
──
陽翔と鈴木は、別のAI送迎車に乗り込む。
「陽翔、これからどうする? うちに来てもいいけど。相変わらずフリーだしな、俺(笑)」
「そうだな……マンションに帰ろうかと思ったけど、フリーみたいだし(笑) やっぱ兄貴の家行こうかな。島の生活快適過ぎて忘れてたけど、これからちゃんとしなきゃなんだよな(笑)」
「まあ俺は仕事してるから お金の心配ないし、陽翔は芸能でも何でもやりたいことやれよ! 応援してるから!」
「兄貴……」
──
陽翔から蓮へのメッセージ
【陽翔】
「マンション戻る予定だったけど、兄貴んち来てる。
島の暮らし快適すぎて、現実感まだ戻んねえわ(笑)」
【蓮】
「え……陽翔さん、今鈴木さんといるんですか!?」
【陽翔】
「つーか、兄貴がさ、『あの五十嵐って子、大丈夫か?』ってやたら真面目に聞いてきてさ」
【蓮】
「えっ……!
そんな気にかけてくれてたんですか……」
【陽翔】
「『もし何か困ったことあれば相談乗るから、LINE教えていい』ってさ。
蓮のこと、俺が信頼してるって言ったら『それなら安心だ』って(笑)」
【蓮】
「……優しすぎて泣きそうです。
ぜひ、お願いします!!」
【陽翔】
「じゃ、送っとくわ。」
⸻
蓮のスマホに通知が届く。
【LINE通知】
「鈴木 秀平さんがあなたを友だちに追加しました」
画面には、鈴木 秀平からのメッセージが続く。
【鈴木 秀平】
「どうも、鈴木 秀平です!
陽翔から話は聞いています。
何かあれば気軽に相談してくださいね。」
⸻
「鈴木 秀平」──その名前を、蓮は このとき初めて知った。
その響きからは、穏やかさと落ち着きを感じた。
名前を知っただけなのに、不思議と距離が近づいたような気がして、蓮の胸の奥にほんのり温かいものが灯った。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!




